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リサコラム
連載474回
      本日のオードブル

私が目覚める場所

第2話

パリも憂鬱」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

その建物はギリシャ神殿のような膨らんだ
白い柵に囲まれたお城のように見えました。
私の住んでいる家とはまるで違う空気は
初めて見たときぞくっと感じたのです。
青緑の煉瓦を貼りつけた壁の中に
白い窓枠の窓がたくさん
開いていました。
中は素敵な
雰囲気に
飾られて
気持ちいいことは、
窓の中にかかっている
カーテンやシェードから
すぐにわかりました。
青いいドアの
向こうで
どんな
会話が
交わされ
どんな夢が
あって、そして
どんな憂鬱が
あるのだろうと
思うと私は
いてもたってもいられなかったのです。
 
      
  





      

第2話 「パリも憂鬱」



「ちょっと公園で遊んでくるから」私はそう言って丸2日間帰らなかった。それは

私が5歳の時だった。それからというもの私はたびたび家出のようなことをした。


             


 私は生まれてすぐに遠縁にあたる家に養子となった。そして、数年後、たびたび家

出していた別の親戚の家の養子になった。そのためか私がしばらくいなくなっても今

の養父母は多少の心配はしても、不安には思わなくなっていたのだと思う。そんな状

況が私にどこにいてもそれなりに幸せに生きてゆける勘と度胸を与えたのかもしれな

い。


             


 秋の真ん中あたりの雨あがりの晩、いつも通り散歩に出た。雨がきっぱりとあきら

めてくれたおかげでその晩の空気は憂いを帯びた男女のようにひんやりして、散歩す

るにほどよく、気持ちよく、ざわざわと行き過ぎる人たちさえ洒落た憂いを帯びた映

画の中のエキストラのように見せた。


 しばらくは人の流れを避けて雑踏の中を歩き、そして2つ角を曲がって少し坂道を

上り、マロニエという大きな葉をつける街路樹の通りに出た。だらだらの長い坂道で

息を弾ませているとざわざわと葉を揺らす風は私の背中に冷たい小雨のシャワーもか

けてくる。その坂も上り切ると今度は下り坂を軽く小走りに下り切り、「小さな古き

良き」を店構えに漂わせる喫茶店に突き当たった。


             


 私はこの古き良き雰囲気の喫茶店でオーナーの航と15分間を過ごして、また来た

道を帰るというのが時々の楽しみになっている。


 喫茶店の名前の「BLEU」の青いプレートが埋め込まれたドアを開けるとカラン、

コロンと澄んだ音が鳴る。店は間口が狭く、奥に長く、奥に行くにしたがって地下室

のワイン蔵のように照度を落としてあり、天井は穴倉のように低く丸くなっている。

この小さな店はこのカラン、コロンをひと時の安らぎをにやって来る中年の男性サラ

リーマンで半分は埋め尽くされている。


             


 そしてここでは多くの人がモカマロンセットを注文する。この店はモカ味の生クリ

ームの中に荒く刻んだマロングラッセがごろごろしているエクレアを大きなマグカッ

プのカフェ・オ・レと一緒にぱくつくサラリーマンでいっぱいなのだ。そのセットは

「パリの憂愁」という名でちょうど¥1,000に設定してある。そのため大半のお客さ

んは「パリの憂愁」を注文する。片手に大きなエクレア、片手に大きなミルクコーヒ

ーカップを持ったサラリーマンの表情と駅前の居酒屋で片手に焼き鳥、片手にチュー

ハイのサラリーマンの表情とは明らかに違いがある。私には片手にエクレア、片手に

ミルクコーヒーの「パリの憂愁」の方が幸せそうに見える。


             


 航は「お客さんに『パリの憂愁』より『パリの悦楽』の方が合うんじゃないかと言

われたたけどね、でも、憂愁があるから、悦楽を求めるわけで、僕は憂愁の方がやっ

ぱり好きなんだよね」と言いながら、ベレー帽をちょっと直して照れ笑いをした。

「そんな『パリの憂愁』を味わいにやってきてくれるお客さんの表情が好きだしね」

とまた、ベレー帽を触った。私自身もそんな中年のひとりだし、そんな男性の顔を見

るにつけ、人間は結構簡単なものだなと感じる。


             


 オーナーの航はパリの洒落た店で修業をしてきたらしく、よくパリ時代の話が出て

くる。パリではおしゃれをしていないとカップルや夫婦間では契約違反になるほどで

「おしゃれ」であることは「エスプリ」の中に組み込まれていて、衣食住の日々のい

となみ全部にアイスクリームの中に絡まったキャラメルソースみたいにメランジェし

ているのだと話をしていた。


             


 「夕方になると、パリの街のカフェにかちっとしたスーツを着ているサラリーマン

がやって来て、パフェなんかを子供みたいにぱくつくんだよね、そんな姿を見るのが

なんかかわいくてね、好きだったな~、あれがほんとうの幸せかもしれないなんて思

うよ」航はうれしそうな笑顔でしわくちゃになった。すると横から30代後半に見え

るサラリーマン風の男性は「新婚旅行で洞窟みたいに岩をくり抜いた作った部屋に泊

まって大金を使ってきたんですけどね、こっちの洞窟の方が安上がりだし気が休まり

ますね~、それにいつだって来れるから、断然、こっちの方がいいですよ」と口を挟

むと、ネクタイを緩めた首ののど仏をごくごく言わせてカフェ・オ・レを一気飲みし

た。航は「そんなこと言ってもらえるからやってゆけるんですよ」とまたベレー帽を

ちょっと直しながら照れ笑いをした。そして男性はさっさと席を立った。BLEUでは

お客さんは10分から15分で席を立ち、外で待っている人に席を譲るというシステ

ムがうまく機能している。


             


 そしてある晩、私がカラン、コロンを鳴らしに行くとドアは開いたままで店は煌々

と昼より明るく、テレビの取材が来ていた。相変わらず混んでいたが、新人のバイト

君が「今晩はちょっと難しいみたいです」と外で待っているお客さんに頭を下げて回

っていた。私たちは失望のまえぶれのような妙な予感にいつもより長い坂道を上り下

りして家に帰った。


            


 それからしばらくは寄り付かなったけれど、そのうちどうしても『パリの憂愁』を

味わいたくて、坂道をまた上り下りした。店の前には長い行列ができていた。これは

とても閉店迄に店のカウンターにたどり着けそうにないと思い、私は憂愁を食べもせ

ずに憂愁だけを味わった気分で引き返した。


             


 それでもマロニエの葉も色付き始めると私はまた『パリの憂愁』に向っていた。す

ると、店には閉店の案内があり、近くのおしゃれな複合商業ビルの中に移転すると書

かれていた。


             


 さらにマロニエの葉が歩道も車道も黄色く色を付け始めた頃、また夜遅く散歩道を

たどった。元の店はすでになくなり更地になっていた。そしてその先の高級な匂いの

する通りに出るとそこは美しく敷き詰められた石畳の道で、通りの中に瀟洒なヨーロ

ッパのたたずまいを模したホテルのようにきれいな商業ビルがあった。航の店はこの

中に移転して、人気の『パリの憂愁』はナイフとフォークでも食べられるようになり

\1,500に値上がりした。客層は変わったものの、違うニュアンスを持った『パリ

の憂愁』はやはり流行っているらしい。すでに店は閉店した後で、外から見るとしん

とした冷たい空気に私の背中はぞくっとした。いよいよだと思った。


             


 養父がビルの青いドアの中に入ろうとした時、そっとその場を離れ、それから無心

で駆け出し、店の裏口に回った。私は変わった犬だとよく言われてきたけれど、『パ

リの憂愁』にはどうしても勝てなかった。私は新たな航という養父に養われ、そして

今はおしゃなベッドも用意された家で寝起きしている。


             


 本物の家出にはコツがあると思う。それは、未練をかなぐり捨てること。どんな関

係にも、そしてどんな場所にも。憂鬱はどこにでも平等にあるのだから。



   



   
*上のイラスト及び写真から「リサコラムの部屋」へ入れます。
    こちらも人気のページです。ご愛読に感謝致します。

  
   
*「リサコラムの部屋」は10最後に0の付く日の連載です。

   
P.S.1
 

    こんな犬がりるかどうかわかりませんが順応性の高い人を見るとうらやましくなります。
   新しい環境、新しい職場、新しい人間関係、すべてに完璧な理想はありませんが、
   それに近い完璧を求めたくなるのが人間ですね。


P.S.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   リゾートとは何かについてこれも真剣勝負で書いたものですから、
   インテリアだけの本ではなく、難しい部類のコラムに入ると思います。
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                      



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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