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リサコラム
連載544回
      本日のオードブル

饒舌な場所


第8話


「饒舌な25年間」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


40cm角の
白黒市松の床は
外せないわね。
キッチンの下の扉は
ダークブルーで吊戸棚は
オレンジは、どうかしら?
天板カウンターは砂岩のような
石、水栓金具はダックネック。
庭に向いた格子枠の出窓はボーダーの
ブルーグリーンのプレーンシェードで。
キッチンでも素敵に朝食を取れるように、
60cmの円形テーブルと革張りの椅子を2脚。
ブラウン&ブルーグリーンのツートンいいわね。
テーブルクロスはもちろんカーテンとコーディネート
させて。
シャンデリアは
小さくてこじんまりしたもの。
そう、そうその通り。映画のセットに出て来そうな
そんな感じになればいいのよ。


 
      
  





       


第8話
  「饒舌な25年間」



 Kenは午後9時の真新しいキッチンにひとりでいた。

 それから手に持ったふきんを思い切り宙に投げると、「う~ん」と長く尾を引く

声を上げながら、固く半開きにした左手で落下物をつかみ取った。そしてエプロン

の胸ポケットからボールペンを引き抜くとドアに向かった。


               


 「どうして?一体、何の配達だ?何も注文した覚えはないが『不可解なこと

は予期せずに起きるから、不可解という』というのか?」そんな誰が言ったかわ

からない言葉が急にKenの記憶の引き出しから飛び出してきた。



               


 Kenは小さなダウンライトがダークな床を照らす長い廊下を恐る恐る歩きなが

ら、ドアを開けるまでの1、2分でここ数週間のことを逆回転に再現し始めた。


               


 つい3週間前に完成した小さなkenの別荘はあれほど秘密にしていたはずなの

に、駆け巡る電波に歯止めをかけることはできなかった。数日のうちに中、高と男

子校で白球を追いかけた友人たちに知れ渡った。


 白球というつながりは25年を経過してもなお、強烈な磁石のどちらかの極を隠

し持っているようだとKenはこのところ感じていた。数か月前は、出張先でばった

りピッチャーだったユウジにあったし、また、新規取引を始めた会社の営業部長の

ケンジがまた昔のチームメイトだった。そういう関係はよい面もあれば、やはりそ

の反対の側面もあった。しかし、一旦、相手の状況を確認すると、隠し持った磁石

の両極はあっという間に25年の時間を引き寄せてしまった。そして特に仲のよか

った4人で白球チームの同窓会をしようという話に発展した。


               


 その中の一番の無礼講好きなケンジが「いいね~、新築祝いを兼ねてKenの別荘

でやろうじゃないか!」と口火を切り、そして即決した。


 Kenは乗り気半分、あとの半分は引きずった重い気分で新居での初の会合スケジ

ュールを作り始めた。別荘といっても、ゲストルームなどもない小さな家で、それ

は数か月間のロシアでの海外勤務の経験で得た発想だった。多くのロシアの人々は

富裕層に限ったゴージャスなセカンドハウスではなく、普通の家と変わりはない作

りの家で週末や休暇を過ごす。Kenはそれをとてもうらやましく思っていた。地球

に視野を置けば日本の8割の人々は上位8%に入るという裕福な生活環境にいる中

で、セカンドハウスは未だ贅沢なことに位置づけられていることに、人間の営みに

対する考え方の違いを目の当たりにした気がした。それ以来、贅沢な作りではなく

ていい、毎週、車と電車と飛行機で数千キロも移動するような生活から、たまの数

時間、自分だけの時間を持つことができればいい、そんな切実なるKenの希求が最

低限満たされる家をKenは願った。


               


 しかし、予想通り、いざ設計段階になると、妻のAmieの意見が常に優位に立ち

結局、ほどほどにゴージャスなキッチンとシンプルだがハイアットレベルの洗練さ

れた寝室、小さくも温かな色調のモダンなリビング、そして小さな出窓と箱庭に出

られる縁側のあるもっとも狭い部屋がKenの書斎となり、それが唯一のKenの「自

由設計」となった、そんな家が完成した。


               


 しかし、『堅実Ken』とあだなで呼ばれていたKenは別荘のオープニングと言え

る日に白球チームを呼んで同窓会をすることになったことを妻のAmieにいきなり

切り出しはしなかった。平日の朝食の時間を選び、さらによく言葉を選んだ上で、

「報告」ではなく、「相談」して「了承を得る」ことにした。人見知りで繊細な

Amieは当然、そのような中年の男くさい人間たちの世話をすることを嫌がること

は分かっていたからだった。


               


 Kenは、自分が全部切り盛りするから、Amieは家にいていいこと、さらに会は

午前の内から始めるから、だれも宿泊はしないで、みんな電車で帰ること、そして

同窓会は持ちよりパーティだから、料理をすることもないので料理の準備などで

Amieの手を煩わせることもなければ、新品のキッチンを汚すこともないし、

最後は責任を持ってきちんと後片付けと掃除を終えてから、翌日戻ることを確約し

た。それはひとつには、仲間の誰もAmieに気兼ねなく過ごしてほしいという判断

からでもあった。


  Amieはしばらく質問と確認をした後、快く「わかったわ」と言って仕事に出か

けて行った。Kenはスケジュールのチェックボックスに大きなチェックマークを入

れた。


              


 そうと決まれば後はスケジュールに従って準備を進めるだけだった。これはKen

のもっとも得意とすることで、Kenはひとつずつを確実にこなせる自信があった。

まずは掃除用の洗剤、日用品の買い出しだった。ワイン、ビールなどの飲み物は別

荘の近くの酒店に注文を入れ、その前日の金曜日に宅配BOXに配達してもらえる

ように手配をした。


 Kenは当然、仕事のスケジュールも縮める必要もあった。普段の2倍速で歩き、

見聞きし、気をまわし、そして他のスタッフみんなに愛想よく接して手伝いをお願

いした。そしてようやくひねり出した金曜の午後の自由時間を得ると、すぐに車に

飛び乗った。


               


 Kenは移動時間の約1時間でやるべきことを順に事細かにシュミレーションして

みた。どこかに不備はないか、準備し忘れはないかを何度も何度も頭の中で復習し

た。玄関から入ってキッチンに行き、リビング、トイレ、浴室、寝室、そして書斎

に入り、不備な点はないかの指差し確認をしている自分自身を思い描きながら。


               


 別荘に到着すると真っ先に勝手口の宅配ボックスを開けて酒屋から届いたものを

出し、キッチンに持って行き、ボトル類を洗うときれいにふきあげてから冷蔵庫に

きちんと並べた。それから一部屋ずつ、窓ふきから掃除を始めた。準備が終わった

のは午後9時を回っていた。


               


 その時、Kenのスマホにメールが入った。「Ken、ほんとうに悪い。どうしても

行けない用事が出来てしまって」それはユウジからのメッセージだった。次にY

からも「急な出張で行けなくなった。ほんとうに申し訳ない。次回は必ず」とま

たメールが入った。そして、言い出しっぺのケンジからも「明日はどうしても夕方

しか行けないようだから、今回は3人で楽しくやってほしい」とメールが入ったと

き、Kenはもう茫然とするしかなかった。


               


 「そんな~、ここまで来て、よりによってなんだよう~」Kenはふきんを持って

いた手をさらに強く握りしめることになった。そんなときに玄関先で鳴ったチャイ

ムにびくっとしないわけはなかったからだ。


 配達員が届物を手渡して走り去った後、Kenは大きな包みを胸に抱えたままで茫

然としてまだ玄関に立ったままだった。


               


 kenは上に張り付けてあったメッセージカードを開いた。「Ken、懐かしい話は

もう少し後にとっておくことに、3人で話し合って決めたよ。明日の晩はだれにも

邪魔されずに静かにひとりの時間を満喫して欲しい。それがいちばんやりたくてこ

の別荘を作ったことはみんな知っているから。だから、こんな手の込んだことをし

てしちまって、ほんとに悪い。でも、あの頃はほんとうに『Kenの堅実な』サポー

トのおかげで僕たちは優勝もできたし、ほんとうに感謝している。実は、もっと前

にこんな言葉をずっと裏方をやってくれたKenに言いたかったんだけど、こんなに

遅くなって、ほんとうに申し訳ない。なんたって、25年もかかってしまったから

...

 Ken
は包みのあたたかさを胸でじわじわと感じながら、ふきんで顔を拭いた




      


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

 今は野球部の男子のマネージャーはどんな気分なのだろうと
思います。表舞台に出てこない仕事を地道に続ける人たちに
こんな温かな思いやりを掛けられたらと思います。
いつもサポートしてくださるスタッフ、そしてその周りの
多くの協力者のみなさま、ありがとうございます。



  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
           


p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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