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リサコラム
連載515回
      本日のオードブル
習慣

第5話

「牛乳配達は
ベルを鳴らさない」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



大家族の
彼女の家は
にぎやかで、
楽しそうでした。
黄緑色の壁に茶色の家具、
こげ茶の床はいつも輝いていました。
カーテンはきれいな色の花柄で、
赤い花の花瓶がいつもあって、
そして犬と叔父さんのの姿も
いつもありました。


 
      
  





       


第5話
「牛乳配達はベルを鳴らさない」



毎朝、午前5時20分から25分の間で美莉の家に牛乳が配達される。それは、

勝手口の外に備えつけられた昔ながらの牛乳を入れる木製の箱がパタンと鳴ること

でわかる。最近はどこの家も保冷箱に変わったが、美莉の家では昔ながらの木製が

まだ健在である。美莉はその音を聞きつけると勝手口の横の自分の部屋から起き上

がり、すぐに箱から牛乳とコーヒー牛乳と乳酸菌飲料を取り出す。そしてまず牛乳

を飲み、次に乳酸菌飲料を飲むと、コーヒー牛乳をピンクの巾着袋に入れて身支度

を整えて、車で職場に向う。


             



 美莉の職場は曾祖父の代から続く大きな木工所だった。美莉はここに就職してか

4年、必死で仕事を覚えた。そしてやっと名刺を作ってもらえたものの、それを

差し出す時、長い肩書を少し親指で隠しながら手渡す。そうしたところで意味はな

いことはわかっている。それでも二十歳を2年過ぎたばかりの乙女の気持ちを推察

できなくもない。そのささやかな恥じらいは美莉のその指先をみればわかる。無数

の星がきらめく天の川にも似た美しい宇宙空間は男性ばかりの中で働く美莉のわず

かばかりの抵抗のように思える。


             


 「工場生産ライン統括管理補佐」と四角な文字が並ぶその職種は都会のオフィス

ビルの中で現場とのメールのやり取りだけのクリーンな仕事とは趣が異なる。まさ

に木くず、鉄くずの舞い散る、ガンガン、じーじー、ひゅ~ん、ひゅ~んという音

の中で、薄水色の作業服を着て、朝から晩まで工場内を走り回る、つまりは雑用係

に他ならなかった。


             


 「美莉はまだいい方よ」と耳たぶからシルバーの5つの星を下げている医師の朱

音(あかね)は美莉に向かってそう言うとビールをおいしそうに飲んだ。


             


 美莉は平日の午後6時に仕事が一段落すると、さっさと家に帰りシャワーを浴び

て薄水色の作業服をほこりと汗とともに脱ぎ捨て、改めて薄化粧をしてティファニ

ーのトワレを首筋と手首に塗り込むと、自宅から歩いて1分ほどのこのしゃれたカ

フェバーのカウンター席に座る。そのカウンターで椅子ひとつ開けて座った朱音と

は、平日はほとんど毎日のように顔を合わせる。朱音と美莉はここで知り合い、そ

してカフェバー友人になった。学校も学年も違っていたが、相手を傷つけることも

なくいつでも離れることがきっとできるだろうとお互いに思っている、ふせん紙の

ような友人関係が続いていた。ここは美莉の淡いブルーの制服と胸元のロゴマーク

と社名から解放されるひと時であり、朱音にとっても肩甲骨をだらんと緩められる

空間で、二人は開放感から言えるものは何でも言い合った。


             


 お互いに家と職場が車で約20分という適度に離れた距離にあり、他にこの近辺

に仕事関係の顔見知りはいないことが幸か不幸か、幸いした。


 「だって、私、ネイルサロン、行けないしね」朱音はなぜ、美莉の方がいいのか

をあまり説得力のない理由で説得しようと試みた。


             


 美莉は朱音と知り合って約半年が過ぎたある夏の晩、思い切ってある秘密めいた

話をしてみようと切り出した。


             


 「私、子供の頃にね、大好きな叔父がいたのよ。叔父とは私が4歳の時に別れた

ままで、今はどこに住んでいるのかはよくわからないんだけどね」そう言うと、朱

音は唐突な話に好奇の目で見返した。「へ~、そんな叔父さんがいたの?でも、憶

えているの?そんな小さい時のことなんて」美莉は、「うん。覚えているよ」と言

った後で、「実際は写真に一緒に写っているから覚えているような気がしているだ

けかもしれないけどね、今は写真を紙に印刷しなくなったけど、今でもアルバムを

めくるたびによみがえって来るわ。そして今は叔父を憎み3分の1、憐れみ3分の1、

そしてこれくらいは感謝してるかな?」と言うと、天の川のきらめく人差し指を立

てた。


             


 朱音はすっと二人の間の空いたスツールに移動すると、「それはあんまり穏やか

じゃないわね」言った。「ふふふ、思う?叔父はね、変わった人で、私が2、3歳

頃から曾祖父や祖父の自慢話をずっと話して聞かせて来たのよ。だから私は彼らを

今でも尊敬しているし、でもなぜ、幼児の私にそんな話を聞かせるのかなんて考え

ない年齢でしょ、だからグリム童話なんかと同じように思えたのよ。でも今なら、

わかりすぎるほどにわかるのよ。つまりそれは叔父の用意周到な調教だったのよ。

叔父は大学を出た後に、この会社の仕事をやりたくなくて22歳の叔父が4歳の私を

調教して跡を継がせようって魂胆だったのよ。そして、自分はその路線から逃げる

つもりだったのよ。そんなことは全然知らず、私は高校を卒業してこの木工所に就

職して、今年で丸4年。だいぶ仕事もわかるようになって、肩書ももらったけどね」

美莉の話はだんだんと熱を帯びて来た。


             


 「その日、叔父はちょっとそこまで行ってくるような恰好でいなくなったのよ。

だから、しばらくはみんな気が付かなくて、3日くらいしてやっと大騒動になった

のよ。でも、それは周到に計画されたことだったのよ。叔父がだれとどこに行った

のかを知っていたのは私だけだったと思う。それはね、叔父が失踪した朝、いつも

6時に女の人が配達に来ていたその私の牛乳が配達されなかったことからわかっ

たのよ。私は自分の牛乳が来ないと言って騒いでも、みんな忙しくて誰も耳を貸す

人もいなくて。その翌日から、私の牛乳は6時半か7時頃におじさんみたいな人が配

達に来るようになったけど、隣町の配達所から配達されていたから、そんな変化を

察知したのも私だけだったと思う。つまり、誰も牛乳配達所のきれいなお嬢さんが

叔父と同じ日に失踪したことと結びつけることはできなかったのよ。まさに4歳児

のみぞ知るってことよ」


             


 「ふ~ん、すごい話だけど、裏付けはあるの?」と朱音は言った。「牛乳を飲む

のは私だけで、家族のだれ一人飲まないのよ、だからその牛乳の箱を開けるのも、

つまりは4歳児のささやかな仕事のようなもので、それ以来ずっと私が同じ時間に

牛乳の箱を開けているのよ」と美莉は得意げな顔で言った。「へ~それで?」朱音

はカウンターに肘をついた。「そして、今では、牛乳箱は私の私書箱と同じような

ものよ」「私書箱?」朱音はまるで想像もつかないという声を出した。


             


 「想像してみて?」美莉はビールのグラスの水を集めながら、「とても原始的な

通信手段だけどね」と言った。「え~、なにそれ?」朱音は好奇心から口が開いた

ままだった。「ここ1年ばかり、その私書箱で月1回くらい叔父とやり取りをして

いるのよ」「1年も?」「ええ。それで私は叔父にこの仕事を事細かに教えたわ。

叔父もこの18年、いろいろあったみたいだったけど、結局はこの町に戻って仕事

を継ぐ決意を固めたみたいね。ちょっと長い回り道だったかもしれないけれどね、

これでよかったのよ」美莉は言い終わると、何か言おうとした朱音にかぶせた。


             


 「私、叔父が失踪した時と今年で同い年になったのよ。それで、今度は私が、

この店のオーナーと将来を話し合っているの」と言った。朱音の口はさらに大きく

開いたがしゃべれなかった。


             


 「あのね、叔父から教わった教えはね、」とまた美莉は切り出した。「用意周到

して、逃げるときはさりげなく。戻るときは忍び足で。そして牛乳を毎日飲むのは

習慣にしなさいっていうことだったのよ。やっぱり叔父はいい人だったと思う。教

えを守って来てよかったと今では思っているわ」美莉は朱音ではなく、カウンター

の奥の男性に向かってグラスを傾けた。




    



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

  架空のストーリーが生まれるタイミングは、
  お客様の今日のやるべき仕事を全部終えて、メールも終えて、
  リサコラム、もの、こと、ほんも2日先まで終えた後、
  今日のスケジュールはもうリサコラムの文章しかないと
  言うことろで、肩をぐるぐる回して、書き出す覚悟をしたときです。

  書き始めないと始まらず、終わらず、そして何も生まれずですね。




 「もの、こと、ほん」は下の写真から。

            

p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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