泣きたくなるベッドルーム
「ピンクのベッドルームにして欲しいんです」と言われ、北九州市の小倉という
坂の多い町にそのピンクのベッドルームを作りに行ったのは昨年の9月でした。
“木村さんにお任せしたい”と言われた私は、思い切り泣けるピンクの寝室を作
りました。フリーランスの内装業Uさんと一緒に、ドアを白く塗り替え、ピンクのクロ
スに、クリスタルのシャンデリアをつけ、淡いピンクのオーガンジーレースをふん
だんに使ったカーテンやベッドスカート、ヘップバーンボードに白いナイトテーブ
ル&ランプ、白いアイアンのベッド&ベッドリネン、寝具一式で、私がベッドメイク
をしました。ソファーカバーもピンクで新調。最後は、左右のナイトテーブルの
上にバラの花のアレンジを飾って完成。「さあ、先生を忘れて、ピンクのローブ
を羽織ったら、お好きなドラマでも映画でも、思いっきり浸りきって、ベッドで泣
いてもいいですよ」と。
ご相談を受けた彼女は、本とインテリアが大好きな60代のお一人暮らし。
背が高く、すっと一本筋が通ったような強い意志と冷静な判断力を持つ、でも
とても上品な方。自宅でお茶の先生をなさる彼女の家は、当然純和風です。
「下で食事を作ってもひとりだから、上(2階)に持ってきて、この小さいテーブ
ルで食事をするんです。ドラマや映画を見るものここ。だからここが一番落ち着
けて、一番長くいる場所なんです。だから、寝室を何とかしたいとずっと思って
いまして。何度も行っている訳じゃないんですけど、海外旅行に行って、いい
ホテルに泊まっても、帰ってからのそのギャップが大きくて,,,」と、ピンクのベッド
ルームを作りたい気持ちを言葉少なに語ります。でも私のこころには十分よく
響きました。彼女の家を出て車で帰る道すがら、後部座席の大工さんが、立
て込んだ小倉の町並みを見ながら、ふと漏らしました。「日本の町並みはどこ
に行ってもおんなじよぉ。ちっとも美しくない。」大工さんが言うと説得力があり
ます。「ヨーロッパのような町並みが日本にないのは、文化の違いですよ。」とフ
リーランス内装業のUさん。でもそれより、道をコンクリートで全部固めてしまっ
た、その行政が悪い。政治が悪い。そのうち自然からの逆襲がくるぞ、と。話は
白熱し、政治問題に発展。2時間はあっという間に過ぎ、高速道路の左右に
広がる山や緑の自然風景は徐々にその美しくない町並みに、コンビナートに、
ビルに、大きな電飾の看板に変わり始めます。すると、ついさっきまで、新党で
も結成しそうな勢いだった4人は、現実の美しくない町並みに引き戻され、急
に意気消沈してしまいました。
その日の帰りこんなことがありました。「もしかして帽子、2つ、かぶっていると
か、ですか?」と、クロコの型押しバッグを持ったKが私に聞いたのです。ブラン
ドもののコートに、ブランドのマフラー「そうよ。きのう、かぶって帰るのを忘れた
から。」「わ~もう、やめてくださいよ~」「どうして?」「帽子2つもかぶらないで
すよ、フツー。しかも、ナイロンジャンパーで」「いいじゃない、帽子は頭にかぶ
るものだし、暗いから、誰も見てやしないよ」「家に帰れば、ハリウッドスターの寝
室が待っているから、いいのよ、いいのよ」と私は、斜めがけバッグに、ナイロン
ジャンパーを着て、“ダブルハット”。“ヨーロッパのような整然と美しい町並みな
ら、それなりのおしゃれをしたいと思うけれどね、こんな風景には上等よ!“と
つぶやきながら、家路につきました。でも事実、電車や地下鉄に乗っていて、“
この人、おしゃれね~”と思ったことはあまりないのです。みんなそれなりって
感じです。だから今のところ、自分の寝室で女優気どりで過ごす時や、海外のリ
ゾートのドレスコードのあるようなレストランで食事をするとき以外では、おしゃれ
しようかなとはなかなか思わないのです。
またよく、「あなたの素敵な寝室で見てね。」と韓流ドラマや映画の秘蔵DVD
を持ってきてくださる60代前半のお客さまがいらっいしゃいます。彼女は熱い
韓流ファンで流暢に韓流スターの名前を10人ばかり早口に述べ始められま
す。でも、私には難しい英単語のようにしか聞こえない名前ばかり。「今度のは
泣けるわよ~」「そうですか。でも、この前も、その前も、そのその前も、貸してい
ただいたものはたくさんあって、まだとどこおっているのですが。」「いいのよ。ゆ
っくりで」と、言われるものの、1巻が12時間分。それが10巻はあります。今日
こそ泣いてやろうと、寝る前のオードトワレにつけまくり、シルクのパジャマに、サ
テンやシルクのベッドリネン、涙をふくためのジャガードの白い麻ナプキンも、シ
ャンペングラスも、泣ける小道具はたんと用意しているのですが、あせって早
送りしながら見るものですから、なかなか泣けません。それなのに先日、リサコ
ラムをはじめて読んだという方から、ありがたい感想のメールが届きました。「感
激して、涙があふれてきて、どんどん読むうちに、号泣しました。夜中に大笑い
もしました」と。大笑いはわかるけれど、「いったい、どのあたりで、号泣できるの
でしょうか?」とわたしは思わず聞いてしまいました。
実は最近、“見せたくなるベッドルームの作り方”というタイトルの特集記事を
インテリア雑誌でやりました。このタイトルは、当初、“見せるベッドルームの
作り方”だったのです。すぐに私は反論しました。“見せる”では、まったく趣旨
が違うと。人に見せるために作るのではなく、自分が癒されたり、楽しくなるため
に作るのだから、自分だけがその世界に浸りきれればいいのですと。だから、
“見せたくない”か“見せたくなる”、せめて“見せたい”にしてもらえませんかと。
編集者さんはなかなかうんとは言ってくれません。「木村さんの世界はわかり
ます。でも読者の意識はそこまでには、到達していないのです。だから、ともす
るとそっぽを向かれてしまうかもしれません」と。彼女はたくさんのお家を見てき
て、リビングのようには整っていない寝室の現状を知っているのです。だから、
一気にそのレベルには難しいと。結局、私の意見は通りそうにもなかったので
すが、それが最終的には、“見せたくなるベッドルームの作り方”になったらしく
て、私は胸をなでおろしたのでした。そして、その記事にはかなりの反響が寄せ
られたそうです。だから、「ホラね、よかったでしょOさん、“見せる”にしなくて。
“見せる”と“見せたくなる”では大違いですから。読者は賢い!」と、リベンジを
誓った私は今、ここでそれを果たしました。
なぜなら、このときの舞台裏が私の知らぬ間に記者Oさんにより密かに写真
に撮られ、そしてネット上に流れているからです。でも、このくらいの暴露写真く
らい平気です。なぜなら、私には強い味方の寝室があるからです。美しいロー
ブをはおれば、いつでも泣けます。しかも美しく泣けます。泣いている自分を客
観的に見て、絵になるわ~と思いながら、泣きに浸ることもできます。うれし泣
きも、切ない泣きも、かなし泣きも、どんなシチュエーションの泣きにも対応でき
る、美しい寝室が2つもあるからです。だから、これから先、どんな悲しいことや
つらいことが起ころうとも、ドンと来いって感じです。
美しい寝室は眠るためだけではなく、美しく健康的に泣くためにもあると思うの
です。だからあなたも、先に泣きたくなるベッドルームを作ってしまえば、どん
な嫌なことも、つらく悲しいことも、“来れるものなら、どうぞ、来て頂戴!美しく
泣いてみせます”と、微笑みながら、胸を張れますよ。
p.s.今でも、そのOさんとはとてもいい友人です。ですよね、なおこさん。
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木村里紗子 |
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