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リサコラム
連載773回
      本日のオードブル

パリのアパルトマンの絵

第10話

「プルーストの回顧」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




早朝のパリの街
段々と明るさを増す街並は
中世のような面影を宿しています。
ガス灯のような街灯に
石造りの古い建物
でも、
やっぱり
これがあるから
パリはパリなんですよね。




 







        

 第10話 「プルーストの回顧」




  

 田舎の家を引き払ってパリのアパルトマンに持って来た唯一の物、

一枚の絵、それに関するミステリーに私はずっと翻弄され続けていたが、

長年の願望だった超長編小説「失われた時を求めて」を数十ページ読ん

だあたりで紅茶を一口、口に含んだその瞬間、自分でも笑ってしまう

のだが、その解がひらめきとともに真の姿を現したような気がしたのだ!


            


 しかし、さらに読み進めるうち、万里の長城のように坦々と長く緩慢な

その物語は非常にデリケートな心理描写がチェーンステッチのようにつな

がりとても読みづらいことに気が付いた。それでもなんとか我慢しながら

読み進めると、プルーストいうところの、プチットマドレーヌ現象だと思

ったそのひらめきはだんだんとその輪郭がぼやけてきてしまった。そして

1日の半分以上を費やして数日間で1冊の約3分の2を読み終えたところ

で、とうとう投げ出してしまった。


            


 
この物語の始まりの「スワン家の方へ」は「私」の少年時代の甘美で苦

しい思い出に、様々な暗喩、比喩が仕込まれた別の話が差し込まれながら

展開する。21世紀も5分の1以上終わった今、この細やかすぎる描写と

神経質な表現、ゆるすぎる展開を我慢して読み進められる若い人間が果た

してどのくらいいるのだろうか。私は率直にそう思った。いくらでも時間

のある私でさえ、この長編大作に挑む時間がもったいないと感じるのだか

ら。


            


 20世紀初頭のパリ、プルーストのいた時代は電話が普及し始め、

鉄道が走り、車へと進んだ。それでもまた馬車がコンコルド広場を走り

、ガス灯、ランプの19世紀の風物も残る時代。そんな風景を想像しなが

ら読みすすめるにはかなりの想像力を要するはずだから。フランス人と

いえども20世紀を代表する大作家の作品を、読破している人は少ない

かもしれないが、プルーストが実際に夏の間の避暑地に選んだ北のカブー

ルという町の海岸に建つグランドホテルには大作家の部屋が残されている

し、ホテルでも、カフェでも土産物店でもプチットマドレーヌとプルース

トの肖像画がセットで置いてある。もちろん、紅茶とプチットマドレーヌ

のティセットは、パリの至る所で味わえる。彼の遺産は観光資源、商売

道具として、あらゆる場所で引用され、観光に利用されているのだから文

句が言えない。


             

 
さらに、小説の舞台となっているコンブレーという田舎町は実際、

プルーストが子供時代を過ごしたイリエという町だが、今では逆に、

イリエ=コンブレーなどという小説の地名に改名されている。


             


 私はアンティークな家具を愛でる気持ちで、プルーストを読み進めは

したが、音声も画像も瞬時に世界中に配信できる時代になって、

「失われた時を求めて」の読破だけが私のライフワークでいいのかという

疑問が頭をもたげ始めた。と同時に、今、読まなければ、いつ読むのか

という思いもあり、私は本を置いたままで焦燥感に駆られた。


             


 私は誰かに相談したくなった。そこでまた、友人のアンリに会えない

かと電話をかけた。アンリはルーブルの近くのブラッスリーで、

「朝食を一緒にどうか?朝7時、今、その時間しか取れないだよ」と

予想外の返事をしてきた。私と同じく引退した彼に時間が取れないとは

どういう意味だろう?と思いはしたが、それなら、セーヌを眺めながら

ルーブルで朝の散歩でもしようと思った。


            


 
翌朝、まだ薄暗い時間に家を出て、ペール・ラシェーズの墓地の近く

迄歩いて行って、やっとタクシーを拾った。セーヌに出るころには西の空

はよどんだ水色になり、東の空は赤く燃え始めた。引退後すっかり朝寝坊

になっていた私は7月のパリの朝がこんなに早いことに驚きながら、

中世にタイムスリップしたような川の両側に広がる石造りの建物を眺め

つつ、いつしか観光客気分になっていた。


 シテ島に架かる橋、ポンヌフの前でタクシーを下りると、約束の時間

まで、まだ小一時間もあることだし、のんびり歩こうと決めた。


            


 ポンヌフを左岸から右岸へ渡り、ルーブルの脇をずっと歩いて、門を

抜け、美術館入り口のピラミッドのあたりまで来てから、朝日にきらめ

くガラスのピラミッドを、まだ行き交う人々もまばらな広場から眺めて

から、ゆっくりルーブルの門をくぐり出た。


            


 今では古臭いという人もいる薄汚れた石造りの建物も、プルーストが

社交界の寵児となっていた時代は、もっとぴかぴかの美しさだったろう。

当時は最新のビル、住居だったはずだ。そんなことを思いながら道路の

真ん中で立ち止まってオスマン様式の建物を眺め上げていた。


            


 3階のバルコニーは広く、ゴージャスなフェンスがあり、天井は明ら

かに高く、上に行くほど、貧しい人が住む部屋になるため、天井は低く

なる。父の莫大な遺産を受け継いだプルーストは執事や家政婦に守られ、

運転手付きで豪奢に暮らしていたはずだ。まだ、シルクハットの紳士と

ロングドレスの淑女がこの通りを闊歩していたはずだから、私の年齢では

彼はもうこの世にいなかったとはいえ、花の都パリを謳歌した幸せ者に

違いない。同じ田舎出身とはいえ、私とは天と地の差がある。


            


 しかし、どんなにパリの社交界で君臨しても、子供時代を過ごした田舎

の風景を懐かしく思う日々も多かったようだし、太陽降り注ぐビーチリ

ゾートにいても、夜から執筆を行うという、昼夜逆転の生活できっと

孤独感と焦燥感も感じていたはずだ。私はそんなプルーストの小説の

出だしから、リビングのあの絵はもしかするとプルーストが子供時代を過

ごしたイリエ=コンブレーにあるスワンの家から見た風景を描いたものな

のかもしれないとひらめいたのだ。Swannスワンという人名は英語で

スワン、白鳥という音と同じくなる。つまり、あの絵の中の白鳥の泳ぐ池

は、小説の中に出てくるスワンの家とプルーストの家を暗示したものでは

ないか?裕福なスワン家には池があったのだから、白鳥くらい泳いでいて

もおかしくない。私はそれをアンリに伝えたかったのだ。


            


 そんなことを思いながらぼんやり建物を眺めていた時、背後から甲高い

クラクションが鳴り、怒声が私の背中に投げかけられた。ゴミ収集車だっ

た。私は歩道に飛び移った。


            


 「この100年で世の中はこんなに大きく変わったんだよ、プルース

ト先生」私は心の中でプルーストに呼びかけた。「戦争、戦後復興、

植民地争い、都市化、コンピューター、テクノロジー、インターネット、

スマホ、SNS、格差拡大、地球温暖化、パンデミック…きっと大先生は

知らないだろう。宇宙旅行に行ける時代になっても、結局、人間はまだ

過去にこだわり、そして、過去がよかったと思う変な生き物なのだね」


            


 私は中世のような街並を歩きながらアンリにショートメールを送った。

「もし、まだ家を出ていなければ、今日はキャンセルさせて欲しい。

用は済んでしまったから。忙しい時に呼び出してほんとうに悪かった
。」




  




 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2021年より毎週水曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 「失われた時を求めて」を読んでいなくても
恥ずかしくはないとフランス語学科の学生の頃
先生に言われてました。
だって、フランス語研究をされている有名な先生でさえ、
読んでいないのですからと。
だから私ももちろん、読破していません。



p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2021年7月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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