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リサコラム
連載639回
      本日のオードブル

思いでの場所

第9話

「僕はひとり
月の光に吹かれていた」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



白い
天蓋ベッド
白いベッドリネン
にはMの刺繍のある
ピローがたくさん!!
窓の外は空と海の
境目のない青い世界。
バスタブに浸かりながら、
シャンパングラスを傾け
そしてロマンチックな想像力
を搔き立てるためでしょうか?


 







        

第9話 僕はひとり月の光に吹かれていた


                     そよ風を浴びながら。」


 「お~!すっご!これ、先生の家、すごすぎっ、マジすか?すっばらしい

すね!」


  私の後ろから部屋に入ったD君は私より頭一つ高い場所から私の禿げた

後頭部に向かって感嘆の言葉を吐いた。彼は、今日と明日、私の新築のこの別

荘になんの因果か取材を兼ねて
1泊することになった。


            


 「せんせ、職業柄、私もいろんな場所に行きますが、こんなすごい家は見た

ことがありません」本音なのかお世辞なのか、私は黙ってニヤニヤ笑っていた。


 「そうかね?」「ええ、そうですよ、すっばらしい、実にすっばらしい!」

車関係の雑誌編集記者なのだから、もっと軽妙な言い回しをしてもよさそうだ

がと私は思ったが、まあいいや、若いんだしと飲み込んだ。こんな新人記者の

つたない褒め言葉でも、まあ、気分は悪くはなかった。


             


 この別荘のある小さな島は、知る人ぞ知るリゾートとして最近になって一気

に脚光を浴び始めていた。しかし、私はそんなブームに乗ったわけではなく、

この島に祖先が眠っているというゆかりから、遠戚とは言え、土地をタダ同然

の定期借地権で借りることができたから、実現できた話だった。まだまだ観光

地化されていない美しい青い海と白砂の浜辺を見下ろす立地は最高で、私が設

計し、地元の施工会社で施工した。そして、ようやく私の夢がかなった海辺の

別荘が出来上がったのだったとたん、建築雑誌ではなく、車雑誌から取材の依

頼がやって来たのだった。


             


 「ここ、先生の隠れ家ですね」「隠れ家なら、D君を連れてはこないよ」

「はははは、ご冗談を!」D君は折り曲げたらポキリと折れてしまいそうな細

い体を前後に倒しながら笑った。D君は若いがゆえか、大胆不敵にも不適切な

言葉を堂々と使う。「しかし、せんせみたいに、趣味みたいな仕事っていい

すね~」彼は私の仕事を趣味と言ったが、設計士という肩書で私を知る多くの

人は実はもうひとつの私の肩書を知らない。もちろん、D君も知るわけがない。


 「せんせ、ベランダに出てもいいすか?」D君は私の薄い頭頂部にまた息を

吹きかけるようにしゃべった。「いいよ」彼は、いいですか?とは言わず、ほ

とんど、「で」抜き言葉でしゃべる。しかし、それもまあ、いいさ、若さ故に

許されることだろう。私は胸の中で、一つ何かを飲み込んだ。


              


 「せんせ、夢みたいですよ。このお風呂で、シャンパン片手に、海、眺める

んでしょ?」D君は早速、ベランダのバスタブのヘリに腰かけると、長い脚を

組んで、片手にグラスを持つ真似をした。「こんな感じすか?いいな~私もこ

んな家、いつか持てるんでしょうかね?」「まあ、頑張れば、もてるさ」

「そうすか~?いいな~」D君は組んだ足の上に片ひじをつくとその上に顎を

乗せた。190cmの長身、棒のように細いD君が意図せずとったポーズは悔

しいが、絵になる。まあ、いいさ、若いんだから。私は図々しいとも言えるD

君の態度も、若さ故とまた飲み込んだ。


            


 「せんせ、ほんと、いいんすか?こんな部屋に泊まっても?」「ああ、これか

らお世話になるからね。上手に書いてくれよ」「もちろんです。なんか、あし

た来るカメラマンに悪いな。とんぼ返りだから。私だけ、新築のこんな部屋に

泊まらせてもらって、申し訳ないす」「ああ、君はラッキーだね。それと言っ

ておくけど、私の部屋もこのゲストルームと同じ作りだから。そこは平等にし

たかった部分でね。まあ、これも私のポリシーだからね。そのあたりも、書い

てくれるよね?」「せんせ、もちろんす!」D君はまだ「で」抜き言葉でしゃ

べった。


            


 「それで、夕食だけど、本来なら、この海をバックにバルコニーで私の手料

理でもてなしたいところだが、あいにく、料理は下手でね、それで、近所のレ

ストランからシェフを呼んだから、私とじゃあまり気乗りは、」

「そんな~!せんせ、シェフ、シェフが料理を作りに?ほんと、すげ~な!」

D君は両手でガッツポーズを作った。「せんせ、こんなの初めてです。シェフ

どころか、普段、牛丼の「上」が僕の贅沢ごはんなんで、それなのに、あのハ

ットをかぶったシェフが作る料理を食べられるなんて、嘘みたいす」D君はま

た私の嫌いな「で」抜き言葉を連発すると感動を体で表した。私は胸の中で、

太いため息をついた。


            


 「それじゃ、今晩は、男二人だが、飲んで食べてリゾート満喫といくか!」

「お~、やったぁ!」D君は奇声に近い声を発した。「そんなに喜んでもらう

と、おいしくなかったときに申し訳ないな」「せんせ、そんなこと、あるはず

ないじゃないすか!ロースの牛丼ですよ、それも、たまに、上。いつもは並。

そんな庶民がシェフの作る料理に文句言うわけないっしょ!」「そうか」私は

安堵感を込めて、華奢なD君の背中をたたいた。さあ、これからだ。私はひそ

かに気合を入れた。


             


 「D君、それじゃ、シャワーでも浴びて、まずはテラスで乾杯といくか?

クローゼットの中に部屋着とローブがあるからそれを着てくれたらいいよ」

そう言うと、私も隣の私の部屋に行き、シャワーを浴びて部屋着に着替えた。

空にはすでに黄身がかった満月に近い月が出ている。


             


 「明日あたり、時間だし、満月はバッチリ」と言った後で、「明日あたり満

月だし、時間はバッチリだろう?」と私は私の言いまちがい癖に笑った。

「よし、写真映えする絵がとれそうだな」「写真映えする絵?」と言うとま

た、笑った。私はこんな妙な言い回しをよくする。しかし、これこそ、味があ

るのさ。私の作り出す言葉の妙に読者はみんな喜んでいるんだから。「さっ、

行くか」私はシャンパンとグラスを丸い盆の上に載せると、隣のD君の部屋を

ノックした。


 「どうぞ!」まるで、もう自分の部屋のような雰囲気のD君の声が中から聞

こえて来た。私は執事か?ウェイターか?まあいい、若気の至りと思って許そ

う。そして私はトレイを持って用心して部屋の中に入ると、ベランダのテーブ

ルの上にシャンパンとグラスを置いた。「D君、乾杯といこうか?」「待って

ました!」D君はまた息を私の頭に吹きかけた。30cmの身長差はなんとも

嫌なものだ。しかし、まあいい。それも今日は無礼講だ。


            


 私はとっておきから何番目かのシャンパンの栓を抜くと、グラスに注いだ。

「ああ、うまいっす!」「そうか、それはよかった」私はまた胸の中でゴクン

と何かを飲み込むと、「記念に写真でも撮ろうか?明日は満月だし、いい絵が

撮れそうだ」と言って、自分のスマホを出すと、部屋の中からD君に向けた。


 「ハイ、チーズ!」私は
1枚撮ってから確認するふりをして、「バスタブに

座って、月に向かって乾杯なんてかっこいいんじゃない?」と言った。D君は

迷わず、長い脚を組んで、月に向かって乾杯のポーズを取った。私はD君の後

ろ姿を1枚撮ると、D君に見せた。「なかなか絵になってるんじゃないか?」

「そうすね」彼はまた「で」抜き言葉を発した。


            


 「せんせも撮りましょうか?」D君はすでに赤い顔をしていた。「いや、私

は写真が嫌いでね、でも、この写真、いいね。私のブログにUPしてもいいか

な?」「せんせ、ブログやってるんです?」「ああ、ブログだけね」「そうす

か。もちろん、どうぞ。先生の新築の家の記念すべき晩ですから。こんなこと

めったなことじゃないす、から。でもほんと、こんな趣味が仕事でいいな~。

うらやましいす」「でも、趣味はまた別に、と言うか、別の顔もあってね」

「ふ~ん、そうですか」案の定、D君はあまり興味を示さなかった。


            


 「キンコーン」予定通りシェフがやって来たようだ。シェフが道具を運び込

んでいる間、私は自分の部屋に戻った。実は私のもう一つの顔と言うのは、恋

愛小説専門の作家なのだ。しかし、私のペンネームと私自身を結びつける人間

はわずかしか数名しかいない。


 恋愛小説好きな読者は、若くてスリムでハンサムな作家が書いていると思い

たいものだ。まあ、そうじゃなかもしれないと薄々感じてはいてもね、それで

も、そう思いたいものなんだよ。少女漫画家と同じく、頭の毛の薄いオヤジが

描いているってわかったらかなりの読者を失うだろうからね。


             


 私は早速、作家のペンネームで書いている自分のブログに月に向かってシャ

ンパングラスを傾けるD君の後ろ姿の写真を取り込んだ。


 その下には「僕はひとり月の光にふかれていた。そよ風を浴びながら。

海辺の別荘にて」と短いコメントを添えた。


 「月の光を浴びながら、そよ風に吹かれながら」じゃ、宮沢賢治になって

しまう。虚構の恋愛小説にならないからね。実像と虚像のちぐはぐ感こそが、

私の持ち味なんだから。そしてすぐに、私はアップロードのボタンを押した




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
    設計士さんで恋愛小説作家、
    こんな方がいらしたら、素敵ですね~。
    12月23日(祝日)平成最後の天皇誕生日は満月。

p.s. 2  

    リゾートはいいです。でも最近は、行くのに飽きました。
    自宅リゾートの方が落ち着きます。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2018年12月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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