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リサコラム
連載658回
      本日のオードブル

火曜日倶楽部

第4話

「グレーゾーン」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ダーグレーの壁
グレーなカーテン
ダークグレイな絨毯
ホワイトの寝椅子
スノーホワイトの
ベッドリネン
グレーゾーンに
最も相性の
よい色合いは
やはりホワイト
不思議な関係です。




 







        

第4話 「グレーゾーン」




 
『火曜日倶楽部はネット上では出てこないある秘密決社である。秘密結社

とはいえ、全量なる市民による会らしい。しかし、そのメンバーに入るのはと

ても難しいという。まずは文学賞レベルの少論文を提出し、さらに身体測量が

あり、そして100mを15秒以内で走れなくてはならない。それだけではな

い。容姿、苗字に特長を持ち、さらに奇妙な趣味、世界的に有名な人物であり

ながら、知られていない人間たちの集団である…』


            


 これはお手元にお配りした通り、あるネット上の掲示板に書き込みされたもの

です」D氏が言い終わるとガレージ部屋にはどっと笑いのようなどよめきのよ

うなものが巻き起こった。


            


 演台のD氏こと犬神氏は、その笑いの渦中にないひとりのメンバーに発言を

求めた。有名なコンサルタントで一度も本を出したことのないG氏だった。G

氏は改まった表情で、「これはまさに推理小説だね。僕らを集めたインビテー

ションカードに書かれていた文面を彷彿とさせるからね」と言った。


            


 檀上のD氏は「この掲示板を見つけた時、この火曜日倶楽部自体にこそ、

推理すべき論点があると悟りました」と冗談めかしつつも、ミステリアスな表

情で他の6人の反応を伺った。

その中でひとりG氏が真面目な表情で立ち上がると話し始めた。


            


 「まず、みなさん、お気づきのように、これはめちゃくちゃな文章です。漢

字の表記がめちゃくちゃなのです。秘密結社を『秘密決社』善良を『全量』

小論文を『少論文』、さらに、身体測定を身体測量などとまともに義務教育を

受けた人間なら、書き間違うことはあり得ないミスです。身体的は、『特徴』

が正しいでしょう。これは、パソコンやスマホなどでの変換ミスだと思わせて

おいて、悪意とも言うべき、好奇心を持った部外者が我々のクラブの存在を知っ

ているぞと言っていると思われます。つまり、変換ミスはこの倶楽部の奇妙さ

を揶揄していると疑わざるをえません」


 「はははっは」と高笑いをしたのは、45年間無職、つまり、一度も働いた

経験のないE氏だった。「すみません。ちょっと可笑しくて」E氏は、まだ収

まらない笑いにおなかを押さえながら、「どうぞ」と言うように、コンサルタ

ントG氏に発言の続きを求めた。


            


 しかし、G氏は逆にE氏に発言するように手で促した。E氏は、「いえ、僕

なんか、この選ばれし火曜日倶楽部の最下位のメンバーですから、えらそうな

ことを言えた立場ではありません」と言ったが、「最下位なんて、誰が決めた

んです?」とG氏が応じた。その言葉には穏やかな響きが感じられた。


            


 E氏は小さな子供用の椅子の中で体を丸めるようにして言った。「誰がって…

どう見てもそうでしょ。僕以外はみんなちゃんとした職業についておいでの成

功者ばかりだ。僕は仕事というものについたことがなく、これまで45年の人

生を歩んできたんです。僕があなた方にはどう映っているかはわかりませんが

ね、まあ、隅っこの方で静かにして置けばいいんでしょう?」


            


 そこで、図太い笑い声を上げたのは発明家のF氏だった。「45歳まで仕事

につかずにいられるなんて、特権階級そのものですよ。うらやましがられる存

在には間違いありませんね。それこそ、A氏のアマンリゾーツにいそうなゲス

トでしょ。私が思うには人は何もやることがなくなると存在意義を見出せない

という焦燥感から、働くんだと思ってますがね、食べるために働くとしても、

ボランティアで働くとしても、そのための自分の時間を自ら使っているわけ

でしょ。そんな活動的な人間たちをある日、まっさらな部屋に入れて、3食与

えたら、暇を持てあましておかしくなるでしょう。しかし、あなたはそうで

はない。つまり、普通とは違う意識を持っているという意味で特権階級なの

です」F氏は言い終えると、満足げにゆっくりと椅子の背に大きな体をもたせ

掛けた。そしてE氏はにこにこ笑いながらも、肩をすくめた。


            


 そこで檀上のD氏は咳払いをした。「論点がずいぶんとそれてしまったよう

ですが、私はこの掲示板に書かれたことからこの倶楽部にグレーゾーンを見出

したのです」「それって、そんなに問題ですかね?」ガレージ部屋の中央に座

っていた芸術家のB氏はあくびをしながら言った。「そんなのどうでもいいで

しょ。そんなどこの誰が書いたのかわからんようなものに、囚われている方が

おかしくないですか?」D氏は「もちろんそうです。僕もどうでもいいとは思

ってはいます。しかし、犬神家の一族の僕としてはですね、」笑いながら、

返した。しかし、幸いなことに誰も笑わなかった。「…要するに、犬の嗅覚が

感じるのです。そのぉ、グレーゾーンにひそむ、重要な何かをです。だって、

考えてもみてください。この倶楽部は発足したのが、1週間前ですよ。ネット

上ではもちろん公開していませんし、お互い友人関係もなく、ある意味、無作

為に選ばれたと言っても過言ではありません。さらに、これから、我々がこの

倶楽部で何をしでかすのかさえ、わかっていないのです。プライバシー重視の

この世の中で、こうして集まったこの7人はよほど変った人間で、怖いもの知

らずに違いないのです。発信元は『火曜日倶楽部』そして来てみたら、ガレージ

でしょ。しかし、なぜか、意気投合してこの会は発足してしまった。こんな会

が秘密結社と疑われても無理はありません。そんな中でこんな掲示板が見つか

ったということは、まず、この倶楽部に集められた意義と真実を探るべきで

しょう」


            


 ガレージ部屋の残りの6人はそれぞれ顔を見合わせた。犬神氏D氏は続け

た。「推理小説ではあるまじき反則行為ですが、つまり、このメンバー以外の

第三者が犯人、この場合は、この火曜日倶楽部を招集した黒幕がいるというこ

とになりませんか?」その時、手を挙げた人間がいた。発明家のF氏だった。


            


 「それなら、この会の目的はDさん、あなたが『火曜日倶楽部』を招集され

るに至った問題の人物のはずです。犬神家一族の末裔のあなたが、です」


            


 「それは違う」アマンリゾーツCEOA氏だった。「資産家の息子で悠々自

適に暮らしているE氏を取り込む目的に決まっているじゃないか」それを受け

て、E氏は、「僕が最終目的の人物ではありませんよ。僕なんか何のとりえも

なく、ただ100mは12秒で走れますがね。最終目的の人物は、彼ですよ、

きっと。しゃべれない風をしていますがね、彼は隠れ蓑のペンネームを使って、

ミリオンセラーを出している作家ですから」E氏はそう言うと、ひげの芸術家

B
氏を指さした。


            


 指名を受けたB氏は笑いながら、「僕は違うと思うよ。単なる善良な市民だ

からね」と言った。


            


 そこで演台の犬神氏、D氏は「F氏は、僕が、犬神がこの倶楽部発足の目的の

人物だと言い、A氏は、E氏だといい、そして、E氏はB氏だといい、B氏は否定し

た。残るは、コンサルタント業のG氏、そして猫用飲料水メーカーのCEO、

C氏、どうなんですか?」


            


 C氏はG氏の顔を見た。「こうなっては、仕方ありません。白状しましょう。

私はある場所に桃源郷とも言うべき、リゾートを作ることを考えたのです。そ

の内容につきましては、まだこの段階ではお話しすべきではないと思いますが。

そこで、たまたまある海外のセミナーで知り合ったG氏に相談しました。何の

しがらみもなく、しかし、とてつもなく変わった面白い人間たちを集められな

いかとね。そこで、G氏は僕の特徴的な名前、猫田にヒントを得たのです。

そして、D氏、犬神氏を引き寄せるには変った苗字という手段を用いました。

それから、A氏は実は最もスムーズでした。つてをたどれば、アクセスでき

ました。さらに、B氏は芸術界の重鎮からの推薦状をつけ、しかし、資産も暇

も十分にお持ちであっても、どこにも所属されていませんE氏を引き寄せるのが、

困難を極めたのです。そこで『火曜日倶楽部』という名称にこの倶楽部の名前

を決めたのです。それはアガサ・クリスティーの短編小説の題名「火曜クラブ」

から取ったものだからです。E氏はErcule Poirot (エルキュール・ポアロ)

いうペンネームで実はネット上で推理小説を書いていましたす。正式なポア

ロの名Hercule Poirotですが、Hを読まないため、E氏はそんなペンネームを

つけたのでしょう。つまり、5名の方をこの倶楽部に引き寄せた方法はそれぞ

れの方に最も適したものをその道のプロが実に巧妙に考えた、全部異なるアプ

ローチの仕方によるものでした。そこで先の掲示板に内心、私はびっくりしま

した。もちろん、G氏もそのはずです。それは無論、的を射ていたからです」

C氏はコンサルタントG氏を横目でチラリと見てから静かに続けた。


            


 「『火曜日倶楽部はネット上には出てこないある秘密結社である。秘密結社

とはいえ、善良なる市民による会であり、そのメンバーに入るのはとても難し

い。まずは文学賞レベルの作家、頑強な体つきを持った人物、100mを15

秒以内で走れなくてはならない。それだけではない。容姿、苗字に特長を持ち、

さらに奇妙な趣味、世界的に有名な人物でありながら、知られていない人間た

ちの集団』この内容はみなさまそれぞれ、どれかに当てはまっているはずです。

つまり、この7人は然るべき役割を担うために集められた精鋭部隊ということ

になります」そこでどよめきが起きた。演台のD氏は、「ここに集められて光栄

なことだというわけですか?」と吐き捨てるように言うと、A氏は「いよいよ、

面白くなってきた」とにこやかに微笑んだ。


            


 C氏とG氏は5人の顔を見渡した後で、C氏は持参したクーラーボックスか

らシャンパンと7つのグラスを取り出すと、栓を抜き、それぞれに注ぐと

グラスを手渡した。


 「みなさま、それぞれ思惑はあるでしょう。しかし、グレーゾーンがあるか

らこそ、こうしてこの火曜日倶楽部にお集まり下さったのでしょう。面白いも

のが生まれるスポットはこんな魅惑のグレーゾーンからなのです」7人はシャ

ンパングラスを重ねた





   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
   
    アガサ・クリスティはお好きでしょうか?
   失踪事件を起こしてからますますそのミステリアスな
   雰囲気を加えた物語の背景は遠い昔のようで
   しかし、まだ100年も前ではないのです。
  
p.s. 2  
    ミステリアスなテーマは大好きです。
   過去に書きました『ホテル・センチメンタル』という連載も
   そんな趣を込めたものです。
   しかし、今は、現実のベッドリネンのハウスブランドの
   名前になっています。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2019年5月号です。
           

           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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