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リサコラム
連載647回
      本日のオードブル

彼女たちの部屋

第7話

「ココア色の
La Vie en Rose」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


摩天楼の
ビル群
には、
人々の
思惑と
夢と
希望と
絶望と
色々が
混濁し
深く濃い
味わいを
醸し出して
いるようですね。
あれ、ほら、今日も
ばらの美しい花びらが
空から降って来たようですが、
さて何人の人が気づいてくれるのでしょうか?



 







        

第7話  「ココア色のLa Vie en Rose」



 社長のS子は5日後、全身泥だらけでふらっと社長室に戻って来た。


            


 ケイタイも持たず全くの手ぶらだった。その形相は過酷な環境下に強制的置

かれた人間の風貌というより、単なる浮浪者のように見えた。


            


 昼下がりの暖かな日差しがUVカットガラスの窓から差し込むデスクでパソ

コンのモニターを見ていた秘書のM子は、椅子をすっと後ろに引くと、引き出

しの裏に手をやり、創業以来20年、誰ひとり触れたことのない緊急ボタンを

押した。すぐに社内のサイレンが鳴り響き、その1分後には警備員3人がM

のオフィスになだれ込んで来た。


            


 「どうしました!」防弾チョッキを着た警備員は警棒を構えた。秘書のM

は動揺してはいたが、さっと警備員の後ろに回って、「おそらく、この方は社

長だとは思うのですが、念のため、」M子は身を隠すようにしながら、バリケ

ードを張った3人の後ろから小さく叫んだ。「ほんとうに社長さんですか?」

警備員はキョロキョロしながら、防御の姿勢を崩さなかった。


            


 社長のS子は過去にも10日間、中国の奥地を徒歩で旅してきたような風貌

でヨーロッパ出張から帰って来たこともあったが、今回は予期せぬ失踪事件に

側近の者たちを不安に陥れた。そして、日を追うごとに、いや、1時間ごとに

憶測は疑惑を呼び、疑惑は新たな憶測を生んだ。誘拐されたという者も、

いや、もうこの世にはいないのではないかという者もいた。気まぐれなロマン

チストの行動だと揶揄する者もいた。


            


 そして5日後、緊迫した空気で張り詰めた室内には、不思議なことに香ばし

い香りが立ち込め、事態は収束に向かっていた。しかし、犯罪者然となった泥

だらけの当の本人はにっこり笑うと「はい。私です」と静かに答えた。しかし

まだ誰ひとり動かなかった。


            


 「いろいろとご心配をおかけしていてごめんなさい。特に、あなたには多大

なご迷惑をおかけしてしまったようで、ほんとうにお詫びします。ごめんな

さい」と言うとS子は秘書のM子に頭を下げた。「さあ、あなた方も戻ってく

ださい」社長と名乗りを挙げたS子は警備員にも頭を下げた。3人の警備員は、

怪訝な顔を見合わせたが、秘書のM子が「社長に間違いありません」ときっぱ

り断言したことで、うやむやな雰囲気のまま、ひとりが「わかりました」と言

うのを合図に3人ともM子の部屋を出て行った。


            


 警備員がいなくなると社長のS子は窓際の壁に寄りかかって大きなあくび

をした。「社長、いったい?これはどういうことですか?」M子は自分の机の

前に立って質問を浴びせた。社長S子は泥だらけの顔をさらに泥だらけの手で

拭った。


            


 「わかってます。5日間、みんなが心配していたことは」「もちろんですよ!

でもどうしてこんなことをしたんです?ケイタイは外のごみ箱の中で見つかる

し、ほんとうに心配していたんですよ」


            


 「ごめんなさい」社長のS子は素直に頭を下げた。そして疲れた表情で、窓枠

に後ろ手で寄りかかったまま、首だけを回して外を眺めた。


            


 厚い曇が覆いかぶさった午後4時半の街は薄暗く、ヘッドライトをつけて走

る車がミニカーのようにかわいらしく見える。さらにその向こうの自転車専用

道路には、中高生の下校中の自転車ラッシュと、人の流れが動くジオラマのよ

うに見える。


            


 「最初はもちろん、楽しかったのよ。この眺めも。地上から遥かに高い場所

で働くことの楽しさも、喜びも。まさに、La Vie en Rose、て感じだったわ。

血眼になって働いた時代さえ、懐かしい、いい思い出に思えてきて、とうとう、

ここまで来たんだってね。でも、それも、1、2年かな。だって、エベレスト

登頂してもそこに住めないから下山するしかないでしょ。達成したら、あとは

降りるしか道がないのよ。トップっていう地位は大変だけど、汗をかくことな

んてほとんどないし、それにあまり居心地がいいとは思えないしね。俯瞰して

見える範囲は広がるけれど、見えれば見えるほど不安感に駆られるっていうの

かしらね。これも贅沢な悩みだと言う人はきっと多いでしょう。だから、時々

ふっと逃げ出したくなるのよ。衝動的にね」「それでも、私には何か言ってか

ら行っていただかないと。どこに行くかくらいは」黙って聞いていたM子に段

々と怒りがこみ上げて来た。


            


 「ごめんなさい。あなたにはいつも助けてもらってありがたいと思ってい

るし、もちろん、今回のことでも心を砕いていたでしょう」「ええ、ほんと、

死ぬほど心配しましたよ。でも、まず、シャワーを浴びませんか?」とM子は

言うと社長のS子のほうに近寄った。「あっち、行ってた方がいいわ。匂うし、

汚いから」社長のS子は手でM子を制止してから続けた。


            


 「この5日間でいろんなことがわかったのよ。ほら、その間、仮想通貨の交

換事業者のCEOが先日急死したでしょ。本人以外の誰も知らない暗号鍵を持

ったままね。その暗号鍵はパソコンからも、どこからも未だ見つかっていない

らしいけど、引き出せなくなった200億円はほんとうにまだ存在しているの

かとか、もうすでになくなっているのかもとか、疑惑が疑惑を呼んでいるで

しょ、あなたも知っていると思うけど。でも、そんなずさんな管理体制の元で

運営されている企業もけっこうあるのかもとか、そんなことも考えたわ。そ

れで、もう一度地面に戻ってみようと思ったのよ」


            


 「おっしゃることはわかりますが、とにかく、シャワーを浴びて着替えてく

ださい。温かいものをお持ちしますから。続きはそれからです」M子はきっぱ

りと言うと、ドアの向こうの社長室に入って、クローゼットからタオル、バス

ローブと下着を持って戻って来た。そしてそれらをソファの上にどさっと置

いた。


            


 「わかった。あなたの言う通りにするわ」社長のS子はその白い塊を持って

M子をよけるようにして、社長室に入った。M子は大きなため息をついて、椅

子にどさっと座り込んだ。しばらく強いシャワーの音が続いた。


            


 「もう、世話の焼けることばっかり!あっちもこっちも!社長までがこんな

感じで。私だけがきりきり舞いで…」M子は両手で頭を抱えたまま、メールボ

ックスを開いた。この5日間、メールのやりとりは、幹部たちと社長失踪事件

に関わるものばかりだった。「もう~、いや!」M子は机をパンと叩いた。

しかし、問題の本人は白いバスローブに頭から白いバスタイムをかぶって、

「さっぱりした~!」と涼しい声を出しながらシャワー室から出て来た。


            


 「5日間、お風呂にも入らなかったんですか?」「そうよ」「社長には、

ほんと、呆れますよ」M子は仁王立ちした。「ココアか、コーヒーか入れま

しょう」社長のS子はそれには答えず、「カミュって、知ってるでしょ」と

聞いた。「その中に『カリギュラ』っていう戯曲があるのよ。それって、3日

間行方が知れずになった皇帝が泥だらけで帰ってくるシーンから始まるのよ」

「そうですか。わかりました。ココアですか?コーヒーですか?」とM子は乱

暴に畳みかけた。


            


 S子は「それでね、城に帰って来たカリギュラは、『月を取りに行った』っ

て言うのよ。当時はそれが、不可能を手に入れるという象徴として使われてい

たと思うけどね、でも、もうすぐ、『ああ、月に行かれていたのですか』って

なるはずよね」M子は腕組みをしていた。「それじゃ、月に行ってたんです

か?あのね、さっちゃん、言っときますけど、私とあなたは同年齢、いや、

私の方が1か月も早生まれなんですよ。今は、社長と秘書ですけど…。ココア

でいいですか?」M子の表情は頭からは湯気が出ているマンガのようだった。


            


 「わかった。マコちゃん、もうこんなことはしないから。でもね、私、ずっ

と社内にいたのよ。ここにも何度も来てるし、」「はっ?来てる?なんです

って?」それに反してS子はにっこり笑っていた。「だって、ここのお掃除に

来てたんだから。前よりきれいになったって思わない?」「清掃員になってた

ってこと?」「そうよ。社内全部、きれいにしたわよ。ついでに帳簿関係も

ね。楽しかった~」「待って、それじゃ、清掃会社とグルってこと?」

「まあそういうことかな」「はっ?なんですって?」M子はじっと社長のS

子をにらみつけた。


            


 「マコちゃん、そんな顔をしないでよ。時には社内“清掃”が大事よ。いろん

な意味でね」そう言うと社長のS子は来客用の椅子を窓際に持ってきて腰

かけた。


 「私か、あなたか、トップはひとりで十分」「それってどういう意味で

すか?」「会社は私がいなくても回ったでしょ。5日間も。だから、あなたか

私かのどちらかでいいということ」M子は動揺を隠せなかったが、食器棚から

ココアの缶を出して開けようとした。


            


 「コーヒーで。ココアは私の泥汚れの変装用に使ったから。きっと空よ。

それに警備会社とも、まあ、グルってことになるのかな?だって、泥だらけの

人間を警備員が中に入れると思う?ありえないでしょ。でも、こうでもしな

いと、いろんなことはわからなかったのよ」「さあ、マコちゃんもここに来

て、じゃんけんをしましょ。どちらかひとりに決めるのよ」


            


 M子は黙ってS子のコーヒーを淹れると、テーブルに置き、それから黙っ

て、荷物をまとめ始めた。




   


   


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
   仮想通貨、これから先、どうなるのでしょうか。
   成り行きを見守りたいと思います。

p.s. 2  
   世界のニュースを見ているとつくづく、
   La Vie en Roseな平和な国、
   日本だと思います。
   欲張りすぎなければ、最高の住み心地です。


  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2019年2月号です。
           
           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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