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リサコラム
連載752回
      本日のオードブル

ホテル・ド・ルーヴル

第3話

「家出するひとり」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




静かな
ラウンジ
木目の書棚に
センスのいい本が
パラパラと並ぶソファに
座るのは、家出人ですか?
その奥は打ち合わせ場所にも
使えるデスクもあるようです
ウッディなブラインドと
不思議な形の観葉植物
スローミュージック
聞こえてきました



 







        

 第3話 「家出するひとり」




  玄関先で手を振るマダムにまた深々と頭を下げた後、ナミコは集合住宅、

ホテル・ド・ルーヴルを出た。石畳のアプローチに続く細い茂みのを抜けた

ところで、ナミコは振り返ってまたマダムに手を振った。その手にはマダム

からもらった『青猫の本』がしっかり握られていた。


            


 7人の住人と大家である先生のお世話をすることになったナミコは、

ナミコにとってのマリー・アントワネットのような素敵な部屋が明日から

住み込みの自分の部屋になるという信じがたい事実をかみしめていた。親切

だが不思議なマダムと、個性的に違いない芸術家集団の住人たちのお世話や

新生活に対する不安もあったが、その何倍もの期待感で不安は見事にかき消

されていた。


            


 ナミコは路地を抜け、
10分ほど歩いてバスターミナルでバスに乗った。

そして、
30分後には今のワンルームの部屋に戻っていた。


            


 「さて、一気に片付けて、ここを引き払わなくちゃ!」ナミコはわくわく

ドキドキする胸を時々、自分の手でとんとんと叩きながら準備を進めた。

洗濯機、冷蔵庫等の家電は元々マンションに設置されていたものだったた

め、最後に冷蔵庫に残った牛乳とパンをかき込むと、
2時間後、部屋には

袋のゴミ袋とスーツケース1個とナミコ自身だけが残った。元々ものを

持たないナミコではあったが、あの美しい部屋に新たに持ち込むべきもの

など何もない気がした。


             


 そしてごみを逃れたわずかな服と下着と本が入ったスーツケース
の上に

ドンと座ると、スマホを開いて、不動産会社に明日退去する旨を伝え、

電気、水道などの停止の連絡を終え、ほっと安堵のため息をついた。

そして、はたと、今晩、どこで寝ようかと考えた。


            


 「おふとんもシーツもごみに出したから、もう眠る場所だってないんだ!

どうしよう」しかし、そう思った途端、ナミコは新たな出発の前夜祭をしよ

うという気分になった。一生に何度あるかしれない新たな挑戦の前日、ちょ

っと贅沢をしても構わないような気分でホテルに泊まってみようと思った。

そう思うが早いか、ずっと憧れていた近くの新しいホテルにサイトから予約

をいれた。もう3年もそのホテルの前を毎日のように通過しながら、一度泊

まったみたいと思いつつも、ワンルーム住まいの自分には分不相応の気がし

て、サイトで素敵なホテルの画像を見ながら憧れだけを抱きしめていたの

に、こうも簡単に決心できるのかとナミコ自身、びっくりしていた。


            


 ナミコは予約を完了するとすぐにアパートを出た。5年住んだワンルーム

マンションなのに、なんの未練も感じていないことに今更ながら驚きなが

ら。それより、これから向かうホテルの部屋と、その先の優雅なマリー・

アントワネットの部屋を思うと、ジェットコースターに乗る前の興奮状態

を感じた。



            


 
ナミコはこれまでの人生で、大奮発の、クラブラウンジが使える部屋を

予約した。ユニットバスの壁にぺたりと張り付くベッドだけの無味乾燥な

部屋しか泊まったことのないナミコにとって、これは一大決心だったもの

の、憧れのホテルのフロントをスルーしてラウンジに案内された辺りから、

ナミコは余裕の表情に変わり、落ち着き払っている自分自身に驚いていた。


            


 部屋はシンプルな内装だったが寝心地のよさそうな大きな白いベッドが

真ん中に1台置かれ、窓からは街が一望できた。広いバスルームにはガラス

で仕切られたシャワーブースもあった。そのガラス棚の上には刺繍入りの白

いタオルと並んでかわいいバスジェルのボトルがセンスよく並んでいた。


            


 「近くなのに、もっと早く来ればよかった。引っ越し前のたった一泊なん

て、もったいなさすぎる~」ナミコはすぐに服を脱ぐとまずはシャワーを浴

びてさっぱりしてから、ささほどチェックインを済ませたラウンジに行って

みようと思った。そして陽が傾き始めた頃、ナミコはラウンジのガラスドア

を開けた。


            


 すぐにスタッフが「お帰りなさい」と声をかけ、ソファを勧め、飲み物を

聞いてきた。シャワーで汗を流したナミコの肌からほのかにジャスミンが

香る。

 「コーヒーを」「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」スタッフ

の女性は上機嫌の人が見せる余裕のあるふくよかで明るい声のトーンでコン

パクトに答えた。2,3分後、彼女はまたにこやかな笑顔で戻ってくると、

「まもなく、カクテルアワーが始まります。オードブルにワインなど、

ご自由にお楽しみくださいませ」と言うとまたにこやかに立ち去った。


            


 ナミコにとって、ビジネスホテルでさえ、めったに宿泊することがない

のに、さらに高級と名のつくホテルはこれが初めてだった。その上に選ばれ

た宿泊客専用のラウンジでくつろぐことなど、昨日までのナミコの人生に

おいては、もちろん想定外だった。


            


 ナミコはコーヒーを一口含んだ。こくのある高級な味わいに感じた。

無料でお茶もコーヒーも繊細なデザートもいただけるのに、モダンなセンス

でコーディネートされたラウンジにはナミコ以外だれもいない。30分ほど

経ってもまだ誰もラウンジを訪れる人はいなかった。その静けさの中で味わ

うからさらにおいしく感じるのかもしれないが、この特別感は今まで感じた

ことのない味となって、ナミコの舌と心を一気に満たした。


            


 ナミコはソファにぐっと背をもたせ掛けると、小さめのクッションをひと

つ膝の上に置いて、マダムにもらった、『青い猫の本』を開くとパラパラ

とページをめくった。そこには、教育の手引書的な部分は何もなかった。

しかし、ナミコの心つかんだのは、「時には家出しよう。一人暮らしでも」

という言葉だった。「これは家出になるのかな?」ナミコはうっすら目を閉

じて、これから先のことを想像した。次に、ここでおいしそうなオードブル

を頂いたら、部屋に戻って脚を伸ばしてお風呂に入ろう。小腹がすいたら、

ルームサービスを取ればいい。そしてあの大きな真っ白いベッドでゆっく

り眠ろう。そうして目が覚めたら、あの美しくも夢のようなお部屋が自分の

部屋になる。ナミコはぽうっと顔が赤らむのを感じた。


            


 こんなに幸せでいいのだろうか?35年の人生でこんな幸せなことはなか

ったような気がする。いや、絶対に、絶対になかった。



            


 ナミコは姉が転勤で新しい家に引っ越す前日、すべての荷物を引っ越し

トラックに預け終え、ホテルからメッセージを送って来た時の言葉を思い出

していた。「家はなし。今だけとっても幸せ」なんだかその気持ちがわかる

とナミコは思った。「この束の間のモラトリアム、家のない解放感。不要な

ものは今日、全部ごみに出した。ついさっきまでのナミコの住処だったワン

ルームの部屋には何もない。今の私の住所はこのホテル。背中には何も背負

わず、心配もない代わり、まとまった貯金すらないか!」ナミコはひとり

笑った。


            


 「時には家出しよう。一人暮らしでもか…今晩だけは自分の身ひとつ、

解放感に浸っていよう」ゆるやかに伸びるサックスのメロディーが洗いた

てのナミコの体にゆっくりしみこんでゆく



  



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 新築の豪邸にお引越しされたお客様から
「引っ越しの前の晩にコンビニでおにぎりとお味噌汁を買って
ホテルに泊まったのよ。なんかあの時が一番幸せだった」という
メールを頂いたことがありました。
もしかしたら身軽ということは幸せとイコールなのかもしれません。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年3月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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