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リサコラム
連載518回
      本日のオードブル
習慣

第8話

「10年計画」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




普通の家に
生垣をめぐらして
大きな窓を設けると
光を最高に美しく
取り込めます。
あとは、
リゾートの
ダイニングを
出現させれば
たいていの
負は
正に。
そして人々は
素敵に見えるものですね。

 
      
  





       


第8話
「10年計画」



 「もう一杯、お代わりはどうお?」葉子は舜にボトルを傾けた。「いや」舜は

フォークを置いた。


             


 「もう一杯、乾杯しようよ」と葉子は言った。舜はふん、ふん、ふんと3回、無

言で小さく首を上下に振るとくいっとグラスを空けて、母の方に押し出した。二人

は俗に母子家庭と呼ばれる家族を構成していた。


             


 葉子の傾けるボトルから「トクトクトク」とここちよい音色が舜のグラスを満た

し始め、静かなダイニングの中で唯一の聞こえるその音は、次第に音色を変化させ

ていった。


             


 「こんな母親のサル知恵でも、絞りだして、毎日決まったことをすれば、出直せ

るものなのよね」葉子はにっこりと笑顔を作るとグラスが半分まで赤い液体で満た

されたあたりで、舜の顔を覗き込んだ。舜は「だね」と一言言ってからふん、ふん

と2回首を上下に振った。瞬は、一言言葉を発したために、首を振るのを1回減ら

したように見えた。「やっとだね、」葉子は、安堵のこもったため息をついた。


             


 もともとここは葉子の家だったが、今年、パーティ専門のレストランにリモデル

された。一階部分には緑の生垣に面して大きな窓を作り、白いテーブルクロスを掛

けたダイニングテーブル2台と自由に取れるワインセラーも置いた。隣のスペース

では立食パーティもできる。ブルーのガラス製のシャンデリア2台が輝くブルー&

ホワイトのインテリアは特にウエディングパーティを意識したもので、さらに元駐

車場だった場所に浅いプールのような水場を作ったのはそのための最大のセールス

ポイントだった。そこにブーケやキャンドルを浮かべてエレガントで、しばし日常

からエスケープできる雰囲気を演習するのが狙いだった。


             


 さらにガラスの手すりをつけた階段を上がるとそこは2つの個室があり、それぞ

れパーティルームになっていた。またウエディングドレスを着た新婦が階段を下り

てくるとういうシーンをドラマチックに演出するためでもあった。


            


 葉子と舜の二人が座るテーブルの前のだれもいない白いテーブルクロスに朝の白

い光が転がりながら反射を繰り返していた。


             


 今度は葉子のグラスに赤い液体が満たされると、葉子はグラスを挙げて「計画通

り、ここまで来れたわね~」と言った。舜が「うん」と小さく言うと後の2回は無

言で首を振った。


              


 葉子は10年前、離婚するにあたり、元夫に二つの条件をつけていた。その一つ

はこの古い家をもらうことで、その際、指定するものをすべて処分してから出て行

ってほしいということだった。そしてがらんとした部屋で息子の舜と“人生再建の

作戦会議―10か年計画” を話し合った晩のことを葉子は思い出していた。その

日から葉子は綿密な計画に沿ってちいさな一歩を踏み出した。


             


 まずはすっきりした自宅をオフィスに見立てて最小限のオフィス家具やパソコン

を新調した。一方、レストランで働きながら、7年後、ソムリエの資格を得るとさ

らにランクアップしたホテルのレストランを掛け持ちした。息子の舜は大学に進学

せず調理師になり、やはりレストランで働いた。その間、二人は“人生再建の作戦

会議―10か年計画”の小さな一歩をたゆみなく続け、そしてそれもいよいよ完成

を目前にして初めて二人はゆっくりテーブルを囲むことができた。


           


 10年前までの葉子はふつうのOLを経験し、ふつうの結婚し、子供を産み育て、

そして離婚を経験した。これまでの人生の中で葉子に多少のよい習慣があるとすれ

ば、それは毎朝のお弁当作りくらいのものだった。それは一度も休んだことがなか

った。また反面、だれにも褒められることもなかった。


             


 そんな取り立てて特技のなかった葉子が自分にできることと、計画に沿って決ま

ったことができるという習慣を考え合わせた上ではじき出された結論が、パーティ

専門の小さなレストランだった。そして人生で一度、ある特別な感覚を味わってみ

たいという思いがさらに原動力となって計画を実行に移させた。


             


 パーティ専門のレストランの完成披露パーティが近づくにつれ味わってみたいあ

る特別な感覚は思ったよりも期待値が高くなっていることに葉子は気付いていた。

それは10年前に元夫と条件を交わしたふたつ目に由来する。そのふたつ目の条件

とは元夫が10年後にこの家を1度だけ訪れるというものだった。しかし、万一、

前夫が現れないとしてもその感覚はきっと味わえるだろうと葉子にはずきずきする

ほどにわかった。


             


 「これこれ、この感覚よ、私が10年前に一度でいいから、味わってみたかった

のは」葉子はワングラスを傾けながら、息苦しいほどの喜びに満たされた。


 その思いは10年計画を実現に至らせるほどの思いだった。

 それはつまり「胸のすく思い」だった。




    



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1

  いろんな方のいろんなお話伺いながら、架空のストーリーを
  作りました。負の思いは上手に最高にプラスに転換できると思うと
  ”ウエルカム・負”ですね。
  
 


 「もの、こと、ほん」は下の写真から。

            

p.s.2
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

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マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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