MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn
News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載578回
      本日のオードブル

時代は変わり、
変わらないものは、
ここに存する。


第1話


「クチュリエのつぶやき」



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




市松の床に
白いテーブル
型紙とはさみ。
向かいの棚には
きれいに並んだ生地が
色ごとに詰まっています。
ここはテイラーメイドの紳士服店。
パリの左岸にある老舗中の老舗です。
18世紀から続くメゾンの顧客は、
ジイド、コクトー、サルトル、
ル・コルビジュエ
ヘミングウェイなど
芸術家も多くいました。
ここでどんなおもしろい
話が語られたのでしょう?

 
      
  





        

第1話

「クチュリエのつぶやき」




 「あれ?少しお痩せになられました?」クチュリエのジャンはS氏の2度目の仮

縫いの上着を着せながら言った。


            


 「さすがだね」S氏はひげを触った。「腕はそのままで」「ああ、すまない」

「それじゃ、ウエストはあと2cm入れましょう。だって、今、お食事なさったば

かりですよね」「そうだね。でも、するとまた3日は伸びるかな?」「いえ、ほん

の、2、3分伸びるだけですよ」ジャンはS氏の後ろに回った。


            


 「再来週までパリにいらっしゃると存じておりますが」「そうだね、あと10日

ほどはね、左岸にいるよ」「そうですか。それなら大丈夫です」ジャンはS氏の回

りをぐるっと回り、軽く腕を上げさせた。


            


 「よろしいようです。それでは、最後にこの椅子にかけていただけますか?」

「これに?」ジャンはポリカーボネートの椅子を指し示した。


            


 「ああ、これね、あまりに透明で気が付かなかったよ」とS氏が言うと、ジャン

は「そうでしょう」と言うような無言の微笑みで返した。そしておそるおそる座り

かけたS氏に、「どんとどうぞ。『メリッ』とでも言うようなら、この場所で3

代にわたってやってはいませんから」ジャンは丸い顔に丸いメガネの中の目を豆粒

くらいの小さくした。「ははは、それは聞きようによっては辛辣にも聞こえるジョ

ークだね」S氏は笑いながらすっと透明な椅子に腰かけた。


            


 「この椅子は、フィリップスタルクデザインのものでして、」「ああ、あの変人

デザイナーの?」「ははは確かにおっしゃる通りです」ジャンは腰をかがめな

がらS氏の回りを2回ぐるっと回った。


            


 S氏はひじ掛けに腕を置くと「着心地はさることながら、この椅子、なかなかい

い感じだね」と言った。「実は最近私が考え出したやり方でございまして、このよ

うな硬くて透明な椅子に腰かけていただくことで、座ったときのしわのより具合も

よくわかるのです」「ほお、なるほどS氏はひじ掛け付きのわりにタイトな椅

子の中で体をゆすってみた。「これでいいかな?」「ええ、ありがとうございま

す。もう結構です」ジャンはS氏に立ち上がるように手招きした。


            


 「いや~この椅子、見かけと違って、何だかとてもいい感じだね。私のサイズの

ぴったりというか、こんな硬い素材なのに、しっくり体が納まるのは不思議な感じ

がするね。それこそ、スタルクのスタルクたるところかな?」ジャンは「ええ、そ

うでしょうね」とだけ言ったあと、言い足りなさそうに付け加えた。「私自身、彼

のことはよく知りませんが、ここパリでも、デザイナーとしての評価は依然とし

て、かなり分かれておりますね」「しかし、彼は3日でホテルのデザインをするら

しいじゃないか。その速さはやはり誰にもまねできないところじゃないのかね?

特にこの、めまぐるしいを通り越した時代においてはね」


            


 「確かにそれは言えるでしょうね。おっしゃるように、テイラーメイドの紳士服

のようなメゾンは次の世代ではなくなるのかもしれません。しかし、何事も早けれ

ばよいというものでもないでしょう。じっくり時間をかけなければ生み出せないも

のもありますからね。それでも、21世紀は先代までの時代と違って、このような

仕事にも速さが求められる時代になっています。先生のように、長期出張なさる方

は非常に少なくなりましたからね。特にパリでは、宿泊費が高いですから、1、2

か月も滞在する旅行者はめったにいませんが、実際のところ、短期の旅行者の方も

私どものテイラーメイドで服を作って持ち帰りたいというご希望がかなり多いです

からね。下のプレタポルテでと切り捨てるような扱いをするのはやはり今日的では

ないような気がします。メゾンといえども、今に即した仕事の仕方をしなくてはな

らない時に来ていると思います」S氏はスタルクの椅子で足を組んで聞いていた。


            


 「ふ~ん、なるほど。よくわかるよ。20世紀と21世紀の大きな違いはその速度

感覚の違いかもしれないね。それに若い人は堅苦しいものを好まないようだから、

あのル・コルビジュエのフォレスティエールっていうスタイルなんて、復活するん

じゃないかな?」「そうですね。ル・コルビジュエ先生の特注は単に黒板に文字を

書くときにスムーズに腕が動くかということだけでなく、裏地にもかなりこだわり

がございましたね。黄色、ピンクやターコイズブルーを合わせる斬新な色彩感覚を

お持ちでしたから。それは日本の着物の裏地にも通じるものではなかったかと私ど

もは思っております」


           


 ジャンはやっと立ち上がったS氏の後ろに回って肩のあたりを軽く触った。

OKです。それでは、今週末の仕上がりでございます」S氏はゆっくり腕を広げ

ジャンは慎重に、しかしすっと上着を脱がした。


            


 「やっぱり私の好みは窮屈とは違うこの絶妙なタイトさだね。そして、ズボンの

裾巾も18cm。ル・コルビジュエのゆったりサイズならオーダーの必要があるのか

なと、僕は思うけどね」S氏はそう言いながら、ジャンに促されてフィッティング

ルームに入り、すぐに晴れやかな笑顔で着替えを終えて出て来た。


            


 「しかし、寂しくなったね。とうとう、サンローランの相棒だったピエール・

ベルジェもいなくなってしまって」「ええ。びっくりしました。なんとも寂しいも

のですね。偉大なる芸術作品も、財産も残して、美術館の計画も頓挫してしまって

いるようです。ピエールの突然の訃報から、私も健康管理と思っております」ジャ

ンは言い終えると、ポンとおなかをたたいた。「これをどうにかと。これでもダイ

エットをしているのですが、一向にへこまないのですよ」


            


 S氏はジャケットのボタンを留め終わるとはジャンの太鼓腹を見た。「なるほ

ど、それはかなり大変なようだね」「実に大変です。もちろん早朝のウォーキング

も、食事制限もしておりますがね。それでも1週間で2㎏の減量はしたのですが、

それから先がなかなか進まなくて。しかし、そうも言ってはおられません。時代も

1日と変わり、世界も変わりますから、私も当然変わるべきですね」ジャンは

S氏をソファに案内した。「いや結構。見送りもいらないから。それではこちらで

失礼するよ」S氏はあたたかなまなざしをジャンに送ると軽快に階段を下りて行っ

た。


            


 ジャンは誰も居なくなった部屋の中で、ポリカーボネートの透明な椅子の前に来

ると、そっと腰かけてみようと思ってみたが、やはり、ジャンのお尻はその透明な

枠の中にまったく納まらなかった。ジャンはため息をついた。


            


 「ああ、時代は変わるが、エッフェル塔はいまだそこにあり。しかし、私はいま

だその椅子には腰かけられずか….」ジャンはつぶやくと、3階の窓から塔を眺め

た。




   


 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
  新しいシリーズをはじめました。
  実話&フィクションを加えたものです。
  気長という考え方はお好きですか?
  私はすごく気長だと自分自身で思っています。
  何か始めるとずう~としつこく続けてしまいます。
  このコラムも12年目に突入しておりますし。


  「もの、こと、ほん」は下の写真から。
           
             


p.s.2
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。




シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-               

(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      

Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
    お申込はこちら→「Contact Us」           
                          

                                       * PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.