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リサコラム
連載716回
      本日のオードブル

ある嵐の晩に

第7話

「癒しをひとつ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ブラック
プールの
そばには
デッキ
チャアと
個室風に
仕切られた
デイベッドの
素敵な場所が
あります
しかし
お疲れのようですね
春から夏に向かう時期
体調管理が難しいですから
ストレスまで抱え込まないように。



 







        

 第7話 「癒しをひとつ」




 
「お客様、お客様、あの、恐れ入りますが…」


            


 私は優しく肩をゆすられて目が覚めた。私の顔の上には、白いキャップに

白いポロシャツ、白い短パンをはき、白いマスクをした男性スタッフの姿が

あった。


 「ああ、すみません。あの、つい、うたた寝してしまって…」

「いえ、いえ、こちらこそ、お休みのところを起こしてしまったようで申し訳

ございません。そろそろ、こちらのプールもクローズのお時間となりましたも

のですから」男性は20代から30代くらいの日焼けした少年ぽい顔にホスピ

タリティのある笑みを浮かべていた。「こちらこそ、遅くまでごめんなさい」

「いえ、いえ、とんでもないことでございます。もしもよろしければ、クラブ

ラウンジならお使いいただけますが。お飲み物やスナックもご用意いたしてお

ります」男性スタッフは丁寧に優しく、しかし、すらすらと答えた。終わりが

けの時間帯にも関わらず、ポロシャツにも白い短パンにも、きちんと折り目が

ついている。


            


 「いえ、もう十分、癒されましたから、帰ります」私は天蓋風に仕切られた

デイベッドから起き上がろうとして、ベッドの上の数個のクッションに体重を

乗せたが、どうしても起き上がれなかった。男性スタッフはすぐに私の手を取

って起き上がらせてくれた。「ああ、すみません。」私はそれほど、疲労困憊

しているのだろうか?きっとそうだろう。日ごろの疲れがオリのように私の足

先まで蓄積しているようだ。しかし、やっと起き上がったかと思うとまたよろ

けた。すぐにまたスタッフは私の介助をしてくれた。


            


 素足の裏にプールサイドの冷たく少しザラザラした感触を感じて、私はやっ

と夢遊病者から現実に戻った気分になった。しかし、プールの方に目をやれ

ば、私一人かと思ったブラックプールの中にはまだ泳いでいる女性がひとりい

る。きっと黒い競泳用の水着を着ているのだろう。腕と脚だけが異様に白く

見えた。


            


 「よろしければ、ラウンジにご案内もいたしますが」「いえいえ、結構よ。

それより帰りにひと泳ぎしていいかしら。それと今は何時かしら?」私は手に

持っていたスマートフォンを開いて時間を確認しようとしたら、彼はすぐに、

「午後10時15分前でございます。どうぞ、まだ15分ほどございますか

ら」と言った。「あら、もうそんな時間なのね」私は少しびっくりして、その

辺りに忘れ物はないか確認したが、ロッカールームのキーだけが私の持ち物だ

った。それは確かにスマートフォンのケースに入れたはずだから。忘れ物はな

いはずだ。私はすぐにバスローブの前を合わせると、プールの向こうの巨大な

ガラス窓に向かって、優雅なステップで歩いた。


 天井まで切られたおよそ5mはある窓から都心のダイナミックな夜景が眼下

に広がっている。しかも、今日は大雨、大嵐のため、ガラス窓に叩きつける風

雨でその灯りは霞み、揺れ動き、魅力的な風景を見せている。


           


 まだ15分は時間があるのよね、それに5分くらいなら多めに見てくれるは

ずだから。私は乾いた水着のままで帰るのが忍びなく、バスローブのポケット

を探ってキャップを取り出すと長い髪の毛を収めてぴっちりとかぶり、バスロ

ーブを近くのデッキチャアの上に放り投げて、ドボンと水に飛びんだ。水は程

よく温かく、なめらかで、私はすぐに魚になった。


            


 平泳ぎ、背泳ぎでゆっくりと水と戯れながら私は一度だけ行ったことのある

バリのリゾートのブラックプールを思い出していた。日が落ちる頃、プールの

周囲にキャンドルが点々と灯される。ゲストがそれぞれきらびやかなリゾート

の衣装に身を包んでディナータイムが始まるまで、私はずっとアメンボのよう

にブラックプールの水に浮かれていた。今はもう遠くなってしまったリゾート

のそのぞくぞくするくらいラグジュアリーな雰囲気を味わいたくて、今は、

同じ系列の近くのホテルのプールを私の唯一の癒しの場所にしている。しか

し、私はこのホテルのプールに大雨の日にだけ行くことにしている。


            


 大雨の理由は3つある。一つは、プールが込み合っていないこと。二つ目は

地上35階から街を見下ろすと、汚れたビル群が大雨で洗われてゆく、その清

浄な感覚がいいのだ。さらに、清められてゆく街を見下ろしながら静寂なプー

ルで水に浮かぶのは、極上の癒しそのものだ。そして3つ目の理由は自宅から

のしばしの逃避行。自宅で仕事をする私にとって、仕事と家事、家庭、夫から

切り離されることはとても難しい。サラリーマンになったことはないけれど、

いつもうらやましく思いながら仕事部屋の2階と1階を日に数十回も階段の上

り下りを繰り返す日々からの逃避が最大の理由なのだ。年に数回しかない大雨

の日くらい、こんな突然の贈り物をもらってもいいだろう。こんな時間がなけ

れば、私はとうてい生きていくことはできないと思うから。


            


 私はブラックプール中で10分ほど自由に泳いでようやく反対側に辿りつい

た。そしてようやく水から上がると、シャワーブースに向かい、頭から温かな

シャワーを浴びた。ミスト状のシャワーの水粒は細かく私の髪の毛をしっとり

と濡らし、私自身もきれいに洗われる。同時にビルも木々も道路もすべてが

きれいに洗われてゆく。それを高層ビルの静寂なプールから眺める。これこそ

私の癒しだから。


 きっと今頃、夫がきれいに掃除を終えた私の部屋が私の帰りを待っていてく

れているだろう。それはあくまで推測に過ぎないけれど。


            


 私は細かなシャワーの霧の下に身をゆだねながらこの永遠に終わって欲しく

ない夢見心地にずっと浸っていたいと思った。


 そこで私はまた肩を叩かれた。「あら、何か忘れ物してました?」私は夢見

心地の中で返事をした。しかし、今度の声はあのホスピタリティにあふれた声

ではなかった。

            


 「おい!雨が降り込んでいるじゃないか!」それは私の記憶によれば、耳慣

れた、ざらざらして、角があって、キンキンと金属音の響きを持つ音。ああ、

私の夫の声だ。私はあのブラックプールで陶酔していたのではなかったか?私

は愕然として、目が覚めた。


 私はその嵐の晩、3度目覚めた。1度目は白いカーテンで覆われたデイベッ

ドで、2度目はミストシャワーの下で。そして3度目はびしょぬれの自分の机

の上で。


            


 「忘れ物~?」またキンキンとした金属音が私の頭の上で響いた。


 「ええ、癒しをひとつね」私は精一杯のホスピタリティを込めて夫に答えた



   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 人を癒すお仕事に従事されている方をまずは癒したいです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年6月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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