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リサコラム
連載410回
      本日のオードブル

時はやさしく、時につめたく

時をめぐる
約14のストーリー


第10話

「見出された時」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)は
2013年12月で7刷)
Kindle版は2013年12月発行。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。外国語を学ぶこと。
そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、他たくさん。


3部屋をつなげた田舎のリゾートホテルは
湖と森を最高の背景にして、
すがすがしいことこの上なし。

白いシルクのドレスにあしらわれた
ダークグレーの葉の刺繍は、
ベッドスカート、ベッドスプレッド、リラクシングピロー
そしてヘッドボードカバーに至るまで
コーディネートされています。

梁も珪藻土の壁も白い木の床も
主役を引き立てるには絶好の舞台です。

そして、
ドレスのウエストを巻いているのは
ごつい黒の革ベルトです。
クラシカル、モダン、そしてナチュラル、
どの型にはまらない自由さは
気持ちの解放感ですね。

 
      
  





      


第10話

「見出された時」


 「1、2..」私は電話口で数えた。

 3回目の呼び出し音の手前で「大変お待たせいたしました」という女性

の声が聞こえた。“あ~女性が出たか~”私はさらにトーンダウンした。


             


 しかし、落ち着いて頭の中で繰り返し練習した話をきちんとする覚悟は

あった。しかし私の口から出て来た言葉は、「あの、キャンセルしたいん

ですけど」だった。なんて不甲斐ないことか!


 相手は落ち着いていた。「お客さまは何をキャンセルなさるご予定です

か?」“はぁ~ん、そんなの、わかるだろう。男が電話でキャンセルって

言ってるんだからさ~”私は不安感を隠すための苛立ちの口調をぎりぎり

のところで抑えると、冷静な風を装った。


             


 「エンゲージリングですよ」私は続けてフルネームを言うと、相手はフ

ラットな感情のない声で「少しお待ちいただけますでしょうか?」と電話

を保留にした。


 静かな波の音が聞こえてくる。時にざぶーんと波の割れる音をアクセン

トに加えながら、鳥のささやきも耳に快く響く。これが幸せな時ならきっ

といい気分になれることだろうけれど。でも、この音はハワイか、あるい

はモルディブか、セイシェル?忌々しいコート・ダ・ジュールとか?もし

もこのエンゲージリングを受け取りにゆくことになっていれば、この夏休

みは白い大理石のホテルのロビーをこんな音を聞きながら歩いていたはず

だった。


            


 そのホテルウェディングの段取りをつけるために徹夜仕事もやったが、
いろんなことを白紙に戻すのは紙に書き込むと同じくらい簡単ではなかっ

た。


 コート・ダ・ジュールで式を挙げるのが一生の夢だという、私にはとて

も身分不相応な彼女の希望を叶えるために、私の1年分の給料をほんの1

日で使ってしまうような人間たちのいる場所に2泊3日するだけのために

私は不休不眠で働いた。払った膨大なエネルギーもすべてが無駄ではなか

ったことはまだ幸いではあったけれど。


 今となるともう聞きたくもない“コート・ダ・ジュール”へは、成田か

らシャルル・ド・ゴール空港まで飛んでパリに一泊、翌日さらにオルリー

空港に移動し、コート・ダ・ジュールに向かうほぼ2日半の道程だった。

彼女は 「“Hotel Du Cap Eden Roc”のヴィラで、」と言いなれた風の流

暢な言語でその難しい名前のホテルをさらりとつぶやいた。まるでタブレ

ット端末のページを軽いタッチでめくる動作にぴったりの面もちで、髪の

毛一本動かすことなく、顔半分だけを私の方に向けながら。私は波間にそ

の彼女の顔を苦々しく思い出していた。


            


 「ホテルデキャブ...?」その時はとても一度では覚えられそうにない

単語の羅列をスムーズに発音する彼女に好感は覚えても不信感を覚えるこ

とはつゆ知らず、さらに、この世に”デキャブなんとかのエデンの園”の

ような金のかかる場所があるとはもとより知らず、簡単に「いいよ」と答

えてしまった。「手配は私が全部やるから、挙式まで仕事を頑張って」と

言った彼女の言葉をその時はこれ幸いと手配の不得意な私は彼女に全部を

任せてしまった。


            


 楽園の花を描いた生地でコーディネートされた完璧なヨーロピアンスタ

イルのハイソな美しいホテルでは、毎年の夏、同じゲストが集い、「こん

にちは」とあいさつをするという。そこは宿泊するのではなく、“自分の

夏の部屋に帰る”というハイソなゲストを垣間見ながら、束の間、平民が

セレブリティのふりをするのも確かに悪くはないのかもしれない。しかし

その3日後には、私はまた息苦しくもある作業場に引き戻され、はぎれか

ら出る糸くずを吸いこみながら、ミシン油の匂いの中で格闘する日々に引

き戻されることになる現実が待っている。そんなデカダンに私は価値を見

出さなかっただけだ。その価値基準のずれが彼女と私の間にあったという

だけのことだ。


            


 波音に揺られながら、クールで塩気を帯びた風に吹かれ、バルコニーで

シャンパンを飲むくらいなら、国内のあちこちのきれいな海のある場所で

もいいじゃないか、膨大なエネルギーとコストと時間をかけてコート・ダ

・ジュールまで行くことはないと思った。だから彼女の持って来たウエデ

ィングプランの額に唖然とし、破談を申し出たのは私のほうだった。それ

でもこの間違った結婚を水際で防げたのは不幸中の幸いと言えるのかもし

れない。


            


 電話の耳元で流れる波音はもう一度私に思い直させようとするつもりな

のか、一秒ごとに焦る私の気持にはお構いなしの穏やかさで優雅なリフレ

インは平然と続く。どこまで待たせるつもりなのだろうか。覚悟を決めた

私の確信はだんだんとケイタイを握る汗に変わっていた。


 「大変お待たせいたしました。先日からありがとうございます」私を担

当した女性に電話はつながれたようだった。私はもうありがたくも何もな

かったけれど、「いえ、この度はどうも」と間抜けな言葉を吐いた。「実

は、すでにサイズのお直しも済んでおりして、本来ならキャンセルはでき

ないのですが、今回はお直し代以外の全額を返金させて頂きます。その上

で『見出された時』というプログラムにご参加なされば、3年以内にわた

くし共の商品をご購入の際には通常価格の20%offでご提供させていた

だけます。いかがなさいますか?」「はっ?『見出された時』ですか?」

「ええ、今お決めになられなくても結構です。ご来店の際にご返金を致し

ますので、その時にまたご検討いただければ結構でございます」きっと私

のような空気の抜けた風船のような男がこんな間抜けな電話をたくさんか

けてくるのだろう。私は溜息に交じりに「ええ。そうします」とだけ答え

た。


            


 それから3年の後、私は『見出された時』プログラムを使って結婚指輪

を2つ買った。そして今日、今年の私の新作ドレスの発表会に合わせてこ

れから挙式を行うところまでこぎつけた。


 ここは波の音の聞こえる築40年の家をリゾートホテル風にリフォーム

した彼女の田舎の実家。私はここを私のホテル・デュ・キャップ・エデン

・ロックと心密かに名付けた。彼女には秘密ではあるけれど。


           


 実は、彼女が『見出された時』プログラムを電話口で言った時は、まだ

そんなプログラムなどなかったことも後でうすうす感じてはいた。私が返

金に来る前に急いでプランを立ち上げて稟議を通したことくらい、彼女の

これまでの言動を見ればわかる。


  


 そんな彼女は、婚約指輪は要らないから私のドレスの発表会を同時に挙

式会場にしようと言い出した。そして私のこれまでの最高傑作と自負する

淡くグレーを帯びた白いシルクタフタのドレスを着てこれから彼女は登場

する。今日の彼女は、しかし、とても美しいはずだ。


  


 そして私は今日ようやく悟った。「自分にプラスになる策略を瞬時に考

えつく生き物」これが女性だと。

  


   *上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。

  
   * 「リサコラムの部屋」は10(最後に0)の付く日の連載です。
      時々変更させて頂きます場合はNEWS欄でご案内致します。

P.S.
 実はこのドレス、ヴァレンティノ氏の新作発表されたばかりのドレスを新聞で見ながら描きました。
 ショーの舞台はロスチャイルド家の元邸宅だったそうです。
 ラファエル前派の絵画に着想を得たコレクションだということ。
 常に思うこと、ファッションはインテリアのお手本。
 物語はすべてフィクションです。


  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて19,44円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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