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リサコラム
連載178回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第4回

俊春
-さくら咲く


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

 「どうして、私なんかを?」

      「あなたのズボンの色が私のバッグの色と

                      おんなじだったからよ」
  
 
      
  





俊春-さくら咲く




「お疲れのご様子ですね」「いえいえ、それより、ほんとうにい

いんでしょうか?わたしのような
ほんとうに、すみません。ずうず

うしくて
」女は俊春の問いかけにクスリ、クスリと、無言のまま笑

みを返すだけで、車は山道をずんずん登って行きます。




           



 山は天気が変わりやすいものです。先ほどまで早春の、ほの暖かな

陽が緑の野原を照らしておりましたが、車が進むにつれ、みるみる妖

気漂う小雨まじりの霧の中に吸い込まれてゆくようでした。道がカー

ブにさしかかる手前、少し晴れ間も見え始めたところで、俊春がふぅ

と小さく息を吐いた音を耳にしたのか、やっと女は口を開きました。

「お礼を申し上げるのはこちらのほうです。きっと無理やり連れてゆ

かれるみたいで、ご心配なんでしょう」「いえ、そんなことは、見ず

知らずの方のお宅にご招待されるなんて、めったにないことで、ほん

とにいいのかなと、思ったもので
」俊春はそう言ったものの、あの

道端の草むらで拾い上げたケイタイを打ち捨てて、立ち去ろうとした

自分を少々恥じもしました。しかし、この際(きわ)においては一縷

の望み。なんとしてでもこの車の行く先にしがみつくしかない自分を

もまた強く恥じました。もしも、もしも、そのケイタイの持ち主の懇

願を無視して立ち去っていたようなものなら、どんなにか後悔してい

たことでしょう。今ごろ川に身投げでもしていたかも知れない、いや

ぁ、そんな勇気が自分にはあろうはずもない。なりふりかまわず、誰

かに助けを求めていたに違いない。俊春はここまで考えて、自分の今

の本心を見透かされはしないかと、ぶるぶる恐れました。しかし、な

るべく平静を装ったまま、身ぶるいを押し隠し、お礼を言おうと思い

ました。




             



 「ほんとうに、ありがとうございます。ずいぶん歩いてきて、実は

くたくただったんです」「そうですか、それはお互いにいい出会いを

したということですね。私、桜井咲子と申します」女は名乗ると、肩

に届く軽くカールした髪をさらり、揺らして、俊春のほうに向きなお

り、右手を差し出しました。俊春は、ちょっとまごつきながら、右の

手の平を2、3回ズボンの脇で拭くようなしぐさをした後に、「筒井

俊春です。はじめまして、こちらこそ、どうぞよろしく、桜井さん」

咲子はいきなり、水滴がすべり易い面を転げるようにころころと声を

出して笑いながら、「そう、そんなにかしこまらなくっても。咲子さ

んでいいんですよ」と言いました。咲子はなおも笑い続けておりまし

た。




                    



 「変な名前でしょう。桜井咲子なんて」「そうでしょうか?いい

お名前だと思いますけど」「俊春さんはまじめな方ですね。私の父親

は不真面目な人でね。3月に生まれたから“桜咲く”で“さくらい

さきこ”なんですよ。無事合格して“サクラサク“人生を歩ませた

いと思ったのでしょうか。名乗ったとたん、誰もが、ああ、きっとね

って、ピンとくるような名前でしょ」「お父さんは面白い方なんでし

ょうね。桜井さんもですけど」「どう、面白いんです?」「どうって

こんな山道でケイタイを落とすなんて、そして、拾った私を自宅に招

待するなんて、気まぐれじゃぁ、ありませんか?」言い終わると沈黙

が続きました。あたりはさらに霧が濃くなって、静かな山道は妖怪さ

え出そうな気迫で迫ります。




                



 「絵をね、描くのが好きなんです。それと本を読むこと。寝る事と

食べることと同じくらい、好きなんですよ。この別荘に来ると、いつ

も山の中にスケッチしに行ったり、夕暮れまで、草むらで本を読んだ

りするんです。だから、ついケイタイを置き忘れたり、よくやるんで

すよぉ。ほんと、助かりました。ほんとうにありがとう、俊春さん。

でもね、さっき、私が気まぐれだとおっしゃたでしょ。私、思うんで

すけど、人間なんて、好きか嫌いかで物事を決めているようなものじ

ゃありませんか?それに運、不運がときどき順繰りにめぐってくる、

そんなものでこの世の中は回っているんじゃないかって。人は機械じ

ゃないから、そんなにすべて計算づくで、行動できるものじゃないで

しょ。もしも、すべて計算づくで、計画的に人々が動くとしたら、ど

んな世の中になるか想像つきますか?」「なるほど、そんなものでし

ょうか」「たとえば、あなたはどうして歩いておいでだったんです?

あんな山の田舎道を?」俊春はいよいよ自分のことを白状する番が

やってきたと覚悟しました。そうするしか、頼る人も、今日寝るベッ

ドも、さらに晩ご飯すら食べることができなかったからです。




            



 「実は、白状いたしますと、私は人生にあいそがついて、いっその

こと、山の中で死のうと思っていたのです。昔はこれでも裕福に暮ら

していた時代もあったのですが、今では仕事も失い、同時に友人も去

り、頼る人すらいないような、ほんと、お恥ずかしい限りなのですが

偶然にも私を拾ってくださった、咲子さんのお情けに頼るしか、今は

どうすることもできないところだったんです」俊春は言い終わると、

小さなため息をつきました。いちかばちかにかけて本心を吐露した俊

春は、まな板の上のコイの心境が今、やっとわかりかけました。「そ

れじゃ、私は救いの神ってところね。意地悪な神様にならなくてよか

ったわ。俊春さん、安心なさって。あなたはきっといい方でしょう。

人間には波があるものでしょ。今がどん底なら、それ以下はないわけ

で、あとは上がる一方よ」俊春は「ありがとうございます」と言おう

としたが、感極まったのか、胸の中の思いが大きすぎて、のどを通過

しきれず、声にとなっては外に出てきませんでした。




                 



  俊春と咲子はもう小1時間ばかりも揺られたでしょうか、ようやく

車は速度を緩めました。「さあ、もう、すぐよ」咲子の声に俊春はや

っと顔を上げて外の景色を見ることができました。静かな山の中でエ

ンジン音が停まると、すぐに運転手が回りこんで、俊春の側のドアを

開けに来ました。人影のない道に降り立つと、咲子は「さて、これか

らはしばらく徒歩よ。ちょっとした散歩道と思えばあっと言う間だか

ら」先には、丸太の階段がだんだんに下っておりました。「これを下

り切ったら、長いトンネルがあるのよ。でも、もう間もなくだわ」五

里霧中とは20キロ先まで霧の中のごとくという意味でしょうが、2

時間の長い道のりを走り切り、ゴールのトラックを目前にしたマラソ

ンランナーのこころ持ちになっていました。山の別荘地は、ざわざわ

としきりに揺れる木々の間に、梅の花を咲かせおりました。



      



 「さくら咲く、さくら咲く
..」俊春はうすら寒さに歓喜しながら、

じっとこころのなかでつぶやいておりました。





                  







 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズは、先週から”俊春”が始まりました。

来週以降もしばらく続きます。さあ、フィクションの限りない想像の旅へ

ご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子










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