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リサコラム
連載516回
      本日のオードブル
習慣

第6話

「先生の休暇」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



先生の
別荘ホテルは
郊外の美しい森を
背景にしていました。
その森と湖を見晴らす
28号室が先生の
指定の部屋でした。
その部屋を確保するために
先生は滞在3日間分も予約し、
残りの1年、仕事に励んでいました。
ブルーのベッドリネン、ラズベリー色の
ベランダの椅子と丸く大きなペンダントライトが
先生のお気に入りでした。
バトラーは数人変わりましたが
先生の習慣は変わりませんでした。
きっとこの先もずっと変わらないことでしょう。



 
      
  





       


第6話
「先生の休暇い」



「ムール貝のスープをもらおう。数は6個で」先生は3分ほどの沈黙の後、バト

ラーの背広の裾あたりを見ながら言った。


             


 それからゆっくり目を上げてバトラーの顔を見た。「君は新人さんかな?」と先

生が聞いたので、「はい。こちらではそうです」とバトラーは答えた。先生はあく

びをしながら「うんうん」とうなずき、「それじゃあ」と言った。バトラーは先生

が池を眺めながら次のメニューでも考えているのだなと思った。それからしばらく

して先生はまた、にやっと笑うと「それじゃあ」と言った。しかし「それじゃあ」

の後、先生は何も言わなかった。バトラーはじっと待った。しかし先生は、涼しい

顔をして、また回りの景色に身をゆだねているような風に見えたので、バトラーは

その時はっと気づいて、「かしこまりました」と言うと慌てて下がった。


             


 その年の夏は観測史上という四文字熟語を何度聞いたかわからなくなるほど、観

測史上を日々更新し続ける暑さが続いた。その影響なのか、先生のような常連のゲ

スト以外にもしばらくご無沙汰だった元常連ゲストたちがたくさんこの別荘ホテル

に戻って来た。バトラーたちはゲストの対応に日々追われ、バトラーSはひとり客

の先生のようなおとなしい常連客にさして注意を向けることもなかった。


             


 先生は毎日5時半から一人静かにカクテルタイム兼夕食をとる。それは料理一皿

とワイン1本だった。バトラーは4時半に先生の部屋に赴き、注文を聞き、それを

キッチンとソムリエに伝える。ソムリエはワインリストの中から一番適切、かつ彼

のセンスを感じさせる一本をセレクトして、バトラーはそれらを持って先生の部屋

にお届けする。それから8時、バトラーは再び、先生の飲み掛けのグラスと空にな

った瓶を片づけるために先生の部屋にやってくる。それが先生の滞在中のバトラー

の日課になっていた。


             


 第二の人生を選択した新人バトラーのしかし、髪の毛には人生の苦楽を共に歩ん

だ気配を漂わせたバトラーSは7日目の午後4時半にいつも通り先生の部屋のドア

をノックした。その日も夏の余韻を引きずった一日で、夕方になっても暑さはまだ

立ち去っていなかったが、先生はいつも通りベランダの椅子に腰かけて本を読んで

いた。


             


 「ケーキをもらおう」先生はそう言った。バトラーは「かしこまりました。どの

ようなケーキをご希望でございますか?」と内心驚きながらも平静を装って尋ねる

と、先生は「丸い真っ白いやつがいいな。いちごが6個乗ったやつを頼む」と言っ

た。そして、「真ん中にプレートを置いてくれないか。『Happy Birthday!』」と

書いてね」と言った。バトラーSは「ほかにございませんか?」と尋ねると、先生

はニヤッと笑って黙ると、池の方向をじっと見た。バトラーSはすぐに「失礼いた

します」と言うと、先生の居るベランダから部屋の中に後ずさりした。


             


 「28本、ろうそくをつけてもらえないか?」バトラーの背中は先生の小声をキ

ャッチした。バトラーSは「かしこまりました」と答えた。


             


 先生は一般的な呼び方では初老と呼ばれるような年齢だった。バトラーSはケー

キと季節外れのいちごを手配する時間を考慮してすぐにケイタイでシェフとソムリ

エに注文内容を伝えると、レストランの方のヘルプに回った。レストランはディナ

ーの準備に追われているのに、簡単にそんな注文を受けて、とバトラーSを叱責し

た。しかしなんとか調整して、やっと新鮮ないちご6個の乗った白い生クリームの

ホールケーキが午後5時20分に完成し、バトラーSは先生の部屋をノックした。


             


 先生は早速28本の細いろうそくを慎重にケーキに刺し始めた。それからバトラ

ーに火をつけるように言った。その間先生は、「君は奥さんがいるかな?」と聞い

た。バトラーSは「はい」と答えると、先生は「それはよいことだね」と言った。

それから先生はしばらくろうそくの火を見た後でそれを吹き消すと「ナイフでカッ

トしてくれ。6等分に」と言った。バトラーSはその通りにした。そして先生は

「二人で食べよう」と言い、バトラーに空いた席を指示し、バトラーSが戸惑って

いると、「責任は私が持つ」と言った。


             


 バトラーが遠慮気味に腰かけると先生はまた遠い池の方を見ながら、「完全主義

者はだめだね。こんな私みたいになるだけだからね」と言った。バトラーSはその

理由を聞く権利は自分にはないと判断して、「そうでしょうか」と言ったきり黙っ

ていた。


             


 そして先生は「昔、私にも婚約者がいたんだよ」とぽつりと言った。「それで彼

女の誕生日をレストランで祝おうと私は予約を入れたんだ。28歳の記念すべき誕

生日だったから、今日みたいにいちごが6個乗ったケーキを頼んでね」と先生はケ

ーキを指さした。「そしてろうそくを28本刺してハッピバスデイを歌ったところ

まではよかったんだ。問題はそのあとだった。私は自分でケーキにナイフを入れて

今みたいに6等分にカットした。彼女はそれが気に入らなかったんだ。彼女は何か

の映画かなんかで見たらしくスプーンで丸ごとのケーキを二人で分け合いながら食

べたかったのに、と不機嫌になった。私は全くその意味が分からなかった。私はす

ぐに6という数字がどんなに完璧な数字なのかを説明した。それは完全数と言われ

るもので、その意味も説明した。さらに28歳という年も同じく完全な数字だとい

うこともね。つまり、その数字自身以外で割れる数字を足すと元の数字と同じにな

るという数少ない整数のことなんだがね。そんな記念すべき誕生日だから、当然、

6等分にすべきだと私は思い込んでいた。すると彼女は「ケーキが何等分できるか

の数字を足し算して、それが何になるっていうの?」と怒り出した。私たちはそう

してレストランの中で喧嘩を始めた。彼女は最後、ケーキをめちゃくちゃにカット

して、「ケーキなんて何等分にだってできるのよ」と嫌味を言うと席を立った。私

たちはそれっきりになった。それがちょうど28年前の明日なんだよ」先生は言い

終わると、ニヤッと笑った。バトラーSは深くうなずくと、「そうですか」と言っ

たが、そのあとの言葉が見つからなかった。


             


 「だからあまり、完全なものにとらわれない方がいい」先生はそう言うと、カッ

トしたケーキの1個を自分の皿に移して、残りをバトラーSに下げさせた。


             


 そして先生は8月28日にチェックインしてから10日目の翌朝9月6日に、

来年の同じ予約を入れて、何事もなかったように別荘ホテルを後にした。



    



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

  架空のストーリーですが、こんな方いるのかもと思って書きました。
  習慣とは習慣を作るために習慣を行っていることのようにも感じます。
  その習慣を行うためにさらにまた習慣があって、さらそのまた習慣を行う
  習慣がつくられて、つまり、人生とは習慣を行うための習慣を行って
  形作られているのでしょうか?


 「もの、こと、ほん」は下の写真から。

            

p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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