|
クルーゾー探偵の冒険2.
夜明けのキャンドル
「ようこそ、わが、クルーゾー探偵事務所に再びお越し下さいました。
おっと、自己紹介が遅れましたね。わたくしの名は、”クルーゾー”と
申しまして、職業は探偵でございます。生まれは福岡、博多で、曽祖父
の姉のいとこのおじの家のお隣さんは、フランス人であったそうでございま
すので、わたくしにも少しは、フランス人の精神が流れておるようでござい
ます。しかしながら、目指すは、結末に芝居がかった演出を好む、”灰色
の脳細胞”が売りのポアロ氏ではなく、冷静沈着、鉄のようなの不屈の精
神力を持つ、イギリス紳士、シャーロック・ホームズ先生こそが、”和菓子”
失礼、”わが師”、と仰ぐものでございます。

しかし、本日クルーゾー探偵事務所に再びお越しあそばしたのは、
なんと、あなたさまお一人とは!!わたくしと同行なさるのが、よほど
怖いと思われてなのか、もしやわたくしが2代目シャーロック・ホームズに
ふさわしくないとでも思われたのでしょうか?不本意ながら、本日、わたく
し探偵クルーゾーと同行して下さったのは、ただお一人、あなたさまだけ
でございまして、しかして言い換えれば、あなたさまは、”選ばれし賓客”
とでも申しましょうか。あなたさまは、幸運を射止める才能を持ったお方で
ございます。

なぜならば、あなたさまは、謎の女の正体を暴く為に、かの女の寝室に
潜入し、その秘密をこっそり見ることが出来るのでございますから。ゆえに
ピンクパンサーの間抜けな警部と偶然にも同じ命名を頂戴いたしました、
わたくし、クルーゾーの威信にかけましても、これからの心躍る展開をじっ
くりとご覧いただこうではございませんか!

わたくしの長年の顧客の”I教授”は、ある日、わたくしに「『裏』について
考察せよ」とお申し付けなさったのでございます。「裏」といえば、わたくし
探偵に付きまとう言葉でございます。「裏工作」「裏帳簿」「裏切り」「裏口」
「裏表のある人間」などなど、裏と付くだけで、暗い、芳しくないイメージが付
加されるようでございます。

しかし、”I教授”は、「寝室も、世間的には、いわば裏の部分よね」とわたくし
に申されました。なるほど、昼は居間、夜は寝室に変るという、日本の住環
境における寝室の歴史から考えるに、元来、寝室という場所は、家の中で
確固たる地位を占めていなかったのでございましょう。日の当る明るい場所
が居間の「表」なら、夜にだけ登場する寝室は、「裏」となりますでしょうか。

おや、女の寝室にも明るい朝日が入ってまいったようでございますね。
さよう、歴史的に見ても、居間の裏が、寝室だったために、寝室という
場所を確保した現在に至っても、やはり、あまり日の当らない場所に、
つまりは、狭く、暗い場所に置かれていることが多いようでございます。
しかし、この女は、東南東に窓のある寝室にて、このように朝の光を楽し
んでおるようにわたくしには見受けられるのでございますが。

わたくしクルーゾーの黒手帳によれば、この女の趣味は、自分の寝室を、
ある小説の中の情景に似せて、インテリアを様々に模様替えし、時には、
かくのごとき、フランス人女性デコレーターになりきって、フランス文学を読
んだり、

またある時は、わが偉大なる師、シャーロック・ホームズ先生の部屋を模
したインテリアに変えて、師の偉業を物語に仕立てたDVDを、自宅ベッド
にて観ることを道楽としておるようでございます。わが師の部屋を真似す
るなんぞ、なんという大胆不敵!やはり敵は、狡猾でございます。

しかし、ずっと観察しておりまするに、女は、枕を自在に操り、いろんな
姿勢で愉快そうに本を読むようでございますね。わたくしも少々、
眠くなってまいりました。ふぁ~

おっと、静かに!!わたくしのあくびの「ふぁ~」に気づいたので
ございましょうか?あなたさまも、じっと、息を潜めてくださいまし。

はい、すんでのところで、気づかれずに済みなしたようで,,,,,,,
実は先ほどから、わたくしの観察は、女の腕の下にある、赤いストライプの
クッションに注がれているのをご存知でしたでしょうか?わたしの黒手帳の
注釈によりますと、女はブレックファストピローというものを愛用する癖があ
るようでございます。しかし、その枕は、頭の下に置くものではなさそうでご
ざいます。ブレックファストピローとは、その名のとおり、朝食用枕でござい
ます。本来は、メイドや執事が銀のトレイに載せて持ってくる朝のお茶を、
ベッドで優雅にいただくために使う枕とあります。

おやおや、ソファのサイドテーブルにご注目!火が灯りましたね。女がそろ
そろ、朝のお茶の準備をしようかと、さよう、わたくしの黒手帳には、女は、
朝からキャンドルに火を灯すとございます。わたくし、クルーゾーが考えま
するに、このような、朝日がさんさんと降り注ぐ明るい寝室で、女が
ナイトテーブルのランプはおろか、キャンドルにまで灯りをつけますには、
何か深~いわけがあるに違いございません。
う~ん、ここでシャーロック・ホームズ大先生なら、一体どんな推理を
なさるのでございましょうか?わたくしなりに、推理してみましょう.
推理その1.キャンドルに細工が施され、数分後に爆発する。
しかし、それでは、女は自暴自棄になっておらねばなリません。
う~ん、おっと、女が起き上がって、ローブを着はじめましたよ。
その2.女は、エコの為、お茶をキャンドルで沸かす。う~ん、これまた、
違いそうです。女は枕によだれをたれるのが趣味でございますのに、
そんな高尚なことをなすわけがございません。
その3.女は、シャーロック・ホームズ大先生を真似てパイプに火をつけ、
これから、朝食と共に、パイプをくゆらす??

探偵クルーゾーとしたことが、本日は眠くなって、いい推理がなかなか
できないようで、ございます。しかるに、シャーロック・ホームズ大先生曰く
「あらゆる可能性が否定されたとき、たとえ、それがどんなにありえないよ
うなことであっても、常にそれが真実である」師のこの言葉をわたくしは、
ついぞ忘れたことがございません。さよう、女は、過分なる光をば寝室に
持ち込んで、「裏」である寝室風景を、明るく照らし出そうとしておるので
はございませんでしょうか?あらゆる可能性が否定された後で、そう、
忽然と浮かび上がる真実、これこそ、女のメッセージに違いありません!

『寝室にもっと、光を!』
ご明察!
それではまた、来週金曜、わたくし、クルーゾー探偵とご一緒に、
楽しき冒険の旅に出ようではございませぬか!同じお時間に、
あなた様をこの貴賓席にてお待ち申し上げております」

リサコラムに関する、ご意見、ご感想はこちらまで。
mmm@madame-watson.com
|