クルーゾー探偵の冒険３．　

最後の事件




　　　「”あの女”。わが師、シャーロック・ホームズ先生がそう呼ぶ、

　　　ある女性のポートレイトが、実は、師の机の引き出しには、こっそりと

　　　入っておるのでございます。あなたさまはご存知かどうか........

　　　実は、シャーロック・ホームズ氏は、女嫌いで、女性を信用することも、

　　　ましてや、女性に対して恋愛感情などを抱くことなど、皆無でございます。

　　　その氏が、なぜに、”あの女”とだけ呼び、その写真を隠し持っておるかと

　　　申しますと、これには、深～いわけがございます。



　　　　　　　　　　　　



　　　　それは、過去にたった１度だけ、女性で失敗した事件がございました。

　　　　それが、ボヘミアの王子より依頼された事件でございました。婚礼を

　　　　控えた王子は、過去に交際をしていたオペラ歌手と一緒に写った写真を

　　　　奪い取って欲しいとの依頼がございました。彼女はこの機に乗じて脅迫

　　　　してくるに違いないと。時は、１８８９年ごろ、これが、かの有名なる事件

　　　　”ボヘミアの醜聞”と申します。

　　　　失敗に終わった相手の女とは、その名を、”アイリーン・アドラー”と申し

　　　　ました。ロシアでは、オペラのプリマドンナも務めた、有名なオペラ歌手で

　　　　しかも、たいそう美しい女でございました。



　　　　　　　　　　　　



　　　　それ以後、”あの女”、つまり、”アイリーン・アドラー”は、シャーロック・

　　　　ホームズ氏の中で、全女性を代表するがごとく、常に、”あの女”とだけ

　　　　申されるようになりました。



　　　　　　　　　　　　　



　　　　早朝、アイリーンの家を訪問したものの、あるじはヨーロッパに旅立ち、

　　　　屋敷はもぬけのから。ホームズ氏たちは、彼女の部屋に残された、

　　　　王子とホームズ氏に宛てた手紙、取り戻そうとした写真とは別の、

　　　　アイリーン一人で写った先のポートレイトを見つけるのでございます。

　　　　それ以来、恐れ多くも天才を出し抜いた女の写真を、ホームズ氏は

　　　　大事に引き出しにしまうことに相成ったのでございます.

　　　おっと、”あの女”、アイリーン・アドラーの話に熱中し、わたくしは、目下、

　　　肝心の謎の女を監視することを忘れておりました。謎の女は、そう、

　　　先ほどまで、枕を無二の親友のごとく、操りながら、本を読んでいたかと

　　　思えば、ローブを羽織って、今度は給仕人になったようでございます。

　　　　　しかるに、わが黒手帳の注釈によりますと、かの女は、アイリーン・

　　　　アドラーのモデル探しを長年の研究とし、とうとう、自分をモデルと見誤り、

　　　　こともあろうになんと、メールアドレスにその名を使用しておると書かれて

　　　　おります。何と、ずうずうしい女でございましょう！ｌ



　　　　　　　



　　　　それでは、わたくし、クルーゾーもアイリーン・アドラーもどきの、かの女が

　　　　給仕いたしましたる、朝のお茶とサンドイッチをじっと、観察しようでは

　　　　ございませんか。

　　　　熱いカフェ・オ・レと、サンドイッチ....、ここでわたくしの黒手帳をと、....

　　　　なんと、女は”ラ・フランス＆チーズのサンドイッチ”を好むとあります。

　　　　大きなラ・フランスを削ぎ切りにし、伸びの良いマイルドな、マリボーという

　　　　チーズを好み、これをソフトタイプのフランスパンに挟んで、トースターで

　　　　軽く焼く。なるほど、おししそうではございます。



　　　　　　　　



　　　　あたためた牛乳にたっぷりのコーヒーを女は注ぐようでございます。

　　　　なるほど、カフェ・オ・レでございます。然るに、わたくしクルゾーは、

　　　　師の教えに忠実に、探偵芸術を極めんとするものでございます。

　　　　”数多くの事実の中から、偶然と必然を見分け、判断しえる能力”

　　　　これこそが、探偵芸術における重要な点でございます。

　　　　つまり、あなたさまもよ～くご存知の、女の描くイラストにはなぜか必ず、

　　　　登場する緑色のキャラクターがございます。



　　　　　　　



　　　　その緑色の人間とも、洋ナシとも付かない人物を、通称”ラ・フランス君”

　　　　と呼んでおるようでございます。単なる女の描くイラスト上のキャラクター

　　　　でございましたが、人気が出てしまい、とうとう、なくてはならない存在に

　　　　化してしまったようでございます。そのため、時として主人公を凌駕し

　　　　続け、そのため、女の恨みが募ったとわたくしクルーゾーはにらんでおる

　　　　のでございます。



　　　　　　　　　　



　　　　このサンドイッチは、まさにそのスライスでございます。これは、間違い

　　　　なく、ラ・フランス君に向けての挑戦状に違いございません！おっと、

　　　　女が今、ナプキンを広げました。わたくしども探偵の業界では、これこそ

　　　　スパイの小道具として、古来より使われたしろものでございます。これに

　　　　口紅で文字を書くという古臭い手段に出るのでございましょうか？



　　　　　　　　　



　　　　しかし、この女は、「いつか、ラ・フランス君をスライスかシャーベットに

　　　　してやる！」と殺気立って、周りのものに漏らしておるとの情報を入手

　　　　いたしております。つまり、産みの親の作家コナン・ドイルは、人気が出て、

　　　　一人歩きしたシャーロック・ホームズ氏を殺そうともくろんだことと同じで

　　　　ございますね。あなたさまは、作者ドイル氏が一度、探偵ホームズ氏を

　　　　殺したのをご存知でしょうか？



　　　　　　　　　　　　　



　　　　コナン・ドイル氏は、医院を開業したものの、ちっとも患者がやってこない

　　　　ため、暇をもてあまして、シャーロック・ホームズの物語をストランド・

　　　　マガジン誌に連載したところが、大人気を博し、今度は反対にホームズ

　　　　シリーズをやめられなくなってしまったそうでございます。

　　　　そのため、産みの親である作者、ドイル氏は、世界初の天才的探偵

　　　　ホームズがうっとうしくなり、とうとう、宿敵モリアーティ教授と共に、

　　　　スイスの山の中の滝つぼに落として殺してしまうという、ストーリーで

　　　　ホームズシリーズに終止符を打とうとしたのでございます。

　　　　これが有名な『最後の事件』でございます。


　　　　　　　　　



　　　　哀れに思ったロンドン中のシャーロック・ホームズファンは、実際に

　　　　喪章をつけてロンドンの街を歩いたとあります。殺人者呼ばわりをされ、

　　　　困り果てたコナン・ドイル氏は、苦肉の策で、なんとか、滝つぼから

　　　　生還させ、『シャーロック･ホームズの帰還』として、事件簿の第２幕を

　　　　開けたのでございます。しかし、何食わぬ顔で、女は、朝のお茶と

　　　　共に朝食を楽しんでおるようでございます。


　　　　
　　　しかし、不気味なねじったカーテンはきっと”死”のメッセージに

　　　ほかなりません！



　　　　　　　



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『インテリアよ、クルーゾーさん、』





　　　　　　　　　



　　　なるほど、すっかり、アイリーン・アドラーきどりの女にやられてしまった

　　　ようで、きっと、氏ならこんな時、私にこう言うことでしょう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「初歩だよ、クルーゾー君」






　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　




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