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リサコラム
連載711回
      本日のオードブル

ある嵐の晩に

第2話

「次点者」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



嵐の晩のリゾート。
不気味な風切り音の中
車で2時間半のドライブ
ここはどこ?お先真っ暗で
私の横には知らない同乗者
さて、運命やいかに?



 







        

 第2話 「次点者」




 
私大嵐の中、1時間遅れで到着した飛行機から降りると、私は蒸し暑い外

気と人いきれが充満した送迎ロビーにやって来た。そこにはプラカードのよう

なネームプレートを掲げたそれぞれのホテルのスタッフが出迎えに来ていた。

南国の匂いだ。しかし、甘い香りには程遠いムッとする匂いだ。大勢の人々の

体臭と熱気で息苦しさは最高潮に達している。これほどの人間が密集する場所

に来るのはほんとうに久しぶりだった。私は常にひとりだったから。


            


 私はくたくたの体に小さなボストンバッグを持って大汗をかきながら、うろ

うろと自分の名前を探し回った。そして、やっと金のテープが3本巻いてある

白い丸いフチなしの帽子と白い制服を着た浅黒い男性のネームプレートに自分

の名前を見つけた。


            


 「ああ、どうも」私は名乗るとそのベルボーイ風の迎えのスタッフに挨拶

をした。「飛行機は揺れませんでしたか?」白い帽子の彼はにこやかに尋ね

た。「ああ、揺れましたね~疲れました」「外も嵐です」彼はにこやかな表情

を崩さず、私の小さなボストンバッグを代わりに持つと、広大な駐車場の方へ

と案内した。



            


 「実は、大変恐縮ですが、相乗りでお願いしたいのです。もちろん、寄り道

はいたしません。ホテルに直行でございます。この嵐のために便がどれも遅れ

て到着したものですから、車が足りなくなりまして…」と申し訳なさそうに言

うと、私にリムジンタクシーのドアを開けた。ドアの向こうには女性の姿が見

えた。女性はただじっと前を見ていた。


            


 「失礼いたします」私がそう言うと、女性は、ちょっとだけこちらを見て

「いいえ」と一言だけ言った。若い日本人のようだ。それからすぐにベルボー

イがドアを閉めると、車はすうと動き出した。


            


 私はのっけから気が滅入った。彼女も同じホテルに宿泊するのだろうが、

気乗りのしない旅行とは言え、リゾートにやって来た瞬間から、こうなるとは、

思ってもいなかったから、出鼻をくじかれたような気分になった。


            


 「ついてないな~」私は心中ため息をついた。来たくて来た場所でも旅で

もない。無料の招待旅行だったからやって来たまでで、そうだとしても、ホテ

ルまでの2時間半の道のりを一つの狭い空間の中で他人とどう過ごせというの

だろう。


            


 変な誤解を生まないためには、何か話しかけるとすれば、女性の方からが望

ましいのは当然だが、15分経っても彼女は窓ガラスの方を向いたままで、無

言だった。私は窓に寄りかかって目をつぶった。「まあ、誘拐されることはな

いだろう。私なんか誘拐しても0がたくさんつくような銀行預金を持っている

わけでもないから」そう覚悟を決めると、すぐに泥のような疲れは私を深い夢

の闇の中へと引きずり込んだ。


            


 気がつくと私は青黒い砂浜に立っているようだった。規則的に波打つ音で、

そこが海辺だとわかるほどに、真っ暗な中に立っていた。その波音に向かって

歩くと段々とその波の音は激しくなってきた。防波堤のような場所だ。石段が

切られ、それはずっとずっと遠くまで続いて、そして闇の中に消えていた。私

は不気味に削り込んだような細い月が照らす中、その石段の前に立った。する

と、私より数メートル先に誰かが立っていた。私はそれが誰なのか確認しよう

とじっと見た。向こうも私の方を見た。そして、私はもう一人いることに気づ

いた。階段の一番上から見下ろすように立っている人間に。男性のようだっ

た。彼は手に持った丸い筒状のものをさっと階段の下に向かって転がすと、

薄い絹のような黄色い生地が、階段をするすると降りて、私とその向こうの

人の間でピタリと止まった。


            


 男性は、「さあ、結果を発表いたします」と言った。するとどこからともな

くパタパタと手をたたく音がする。まだ他に誰かいるらしい。目を凝らすと、

向こうの方に階段に腰かけた二人の姿が微かに月明かりに照らされている。


            


 「一体、何の発表ですか?」私はその男性に向かって聞いた。彼は侮蔑的

な声で、「はははは」と笑うと、「ご存じのはずです」と答えた。

「いえ、知りません」「まあ、いいでしょう。ご存じのはずだが、つまり、

ボートに乗れる人ですよ」「ボート?」「ええ。救命ボートに乗れる人です。

こちらのお二人はすでに決定しており、あと、あなた方のうちのおひとりのみ

となりました。ですから、ここで結果発表をさせていただきます」


            


 私は「言うな!」と叫んだ。と同時に耳に両手を当てて、そのまま、走った

砂浜を。どこまでも、どこまでも。そして行き倒れになったらしい。


            


 私は息苦しさで夢から覚めた。ケラケラと笑い声が聞こえる。知らない内に

ドライバーと女性は和やかに話している。私はリムジンタクシーの中で、顔を

ぺったりとガラス窓にくっけていたようで、首は凝り固まったまま、ほぼ2時

間が経っていた。


            


 「間もなくです」ドライバーは私が目覚めたのに気付くと、ガラスの仕切り

の間の小さな窓からトレーに乗ったおしぼりと冷えた水を押し出した。

「ああ、ありがとうございます」私は夢の中まで、審査結果に追い回されてい

たようだ。


            


 私はピアニストを志して25年になる。ここで芽が出なければ、別の道を探

さなくてはならないぎりぎりのところまで来ていた。しかし、私は常に檀の上

に上ることもなく、全国大会に出ることもなかった。これまでの最高の成績が

地方大会の4位、次点だった。次点は数多くもらった。


            


 「次点」、私はこの言葉が嫌いだ。当選、入選と次点、合格と補欠の間には

深い渡れない溝があるが、その溝のぎりぎりの手前ではしごを外されるのが次

点と補欠だ。それなら最下位でも入選に程遠い順位の方がなお、人生に諦めが

ついていい。しかし、今回、地元旅行会社が大会スポンサーだったため、めっ

たにないことに4位の次点者にまで海外旅行という副賞が与えられた。それが

このバリ旅行だった。ここで次点の傷を癒せと言うのか、そんなものもらって

も余計に気が滅入るだけだが、すでにやぶれかぶれの私はその次点賞で早々に

バリに旅立ったのだった。


            


 相変わらず、車窓からは吹き付ける雨嵐でほとんど何も見えない。そして、

車のワイパーはすごいスピードで動いている。やはり、来るべきではなかっ

た。私は、リムジンの中でそう確信した。それは、このたった3人の中でも私

はすでに仲間はずれになっているからだ。その時、私のスマホがリンと鳴っ

た。大会関係者からのメッセージが来ていた。


 「大変申しにくいことですが、審査の段階で計算ミスが発覚いたしまして、

同点の方が3人となり、よって、5位とさせていただきます。しかし、どうか

素敵なバリ旅行をお楽しみくださいませ」


            


 なんてことだ!私はおかしく笑い出した。そして笑いが止まらなくなった。

 私のひとり笑いを聞いて、男女二人はピタリと会話をやめた。同席の女性

が「どうかなさいました?」と不思議そうな顔で聞いた。「いえ、やっと次点

から解放されただけです!」私はちょっとニヒルを気取ってそう言うと、また

笑い続けた。


             


 そうしてようやく笑いが収まると、堂々と自分の名を名乗り、女性の名前を

聞いた。「さあ、やっと私に運が向いて来たようだな。リゾートが楽しみだ!




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
 私は今でもよく、スケーターの織田信成さんが計算間違いで
順位が降格したことを思い出します。ありえないことですが、
それは言った方ほんとうによかったことなのか、言わない方がよかったのか、
もしも、言わなければ、ライバル同士の運命はどうなったのか、と
考えることがあります。

  次回は5月27日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年5月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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