ふかふかがたりない




　彼女がやってきました！キュートなＳさんの、「こんにちは、いらっいませ」のＪ

ＡＬスマイルにも、Ｋ君のブランドな笑顔で「こんにちは、Ｍ様」にも、まるで反応

することなく、店長の鈍感力満点、ラ・フランスなほほえみもスルーして、彼女

はやってこられました。私の方に向かって。「ジムにはいてゆく私のパンツ探し

てぇ！」「ジムにはいてゆかれるとおっしゃいますと、ジム、でも、はかれるとい

うことですか？」「当たり前じゃないのよぉ」「はい、当然ですよね」と、私は、ち

ょっと笑いながら、「でしたら、こちらはいかがですか？」「私にはいる？」「ええ

ぴったりだと思います。「じゃ、こっちと、こっちは、どう違うの？」「そうですね、

素材の違いですけど、こちらのほうが、はいたときのラインが綺麗ですよ。ストレ

ッチも効いていますし、．．」「あっそ、じゃ、これ頂戴！」私はまるで冷静な笑

顔で、彼女のために選らんだパンツをレジに持ってゆきます。「はいるかな～サ

イズ、どうかな～」心の中に、不安という風船のようなものがどんどん膨らんで

いって、「もしかして、入らなかったらどうしよう」という思いのまま、でも、私は腹

をくくりました。彼女に商品を販売するのはとても難しいのです。　　　　　　　


　「洗濯したら、ほころびたわよ」「おたくはそんな物を売っているの？」その彼

女から２年前、お電話でクレームを頂きました。わたしたちはできる限りのことを

しようと、代品をもって、お詫びの品と一緒にご自宅に持参しました。店長は電

話で長い時間、陳謝の言葉を述べ、何とか彼女の心を解きほぐそうと必死

です。担当のスタッフＳ君は、その後、礼状を出しました。すると、その礼状の

文章の書き方が悪くて、又お叱りの電話を頂きました。店長はまた、電話で陳

謝を続けます。そういうことが何度かあり、私たちは、そのお客さまにどう接

したらよいか、途方にくれました。いまさら、彼女の心を解きほぐすのは、不可

能のように私たちには思えました。 そして彼女の先ほどの出来事です。私を

目指してやってこられたからには、なんとしてでも今度は、彼女に気持ちよく買

って、使って頂かなくてはなりません。でも自信があったわけではありません。

彼女とは、ほとんどお話ししたこともなく、翌日が不安で仕方がありませんでし

た。「昨日お見えになられた、M様が、木村さんがおすすめしてくれたパンツが

とてもよかったとおっしゃって、木村さんに伝えて欲しい」と。私は、ほっと胸を

なでおろしました。しかし、ほっとしたのもつかの間、彼女から羽毛ふとんやベッ

ドパッドのお問い合わせがきました。もちろん細心の注意を払って丁寧にご説

明しました。そして、又その翌日、ベッドパッドを買いに来られました。私もほか

のスタッフも、彼女がベッドパッドのような販売するのが難しい物をいとも簡単に

買っていかれたことにびっくりしたのです。それ以来、彼女の表情が、にこやか

に明るく変りました。でもまだ信じられない気持ちです。それから彼女は毎週の

ように来店されては、家族用のベッドや寝具、ベッドリネンをそろえてゆかれま

した。パジャマ、バス用品、フレグランスと癒しグッズもどんどん買い揃えられま

す。そして、私たちは、いつの間にか彼女ととても仲良しになってしまったので

す。彼女は３０年前、今の家に嫁いできたときから、義理のお母さんが用意し

てくれていたおふとんを使っていたこと、そしてその家で子供を生み育て、今ま

で暮らしてきたことを知りました。彼女がこんなに心優しく、穏やかな方だとは、

今まで知ることもなく、私たちは彼女を怖がっていました。彼女は、私にこう言

われました。「今まで、人様に見せるものばかり、気を遣ってきたけど、今度は

自分自身のためにお金を使わなきゃね」と、彼女と私たちの関係が、こんなに

優しくなったのは、きっと一枚のふかふかのベッドパッドが間を取り持ってくれた

おかげだと思いました。


　ショップに初めてお問い合わせの電話をされる方は、非常に丁重に、そして

とても、遠慮気味です。「あの、今、よろしいいでしょうか？ちょっとお伺いさせて

いただきたいのですが、」と。私は、その丁重さは、弊害だと思います。あまりに

無愛想な対応になれた弊害だと。初めて何かの問い合わせをするとき、やはり

人は、ちょっと緊張します。どんな人が出るかわからないし、「はぁ～？」なん

て、不機嫌な対応をされたら、嫌だし、そう思ってへりくだった言い方をするの

だと思います。先日、飛行機の予約をした時最後に追加で、質問をしました。

「あっ、ちょっお尋ねしたいんですが、インターネットで、パスワード、入力した

のに、自宅にそのパスワードが送られてこないんですけど何かの間違いでしょう

か？」そのとたん、今まで、流暢にしゃべっていたオペレーターは「はぁ～？」。

ああぁ、いわなきゃよかった、と私はすぐに後悔しました。でも、手のひらを返し

たようなそんな対応は、よくあることです。そんなとき、私は電話のオペレータ

ーの彼女は、きっと、ふかふかのベッドでは寝ていないんだな、と思うようにして

それを許すことにしています。きっとふかふかのバローブやタオルにくるまれて

その日一日を幸せに終えていないんだと。マラソンランナーがゴールするとき、

２、３人の人たちが、大きなタオルで選手を包むように背後から抱きかかえま

す。そのとたん、選手は、がっくりと、タオルの中に倒れこんで、全身の力が抜

け、立つこともままならなくなります。さっきまでの競技者の顔から、依存心１０

０％の子供か病人のように一変する、いとおしくなる姿です。


　ふかふかのタオルは癒しの象徴だと思います。無力になってそのタオルに身

をゆだねるとき、人は、自分の弱みを見せることができます。ふかふかの清潔

なベッドに身を横たえるとき、人は無防備になります。幸せなその感覚だけを

残して、すべてを忘れ去ることもできます。そうして、ハードな、愉快とはいえな

い１日の収支を合わられるのだと私は思っています。その収支が合わせられな

い状態をストレス状態だというのだというのではないかと、私の意見です。　　　　


　ベッドパッドのふかふかが、彼女に私たちの失敗を許し、私たちに心を開いて

くれるきっかけを作ってくれたことに、私は感謝しました。実は、お客さまにお渡

しするマダム・ワトソンの封筒には、一行このように印刷されています。「キレイ、

キラキラ、さらさら、つるつる、ふんわり、さっくり、ゆったり、のんびり、ｍｍｍ、い

い香り．新しいマダム・ワトソンにあるものすべて」もう６年前に、私が作ったフレ

ーズです。人が無防備になって、心のとげを落とし、心地よさを、癒しを感じる

瞬間は、言葉の力だけでも、環境の力だけでもなく、ふかふかのような擬態語

でしか表せない、原始からの人が持つここちよい感覚を感じたときだと思うので

す。そのふかふかのような感覚がたりない状態が続くと、人は、トゲトゲがとれ

ないままになるんではないかと。だから、あなたのまわりにトゲトゲがずっと取れ

ないままの人がいたら、ふかふかの物をたっぷりあげてみてください。きっとそ

のトゲトゲは、ちょと取れて、いい関係が始まるはずですから。　　　　　　　　　

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木村里紗子