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マダム・ワトソン　My Style

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	連載７１７回　　　　　　ある嵐の晩に第８話「狐狸庵相談室にノックの音が」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル＆ラグジュアリーに暮らす」（ダイヤモンド社
紙の本＆電子書籍）（2006年6月）
「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
（電子書籍2014年8月）

道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

２０年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、Ｆ・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

ベージュ
アイボリーの
市松の床に
ネイビー
ブルーの
飾りドア。
ノックすると
そこは昭和の香り
漂う狐狸庵相談室
窓の外は大荒れの
お天気のようですが
狐狸庵氏は平静で令和な雰囲気を
携えて質問者に真摯に答えます。
ほら、またノックの音がしましたね。

　第８話　「狐狸庵相談室にノックの音が」

　ノックの音が聞こえた。最初は弱々しく、次は強く。

　　　　　　　　　　　　

　「こんばんは。お待ちしておりました。狐狸庵相談室です」黒縁眼鏡の狐狸

庵氏は、モニター画面に向かって答えた。そこにはショートカットの２０代後

半くらいの女性の顔が映っていた。「お名前は、ええと」狐狸庵氏が言うと、

「アリスです。コードネームです」と女性はすかさず答えた。「ほう、コード

ネームとはかっこいいですね。まま、ペンネームと思ってよいでしょうな？」

「ペンネーム？今時、ペンネームなんてダサイ呼び方、まだするんですね」ア

リスと名乗った女性は、嘲笑気味に笑みを浮かべた。

　　　　　　　　　　　　

　「ええ、私は昔風の人間で、こんな遠隔でのご相談もあまりないものですか

ら、まあ、失礼なことがないようにいたしますが、このモニターの調子がよく

ないときがあって、途中でそのドアを、」狐狸庵氏は手を伸ばせば届くところ

にあるネイビーブルーのドアを指さした。「あのドアをノックすることがある

かもしれません…」「先生、早く始めませんか？これも時間に入っているんで

すよね」アリスは狐狸庵氏を遮った。「それは失礼をいたしました。それでは

ご相談内容はと、ええと…『成功人生はどうしたら手にいるのか？』これでい

いでしょうか？」狐狸庵氏が言い終わらない内にアリスは、「私、でも、ラッ

キーは嫌いなのです」ときっぱりと答えた。

　　　　　　　　　　　　

　狐狸庵氏はしばし無言のままで、アリスの様子を眺めていた。

「すみません、ちょっとこちらのモニターの具合が悪いようで…」狐狸庵氏は

すぐ隣のドアをコンコンとノックした。「ああ、いえ、大丈夫です。なおりま

した。今日はちょっと荒れ模様のお天気で、しかもここは山奥で、静かで研究

にはもってこいなんですがね、こんな天気の日は特に電波の調子がよくないも

のですから…」狐狸庵氏の座る向こうの窓はガタガタと音を立て始めた。

　　　　　　　　　　　　

　「わかりましたから、先に進みませか？」「はい、そうですね。ええと、

ラッキーがお嫌いだとおっしゃるのですね、つまり、運不運で人生を仕切りた

くないとおっしゃるのですね？」狐狸庵氏はそう言ったが、ひゅうひゅうと不

気味な音を立てる風切り音のために、その声はかき消された。

　実際、狐狸庵氏の小さな部屋の窓と言わず、壁と言わず、家ごと根こそぎ吹

き飛ばしてしまいそうな天候になっていた。

　「先生、なんか外、凄そうですけど、こんなところで相談なんて受けてる場

合じゃないんじゃないですか？」「おっしゃる通りです。もうこの辺りには今

晩は誰もいないでしょうね。ここは別荘地でもないですからね」「それなら、

返金してもらって、また次でもいいですけど」アリスは冷淡な声で言った。

「いいえ、続けましょう。慣れてますから、大丈夫でしょう。私はこれまでも

たくさんの国をめぐり、たくさんの危険な場所に行きました。インドの奥地に

行った時は、ガイドと二人だけで旅をしましたが、途中何度も道に迷い、さら

に洞窟に入り込んで、出口を見失った経験もあります…」」「そんな時はどう

するのですか？」「まずは自分のいる場所を方位磁石で正確に知ることです。

今ならGPSで居場所はわかりますが、電波も届かないような場所ではまずは

方位磁石が欠かせません。とにかく落ち着くこと。確さは欠かせません。

そしてじっくりと出口を探すための手がかりを探ることです。前に歩いた人の

痕跡がないかをまずは調べます。そうして、絶対にこの危機から逃れるのだと

いう信念を持つことです」

　　　　　　　　　　　　

　「信念？それって、私にはわかりません。信念なんて言葉を科学者の先生か

ら聞くなんてそれこそ、信じられません。それより、先生、外があんなで、怖

くないんですか？」アリスは相変わらずきっぱりとしたしゃべり方をした。

「まあ、怖いですね。しかし、恐怖心を克服するためには科学が大きな力にな

ります。しかし、大丈夫だという信念が必要です」アリスは全く腑に落ちない

顔で、狐狸庵氏の座る向こうの窓をじっと見つめた。その時、轟音が轟いた。

　「せんせ！雷、近くに落ちたんじゃありませんか？大丈夫ですか？」狐狸庵

氏はベージュと白の市松柄の床をじっと見つめながら「ここから先は運です」

と言うと、黒縁メガネの顔を上げた。

　「運？さっき信念しかないと言ったばかりではありませんか？信念と運の関

係はどうなっているのですか？」「まずは、科学が来て、次に信念が来ます。

そして最後に運がやってくるのです。必ずその順番で、それ以外の順番はあり

ません。この世の中で成功人生を歩んだと言われる人々はみな、その順序で洞

窟から抜け出て、新たな世界に入って行ったのですから」

　　　　　　　　　　　　

　アリスは腑に落ちない顔で、椅子の背もたれにもたれ、「あのう、最初に言

いましたが、私はラッキーが嫌いなのです。ラッキーって、幸運ってことです

よね」と狐狸庵氏に詰め寄った。「確かにおっしゃる通りです」「それって、

答えになっていませんよね。私、料金を払って先生に面談を申し込んでいるの

に、おっしゃる通りですと言われても…」

　狐狸庵氏はガタガタと鳴る窓の方をちらっと見てから、「幸運と言うものは

不運と相性が悪い。逆も真なりです。だから、幸運と不運は混じり合うことが

できず、別々に捉えられるのです。そして、幸運が好きな人のところに幸運は

訪れ、不運が好きな人のところに不運は訪れるのです」

　アリスは呆れた表情をした。「あのう、つまり、先生のおっしゃりたいこと

はですね、私がラッキーが嫌いだから、成功人生がやってこない、つまりそう

いうことですか？」

　　　　　　　　　　　　

　狐狸庵氏は正面を見て、電卓をたたいた。「私の計算ではそのようです」

「計算ですって？」アリスは１オクターブくらい高い音域の声を出した。

「はい。その通りです」「はいって、先生、電卓なんかで、何が計算なんで

すか？」「電卓をバカにしてはいけませんよ。つまりですね、ラッキーを１と

します。アンラッキーをマイナス１とします。ラッキーともアンラッキーとも

感じない状態を０という状態とします。すると、あなたは人生のゲームにおい

てラッキー要素を信じないから排除しようとします。つまりは０－１＝－１で

アンラッキーということになるのです。これは科学です。まあ、簡単な数学で

すが」「そんなもの、数学のうちには入らないですよ！先生は、私をバカにし

ているのですか？」アリスは顔を紅潮させた。「先生、それに、そんなちゃち

い家なんて、もう吹き飛ばされてしまいそうですよ。それも科学ですか？信念

があって、運があるから大丈夫なんですか？だって、見てください！あんなに

木がさわざわして、ずっと雷が鳴りぱなしですよ！」

　　　　　　　　　　　　

　「ええ、この地域は特に嵐が多い。降水量も半端ではないのです。だから、

科学的に検証した家を作りました。まあ、簡単に言えば、シェルターのような

中にいるようなものですね」狐狸庵氏は平然と答えた。

　「シェルター？外のあの嵐は何なのですか？だって轟音も、窓だったガタガ

タしているのは…もしかして、人工的に作っているとか、ですか？」アリスの

紅潮した顔が画面一杯に広がった。

　　　　　　　　　　　　

　「さすがですね、ご明察です」狐狸庵氏は満面の笑顔になった。「ご明察で

はありませんよ！先生、だましているんですね？」「そうでしょうか？先ほど

ドアをノックしましたが、これで嵐が強まり、雷が鳴ります。そしてもう一度

ドアをノックすれば、雷も止み、嵐も静まります。」「はあ？それって、ノッ

クの音で嵐が作り出せる仕組みですか？」「まあ、そうです。アナログな科学

者でもそのくらいはできますからね。すべては科学、そして、信念、そして最

後が運なのです。雨ごいの成功者を知ってますか？この地方に伝わる雨ごいの

伝説的人物がいます。その人物は１０００回中、９９８回の雨ごいに成功して

いるのです。彼が雨ごいをすると必ず雨が降るのです」「そんなバカな～。そ

れってどうやって科学と信念と運につながるんです？」

　　　　　　　　　　　　

　「つまりは、雨が降ると予測して、雨が降るまで雨ごいをした人です。時

には不休不眠で何日も雨ごいをしたこともあるでしょうね。繰り返しますが、

科学、信念、そして運を待つこれを繰り返す。これが成功人生の方法論です」

アリスの顔はニガウリを始めて食べた人間の顔にそっくりだった。

　　　　　　　　　　　　

　「それでは、次の方のノックの時間ですから、私はこちらで失礼いたしま

す。まあ、１０００回のうち２回は運も休みを取りますがね、そのくらいは

許容範囲でしょう」狐狸庵氏の黒縁メガネの中の細い目がますます細くなる

と同時に、アリスのモニターは真っ暗になった。

　　　

　上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.１
　
　もう１０年くらい前に書いた狐狸庵氏相談室シリーズを
今回復刻させました。

　雨ごいの成功者の話は実話です。どこかにそんな方がいたそうです。
ラジオで聞きました。降るまでやれば、雨ごい成功です。
成功人生のお手本はエジソンやスティーブ・ジョブズ他有名人だけでなく
成功するまでやれば、結果的には失敗にならないということですね。

p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２０年６月号です。

　　　　　　　　　　　

p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　

　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。

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（木村里紗子著/ダイヤモンド社　）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Amazon、書店で販売しています。なお、電子書籍もございます。

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