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リサコラム
連載475回
      本日のオードブル

私が目覚める場所

第3話

「ホテル・月夜の浜辺

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。


月夜の
浜辺も好きです。
とてもロマンチックですから。
その前のドラマチックな夕暮れのひと時も
好きです。それをバラの花びらのバスタブから
じっくり眺めるのも好きです。でもほんとうは美しい部屋の
ゴージャスなほどたっぷりフリルのピロケースをたくさん
置いたベッドに横になって、その余韻に浸りながら考える
時間がさらに好きです。普段考えもしないことを考えついて
想像を絶するようなアイデアが浮かぶからです。
もし嘘だと思うならそんなことをぜひいちど
やってみたらいかがどうでしょう?
わたしはいつもそうして
アイデアを生み出して
いるものですか
らね。


 
      
  





      

第3話 「ホテル・月夜の浜辺」


「お花をお届けに上がりました。お父さまからのお誕生日プレゼントです」声の方

を振り向こうとすると、彼女は「ああ、どうかそのままで。テーブルに置いて置きま

すから」と、カタリとも音をたてずに花瓶を置くと立ち去った。私は父からこんな花

のプレゼントをもらったことは初めだったので、父もずいぶんセンスアップしたもの

だと思うと笑ってしまった。


             


 熟成途中のワインのような新鮮なバラの香りを嗅ぎながら、夕暮のゴールデンタイ

ムを心待ちにして、私はバラの花びらいっぱいのお風呂で幸せに浸っていた。


             


 今日の空は澄んだ青から始まり、一時、雲に覆われ、にわか雨を降らせ、しかし、

日没前にはその雲もすっきりどこかへ吹き飛ばし、高貴な郷愁を色に映した紫色にう

つろい始めた。そして周囲の山々にまでラベンダーパープルのベールをかけて、やが

て太陽は赤く大きく熟れたすもも色に変わった。それは同時に周りに大いなる陰影を

も作り出し、そして熟れたすもも色が海の底に退くと、オレンジのグラデーションの

余韻を残していく。


             


 赤々と輝く日没前のひと時は短くも麗しく、どんなに見慣れた風景であっても、そ

のたびに美しいと思う。麗しく美しい夕暮れのためには空は青く澄んだ状態の下地を

作る必要がある。このような日々繰り返される日没までの空と海のドラマにこれまで

人間は短い一生を重ね合わせて生きて来たのだろうか?


             


 やがてオレンジのグラデーションも色褪せてゆき、漆黒に包まれる前に、私は今日

という日に何かし忘れたことはないだろかと、心配になった。そうか、今日こそ、こ

れまでのことを一つ一つ思い返して詩かエッセイにしたためておくべきかかもしれな

い。そう思うと、夕焼けというノスタルジックな風景は私の記憶の引出の中からこれ

までの日々のあれこれをずるずると引っ張り出してきた。


             


 高校生までは私は学校の成績は中の上くらいで、これと言って何の特技もなく、目

立つこともなく、だけれども、詩や小説はたくさん読んだ。おそらく友人たちの中で

は一番たくさん読んだろうと思う。しかし、本代のお小遣いをせびる私に、父はそん

なに本をたくさん読んでも社会に出たらほとんど役には立たないからやめておけと言

っていた。田舎の父の職業は大工で、固い物にしか釘を打たない頑固な性質で常に人

生には実践の下地作りが一番大事だと、ことあるごとにそう私を諭(さと)した。


             


 私は卒業後、田舎を出ると、専門学校を経て普通のOLになった。変わらず毎日小

説を読み、詩を読み、しかし、当然のことながら、何も特別なことは起きなかった。

小説家にでもならない限り、それが実際に役立つことなど偶然の確率でしか起こらな

い。偶然とはめったにないことのことを言うのだから当然、父の言うとおり、小説家

になれる可能性は無限にゼロに近い。


 そんな日々を送っていたある年の盆、田舎に帰った時、時間を持て余して浜辺まで

ドライブしたことがあった。ずいぶん前に地域再生事業でできたカフェのあるテント

ハウスの市場まで行ってみようと思ったのだった。地元の主婦が作ったお惣菜やキノ

コ尽くしのカレーなどを出すカフェと新鮮野菜市場はメディアで紹介されると遠方か

ら観光ついでの買い物客がやって来た。その活況を呈している様子を思い浮かべなが

ら海を見渡せる絶好の場所にやって来たつもりだったが、過疎化で観光客をうまく取

り込めなかったためか、大きなテントハウスの施設は朽ち果てようとしていた。そし

て近く競売にかけられるらしかった。私は下の浜辺に降りてその大きなテント屋根を

ながめた。それから夕暮れを浜で過ごし、夕闇に薄い月が現れても、闇に沈んだ後も

靴をぶらぶら下げてずっと浜辺を歩き続けた。歩きながらある詩が口をついて出て

来た。


             


 「月夜晩に、ボタンが一つ波打際に、落ちていた。

 それを拾って、役立てようと僕は思ったわけではもないが、

 なぜだかそれを捨てるに忍びず、僕はそれを、袂に入れた


             


 中原中也が子供をなくした後に作ったというその詩は「月夜の浜辺」といった。

 打ち捨てられるままになったテントハウスのわびしい姿を眺めながら、こんなテン

トをどこかのハイソなリゾートで見たことがあるような気がした。ジャングルのよう

な森のリゾートの中に点在するダイアナ妃もお忍びで行ったリゾートが。私はこのテ

ントハウスをそんなリゾートホテルのような部屋に利用できないかなと思った。遠来

からのゲストを呼ぶことが難しいなら、自分の家族や友人で夕焼けを見ながらパーテ

ィを開いたり、月夜の浜辺でボタンを探して遊んだりするゲストハウスにしてもいい

んじゃないかと。ちょうどエクスクルーシヴな小さな宿が流行り出した頃で、そのと

き私には11組だけのリゾートのイメージが立ちどころに姿形を伴って現れた。


             


 「月夜の晩に、ボタンが一つ波打ち際に、落ちていた。

 それを拾って役立てようと僕は思ったわけでもないが

 月に向ってそれは抛(ほう)れず、

 浪に向ってそれは抛れず

 僕はそれを、袂(たもと)にいれた。」


 子供のころに暗唱した詩は忘れないものだなと思いながら、私は「月夜の浜辺」を

 何度も何度も口ずさんだ。


             


 私の人生にも一度は夕焼けのようなはかなくも赤く燃える瞬間がやってくるとした

ら、それは今かもしれない。私は朽ち果てようとしているテントハウスを見上げて決

断した。


             


 残る大問題は固い壁にしか釘を打たない頑固な父をどうやって説得するかだったが

意外なことに父は賛成をした。しかし、父は都会での仕事を辞めて田舎に戻って来る

ことには反対した。あくまでもサイドビジネスとしてやることで協力すると言った。

私はその時ばかりは実家があり、父も母も元気で、そして、さらに父は大工でよかっ

たと思った。


 しかし、ふたを開けてみると当然予想された困難の他にもたくさんの難題が出て来

た。しかし、それも父と、意外なことに母の絶大なる根回しのおかげで私の青写真は

リアルなホテルとして晴れて開業にこぎつけることができた。


             


 テントはブルーグレーの空色に張替え、床は大理石、ガラス窓には、夜、電気をつ

けても外の景色が見えるは特殊なガラスを採用した。そして小高い場所に立つこのテ

ントホテルから下った浜辺にはごみ一つないように徹底した掃除をした。もちろんボ

タン一つさえ。大きなバスタブからは海に沈む、熟れたすももの作り出す光景をゲス

トの目に焼き付けてもらう。きっと都会から中也ファンや文学好きの人々がわざわざ

やって来てくれると、私は確信した。


             


 極めつけはターンダウンの際、ベッドサイドに小箱を置き、その中に中也の「月夜

の浜辺」から抜粋した詩の一節と感謝の言葉を記したメッセージカードを置く。


 「月夜の晩に、拾ったボタンは指先に沁み、心に沁みた。

 月夜の晩に、拾ったボタンはどうしてそれが、捨てられようか?」


 ホテル「月夜の浜辺」は自分たちが泊まることができない程に人気を博し、父はそ

れ以来、私の本好きに対して苦言を呈することはなくなった。


             


 数か月後、私は自分の誕生日にやっと2泊を確保することができた。そして「月夜

の浜辺」で初めての夕暮を堪能し、夜の浜辺を歩く夢がかなうことになった。


             


 私はバラのお風呂の中で大きな伸びをした。こうしてリゾートのインテリアが作り

出すハイソな空間でグレーを帯びた青白い朝の空から始まり、また闇まで劇的に変化

する光景を眺めながら眠りについた。


 そんな実物大の大河ドラマを前に私は持って来たどんな小説をも読む気を失った。


 中也の詩さえ、口ずさむのを忘れるくらいなのだから。




   



   *上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。
  
   *「リサコラムの部屋」は10最後に0の付く日の連載です。


P.S.1
    実話のようですが、架空の話です。「月の浜辺」というホテルは見当たらない
   ようでしたが、もしかしてどこかにあるのかもしれません。
   ないなら、先に私が作ろうかなと思って書きました。


P.S.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   リゾートとは何かについてこれも真剣勝負で書いたものですから、
   インテリアだけの本ではなく、難しい部類のコラムに入ると思います。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                      



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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