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リサコラム
連載568回
      本日のオードブル

思い返せばいろいろ
ありまして


第10話


「リゾートで、
お世話になります」



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



ビーチ
リゾートでは
いろんな匂いが
します。潮の匂い
サンオイルの匂い
香草や花の香る匂い
シーフードの焼ける
香ばしい美味な匂い
お香のような匂いと
高級な香水の匂い。
ゲストに共通の
ある匂い
も。


 
      
  





        


第10話  「リゾートで、お世話になります」



  「どちらからお越しですか?」

 高級ハイダウェイリゾートのデッキチェアに座った中年の男性、裕さんは、隣の

傘の下で寝転んでいる日本人と思われる男性に思い切って尋ねた。


             


 もっと他のことを尋ねてもよかったし、もちろん、天気の話題でもよかったが、

しかし、優柔不断のUさんとあだ名で呼ばれるほどの裕さんは、これでもずいぶん

長く考え続けた挙句の命の泉から湧き出た言葉だった。


             


 Uさんの真の人となりを知る人は実は少ない。それはメールの文面のおかげで半

分以上は包み隠されているからだった。いつも2、3行で済むメールもかなりの時

間を要する。そしてその手法は十数行書いた後で、文字の取捨選択を重ねて半分に

し、そのあと、あぶら汗をかきながらまとめ上げてゆくのだが、すると、文章は

極端に短くなる。これではまずいと「コントロールキー+z」で戻し始めると、先

ほどとは別のルートをたどりながら言葉の雑草の中に入り込み、そして抜け出せな

くなる。挙句、全部の雑草を抜いて、実に簡潔な文章で終わってしまうのだった。


             


 ことに初対面の相手に礼状代わりに送る文面にはいつも四苦八苦した末、「その

節はお世話になりまして、ありがとうございました。またお目にかかれますことを

楽しみにいたしております。」だけで終わることが多かった。そして口下手だが、

人当たりは良く、人の批判も得意ではないところが、むやみな敵を作ることなく、

無難にサラリーマン人生を切り抜けてきたように見受けられた。そんなリーダー的

な威圧感のない、しかしなんとなく人好きのする人がこの社会では出世するように

できているようで、裕さんは10年で同僚をはるか下に見るくらいにエリートの

あみだくじを上手に上ってしまった。


             


 プールサイドでいきなり尋ねられた男性は、ちょっと面食らって見えた。Uさん

はしまったと思った。「いや、つい日本人同士の気安さで話しかけてしまいまし

た。失礼いたしました」裕さんはすぐに詫びた。


             


 「いえ、いえ、こちらこそ、実は、何か話しかけようかと思いながらも、機会を

失っておりました。いや、リゾートとは退屈な場所ですね。ぼんやり本を読んでい

ると眠くなるし、そのうち暑くてたまらなくて目が覚めて、すぐにプールに飛び込

んでひと泳ぎして、またこのデッキチェアに戻って本を読み始めて、それでまた眠

くなって、どうもこうも、こんな隔絶されたリゾートにまで来て、居眠りばかりし

て、時間の無駄をしているようで、いけませんね。しかし、なんですね、こんなと

ころまで来ないことには日常から解放されない日本人ビジネスマンと言いますか、

現代人と言いますか、寂しいものですね」裕さんは黙って、頭をコクコクと上下さ

せながら、話に耳を傾けていた。この男性は一旦、話始めるとなかなか終わりそう

にない話好きのようだった。


             


 「だって、せっかく何もしない贅沢を味わいに来ているのですからと、私は思う

のですが、妻はアウトドア派でして、すぐにマリンスポーツにクルーズにと行って

しまうのです。私は反対にプールサイドでのんびりしていたい方ですから、こうし

ていつもひとりぼっち。だから4時のアフタヌンティが楽しみでしてね。ここ

ではコンプリメンタリーのそれが一番の楽しみなんです。プールサイドでハーブテ

ィーを飲みながら、地元の主婦が作ったデザートを頂くのがなんとも素敵でね、

いや、もちろん有名シェフが作った料理を堪能するのはいいんですがね。しかし、

日本でも最高の料理はいつでも味わえるではありませんか。わざわざジャングルの

中までやって来て、シャンパンにフレンチを堪能したいとは、私は、あまり思いま

せんね。しかも、なんでこんなに高いんですかね?まあ、それがリゾートというも

のでしょうがね。しかし、高い。何もかもが高い!部屋代だけで、東京の5つ星ホ

テルの3倍以上もするなんて、異常な感じですよ。まあ、これでこの地元が潤うの

であればいいんですがね、富める者だけがさらに富めるのであれば、複雑な心境に

なりますよ~」男性はじっと赤く染まり始めた水平線を眺めながら「ほ~と」大き

なため息をついた。


             


 「まあ、この美しい夕日もホリゾンタルプールも、ここに来ないと見られない風

景だと思えばね、それに、こんなジャングルを開墾して作ったリゾートだと思え

ば、高い安いは致し方ないかという気にもなりますしね。だって、いつもなら今頃

」男性はダイバーズウオッチをした腕を軽く持ち上げると、「人波をかき分

け、かき分け、一秒でも早くこの場所から次の場所に移動したいと躍起になってい

る時間帯ですよ。そんな時にこんな風光明媚な場所で何も余計なことを考えずにい

れるんですから、財布のことは一旦、横に置いとかないともったいないですよね」


             


 隣のデッキチェアの裕さんはまたコクン、コクンと頭を上下に振りながらじっと

聞いていた。男性はずっと話し続けている。


             


 「最近のリゾートには、ヤシの木がありませんね。一昔前まではヤシの木がリゾ

ートの象徴だったのに。今はどこにでもあるような木が無造作に生えているような

感じゃありませんか?それに、家具もさほど高級ってわけでもなく、シンプルって

いうのか、オーソドックスというのか、とりたてて変わったデザインのものでもな

くて、当然、部屋のインテリアにしてもシンプルですよね。大都市ならどこでも見

かけられそうな感じもしますが、しかし、一つだけ違うのが、これ、この景色なん

ですよね~。世界中の大都市のどんな5つ星ホテルも勝てないのが、やっぱり、こ

れなんだよな~」男性は半身を起こすと、「これなんですよ」と、海の方を指差し

た。「ああ、はい」裕さんは目をしばたたくと、男性の指さす方向を見た。


             


 あたり一面ラベンダー色に包まれている。「致し方ありませんね。高くっても。

高いのは承知の上ではるばるやって来ているんですから。しばし、だまされてみよ

うでじゃありませんか」男性は一方的に話を終えると、立ち上がる時に、セカンド

バッグから長い肩書のある名刺を出した。


             


 裕さんは「私は」と軽く手を挙げた。「いえ、いえ、結構。まあ、ま、何か

のご縁ですから。とはいえ、もう、まもなく引退するような年齢でね、いずこかで

何かのご縁でもあれば、その時は、よき思い出の一コマとして思い出してください

な」男性は立ち上がると、「それでは失礼。今晩の飛行機で、また雑踏の日本に戻

ります」と言ってから、ペタペタと石の上に足音を響かせて、プールサイドを離れ

た。


             


 裕さんは、ゲストがみなカクテルタイムの着替えのためにいなくなった静かな

プールに、ひとりでそっと入ると、青紫から濃い紫、そして砂浜の漆黒の闇に浮か

ぶキャンドルの光を眺めた。プールの水が海に流れ落ちるその先端でゆらゆら浮き

ながら、長い間、眺めた。


             


 翌週、裕さんは帰国すると、バリのリゾートで会った男性にメールを書こうと思

いついた。しかしそれも簡単ではなかった。いつものようにまたあぶら汗を流しな

がら文章を構成した挙句、「その節はお世話になりまして、ありがとうございまし

た。またお目にかかれますことを楽しみにいたしております。」と書き送った。



           




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
  
   リゾートの話になると、とても早く書けます。
  すぐにその場所に飛んで行っているからでしょう。
  メールの返信よりも早かったりします。
  そんなものはありませんか?


  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
             


p.s.2
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.2
    下は日本語版です。
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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