ベッドメイク
ベッドメイクを終えた彼女は、最後の仕上げに ベッドスプレッドの上に静かに
手のひらを乗せ、そのしわを伸ばしてゆく。するとまるで、寄せた波が返すよう
に滑らかに、ゆっくりと、その布地はしわを端に消し去ってゆく。彼女はこれから
夜中に心臓発作を起こした夫を病院に連れてゆくところ。「早く、連れて行か
なきゃ」という、娘の言葉を尻目に、「私が、ベッドメイクしないで出かけたこと、
ある?」と、冷淡な美しい横顔を娘に向け、そうして冷静な彼女は、スポンジ
ケーキの上の生クリームをへらで伸ばしつけたかのように美しく、平坦な、しわ
ひとつない、ベッドメイキングを完成させた。家事すべてに完璧な主婦のブリー
・ヴァンデカンプ。医師である夫を病院に連れて行くのが遅れ、そのことも手伝
って結局夫は手遅れで、死亡してしまう。
NHKBSで放映中の”デスパレートな妻たち“第一シーズンの衝撃的な最終回
の1シーン。私はこの、ブリーの美しい手の動きが忘れられません。まるでその
しわをいとおしむような、とてもゆっくりした正確な手の動き。ほんの5,6秒の
シーンなのに、そこにブリーの性格が描き出されています。わずかにつけた手
の甲の角度が、ベッドメイキングをすることが彼女にとって、とても神聖なことの
ように見せる、インパクトのあるシーンです。現実にはそんなことはありえないで
しょうが、ベッドメイクをしないと、出かけられない私は、デスパレートな妻たちの
4人の主人公の中では、”ブリータイプ”かな?と感じることがあります。
しわくちゃなピロケースに霧吹きでたっぷりの水をかけると、今までこっそり隠
れていたしわまでいっせいにあらわれてきます。そこに熱いアイロンをあて、す
っと滑らせると、一気にしわが伸びます。さっきまで見捨てられたような、みす
ぼらしい姿をしていたピロケースは、いきなりぴんと姿勢を正して、美しい姿へと
生まれ変わります。その快感のために、アイロンがけは楽しいようなものです。
私のベッドには1台に大小合わせて7個ほどの枕があります。それを一気に洗
濯すると、7枚のしわになったピロケースができます。それを1枚1枚、霧吹きを
して3枚ほど重ね、上から一気にアイロンをかけます。夜中の12時にまだ食事
もしてなくても、アイロンがけに熱中していることもあります。
伸びて美しくなったピロケースを背もたれ用、頭に乗せるピロケース、ブレック
ファストピロケースの順にきちんとたたんでセットし、ベッドリネンクローゼットにし
まうとき、快感を感じます。あるいは、バスタオルをきちんと四隅を合わせて、2
回同じ方向にたたみ、次に3つ折り、それをまとめて、タオルクローゼットにしま
う、そしてそれを眺めるのもまたいいものです。先日、寝具やベッドリネンをお送
りした方からメールで「どうして、そんなにベッドリネンが好きになったのですか
?」と問われました。私は、「単純なことです…寝ることが好き。ホテルが好き
ベッドで本を読むことが好きだから」と答えました。そして付け加えるならば、整
ったベッドをほれぼれ眺めながら、「よし」と出かけるのが好き。その感覚は、ベ
ッドメイクを終えて最終チエックをするホテルのスタッフの気持ちと同じかもしれ
ません。“自分をもう一人の自分が癒し、もてなすこころ”この感覚を知ってし
まうと、ベッドリネンに、ベッドメイクにはまったと言えるかもしれません。「もう入
れるところがないで~す!」と言いながら、シーズンごとに新しいベッドリネンや
ベッドスプレッドを買ってしまうお客さまがいます。彼女は大学病院の婦長さん
なのですが、「こんなにベッドリネンのことを考えたことは今までなかった」と、ス
トレスを感じて仕事を続けている彼女もやはり、ベッドリネンにのめりこんでしま
った一人です。また実家の病院に勤めるお客さま、彼女は寝具、ベッドリネン
を買いつくした後、「ベッドルームの壁に3本のバーをつけて、レースをかけて天
蓋を作ってちょうだい!」と、ご用命戴きました。私は関門海峡を越えて、その
バーと5色の天女の羽衣レースをかけに行きました。マンションをリフォームし
たその羽衣の寝室はシャンデリアもつけられ、見違えるほどキュートに変身しま
した。冬になったら5色の羽衣は6色となり、とどまるところを知りません。
そしてつい先日、「こんな本読まなきゃよかった」と私の本を読まれた方が、
「目覚めちゃったじゃないの。リフォームするから、天蓋ベッド作って!」「あら、
そうですか、すみません」。リビング横の畳の部屋にベッドを置いていた彼女は
1日でリフォームを決意したそうです。「結婚以来30年、初めて、おふとんを
買い換えたのよ。あなたの本を読んだせいよ、…でも今まで、人さまに見せる
ものばかりにお金を使ってきたけれど、これからは、自分の寝室のために使うこ
とにした」と言われると、やはり、うれしいものです。「今まで、友達が家に来たら
寝室にしっかりとカギをかけていましたが、これからは、カギを開ける日が来る
と思います」という、決意を感じるメール。賃貸マンションのリビングのカーテンに
50万円もかけられた独り暮らしの女性のお客さまは、「なんで、私今まで、あ
んな狭い部屋で寝てたんだろう?いいカーテンつけたのに。広い部屋で寝れ
ばよかった」と。彼女のセミダブルのベッドは、4畳半の部屋から出されてリビン
グの方にもってこられるそうです。「できれば14日に、枕を送ってください。仕
事で疲れている夫を癒したいから」と、チョコレートの変わりにバレンタインデー
に枕を贈ることに決めた方からのメール。私は行ったこともない北海道や沖縄
の方とも寝室を通してお話ができるきっかけができたことが、とてもうれしいので
す。
PLUS1LIVING2007年2月号の私のページでちょっと触れた広告を下にご
紹介します。お恥ずかしながら、16年も前に作った広告です。
「ベッドの中で過ごす30年の人生はシネマ・スターのように」というキャッチは、
当時はまったく受けませんでした。

この美しい写真は、デキャンという今は日本にはないフランスのベッドリネンの
ブランドです。 広い寝室、左右に白いナイトテーブル、その上にはグラスに挿
されたバラ。ブルーでまとめた美しいこの風景は、16年たった今も、寝室で過
ごす時間の幸せさを感じます。
「寝室を整えると、人生観変わりますよ」とずっと言い続けてきた私のささやか
な思いが最近やっと通じるようになってきて、毎日、ちょっとうれしいのです。
リサコラムに関する、ご意見、ご感想はこちらまで。→risaco@madame-watson.com
お名前と、お差し支えなければ、ご住所も書き添えてくださいね。ご返事いたします。
また、来週の金曜日、お会いしましょう。
木村里紗子 |
 |
|