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リサコラム
連載546回
      本日のオードブル

饒舌な場所


第10話


「渓谷の時間」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


モロッコ風の
白い漆喰の壁に
四角や上の方が半円に
なった窓がところどころ開いています。
そこから漏れるオレンジの光が薄暗く
なった中庭に光を投げかけている
そんな場所で食事をするゲストは
そのうち、3階のバルコニーで
楽団がバイオリンや管楽器の
生演奏を始めている事を
知るでしょう。
スタッフは
その席で自分たちも
同じ感情を味わってみたいな
~ときっと思うでしょうね。

 
      
  





       


第10話
 「渓谷の時間」

 


「問題はそれなんだよね」長身のAが口火を切った。「それというのは、あれのこ

とだよね」Bがそう応えると、Cは「そうか」と言った。Cの「そうか」は高い壁

に反響した。


               


 ヤシの木を取り囲むモロッコ風の漆喰の壁に囲まれた中庭のいつものテラス席に

この3人はいた。ちょうど5分ほど前に最後の客が席を立ってから、客足が途絶え

たところで、ほかにゲストはいなかった。


 その10ほどある丸テーブルにはカクテルアワーに続くディナータイムに移行す

る準備が着々と進められていた。それぞれのテーブルには白いクロスがかけ始めら

れ、そして中央にはオレンジ色の光を放つリキッドキャンドルがおかれていた。そ

の準備が晴れの日であれば、隣のレストランと同じようになされる。


               


 あと1時間以内には商談と歓談を兼ねたビジネスマン、多くは高級なスーツを着

たエグゼクティブがやって来るだろう。それから家族やカップルの姿が加わる。デ

ィナーも終わり、午後11時を過ぎると午前2時半までムーディな曲が流れるバー

タイムへと続く。


               


 午前4時には清掃のスタッフがやって来て一斉に掃除が始まる。庭木の手入れ、

窓掃除、細かなゴミさえなくなるまで約1時間半をかけて丹念に行われる。それと

並行して食材を運びこむスタッフが慌ただしく行き過ぎる時間を経て、一部のゲス

トが目を覚まし始める5時前には何事もなかったかのように中庭も落ち着いた表情

になる。


               


 しかしその頃キッチンでは6時半から部屋で朝食をとるゲストのために、いや、

彼らの威信のために、1分の遅れさえなくルームサービスを届ける使命の元、時に

怒号も飛び交う戦々恐々とした雰囲気が漂い始める。それも終わるとわずかな休憩

をはさんでランチへと続き、11時半から午後2時半のオーダーストップまでのラ

ンチタイムが終わる。それから中庭はランチを食べ損ねた人々のための軽食を出す

アフタヌーンティのカフェタイムになる。


               


 問題は、中庭には天井がないために、雨が降ればそれらすべては中止され、屋内

のレストランでのみ行われることだった。そのため、スタッがディナーのための白

いクロスとオレンジ色の光を配り始めると、これからの天気に雨はないという確証

がなされたことになる。


               


 すると遅いランチの後に、楽しげに、ときに深刻そうな顔で話に興じている女性

たちも白いクロスとオレンジ色の光がだんだんと他の空いたテーブルを占領し始め

ると、居づらくなって立ち去ってゆく。そしてほどなく中庭はゲストのいない時空

間に満たされるというわけだった。


               


 つまり、白いクロスとオレンジ色の光はこの中庭の晴れの一日の折り返し地点を

示す合図のようなものだった。

 そして月に4回、午後5時半、エントランスから中庭に至る照度を落とした廊下

の一つ目のスタッフ専用ドアからAが、ふたつ目のドアからBが、そして3つ目の

ドアからCが出て来て3人が人影の途絶えた廊下で合流する。長い石畳の廊下のと

ころどころに置かれたコンソールテーブルの上のアンティークな時計がまだ時を数

えていたことに知らせるカチカチという、普段は気にもかけないその音さえ、聞こ

えることがあるほどにしんとしている時間を私服に着替えた3人は歩く。


               


 A,B,C3人の男性はそれぞれ、給仕人、バーテン、そして見習いシェフだっ

た。3人は同時期にこのホテルに入り、そしてそれぞれの場所に配属された。月に

3回、同じこの時間に仕事が終るシフトになっている3人は廊下を過ぎると中庭に

やって来た。情報交換と称して、いや、半分はそれぞれの愚痴を言い合うための会

合場所がその中庭だった。彼らのためにスタッフは必ず一番隅にクロスの掛けられ

ていない席を用意していた。そして3人はそのテーブルで軽食を取りながら、束の

間の時間を過ごすのがいつしか習慣となっていた。


 中庭が静まり返るその特別な時間帯を3人は「渓谷の時間」と呼んでいた。

それは、アフタヌーンティとカクテルアワーのはざまにある、時間にして20分ほ

どの深く切れ込んだ細い渓谷のような時間帯という意味で3人の中の給仕人のB

名付けた。すぐに慌ただしさに占領されるまでの深く薄いポケットのような時空間

は、普段は座ることもできないそのテーブルにゲストのような気分で座れることも

あり、「渓谷の時間」は3人の大事な時間になっていた。


               


 「渓谷の時間」も回数を重ねる中で、Aは時々、彼らとは正反対の入り口付近に

座るひとり客の女性を見かけることがあった。彼女はその同じ「渓谷」の時間帯に

やってきて、その20分間でランチなのだか、ディナーなのだかわからない軽食を

済ませると、さっと立ち去ってゆくようだった。最初、Aは気に留めることもなか

った。しかし、それも2度、3度、4度と回数を重ねるうちに少々気になってはい

たが、すでに仕事を終えてゲストとして食事をする分には何ら問題があるとは思え

なかったし、二人の前で話題にするまでもないと思っていた。


               


 「問題はそこなんだ」と口火を切ったAも、それに曖昧な返事をしただけのB

C
もそれ以上は何らその「問題」について話を進めようとはしなかった。やっとB

が「この中庭がなくなるとなれば僕らの仕事はどうなるだろうか?」と言った。

C
は半ばふざけた笑いを交えながら「それはないと思うよ」と言ったが、確信があ

るわけではなかった。「でもこの中庭がなくなった後は何に使うんだろうか?」B

は問いかけながら、ファークの頭の部分をコツコツとテーブルでたたいた。Aは、

「次のオーナーはこの場所が無駄だと言っているらしいね。雨だと使えないし、そ

の分の余剰人員をレストランの方で賄えるだけの席数を増やせるわけでもなく、か

といって、中庭に屋根を作るには構造上難しい問題があって、コストに見合わない

らしい」と述べたあと、黙ってしまった。ほかの2人も黙った。


               


 その後、3人はやって来たリングイネとキノコのサンドとフィッシュアンドチッ

プスをつつき合いながら先程の話はすっかり忘れたようスキーの話に興じ始めた。

そして、会話が途切れた時、Aが「新しいオーナーはわかっていないんじゃないか

な?どんなにこのスペースがホテル全体のイメージUPに貢献しているかをね」と

言うと、「確かにそれは言えるね。ここの心地よさを知れば、そんなことは言わな

くなるはずだろうけどね」とCが応じた。Bは「そういえば、オーナーは女性らし

いけど、かなりシビアらしい。スタッフが私服で出入りすることも禁止すると言っ

ているらしいからね、面倒だね~」というとフリッターをパクッと口に入れた。C

は「ふ~ん」と言い、キノコサンドにかじりつき、Aはピクリとしてヤシの葉の陰

から向こうを見た。Aは視線の先にいる帽子をかぶった女性と目があった。Aが慌

てて目をそらす前に、女性はにっこりと笑ったようにAには思えた。


               


 3人が食べ終わり、それぞれ財布を出して会計をしようとすると、レジ係は、

「済んでます」と言った。3人は無言でお互いを見たが、だれも心当たりはなさそ

うだった。


 レジ係は「後ろの席の女性の方が、払って行かれたもので」と言うとAにレシー

トを渡しながら、「『最後の晩餐』になってしまってごめんなさいね」と伝えてと

言われました」と淡々とした表情でレジ係は言った。



      


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

 リゾートのゲストとリゾートのスタッフ。
どちらをやってみたいですか?
 どちらもやってみたいです。
 インテリアショップのスタッフと、インテリアを注文するお客さま、

どちらをやってみたいですか?
 どちらもやってみたいです。


  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
           


p.s.2
     
お待たせをいたしましたが、
     近いうちに下のE-bookの英語版をアマゾンで出版いたします。

     自分で四苦八苦して訳してネイティブの先生にチェックしてもらい
     わいこさんに編集作業をお願いしておりますものです。

   
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
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