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リサコラム
連載156回
本日のオードブル
リゾコの
ミステリアス紳士録
7.

美男子と純白のシーツ

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
17年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。
好きな作家は、夏目漱石、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
  「ほう、今はこれもありか!生まれるのが、100年
    早すぎたかな?」
              
 
      
  




リゾコのミステリアス紳士録

美男子と純白のシーツ



夜中にソファで目を覚ました。午前3時だった。テレビから懐かしいピアノの音

が聞こえてきた。『戦場のメリークリスマス』のようである。もしやと思い、見れば、

坂本龍一が『爆笑問題 ニッポンの教養』という番組にゲストで出ているではな

いか。これは稀有のことである。私の目は一気に覚めた。“世界のサカモト”のノ

ートパソコンには自身で集めた1万3000曲もが入っているという。すべては彼の

琴線に触れる曲がコレクションされているらしい。司会の太田君は好きなアーテ

ィストにサザン・オールスターズがあるが、『サザンの音楽を、坂本さんはどう思

います?』と聞いた。それに対し、『もちろん顔見知りではあるが、彼の音楽はよ

くわからない』と坂本氏は答えた。その理由を吟味していると、彼の口からキーワ

ードが出てきた。彼は音楽を聴くときに歌詞がほとんど耳に入ってこないという。



 『それは記号として入ってくるから全部、音としてとらえるんです』だから関心の

ない他の記号は全く入ってこないのだという。“なるほど、記号か!”と私はテレビ

の前で合点がいった。自分の受け取る記号がすべて母音で始まるものであると

か、そうでないとか、そんな受け取る側の記号に符号する、あるいはグループに

入るものしか、人間は受け止められないものなのかもと思ったのであった。そこに

好き嫌い、関心のあるなしが発生するのだろうかと真夜中にひとつの真理を見つ

けたラッキーな目覚めであった。

 さて、今日もリゾコはどんな記号でもって、また感想文を披露してくれるのであ

ろうか?



            


こんにちは、リゾコでございます。人間が記号としていろんな事象を受けとって

いるというのは大変わかりやすく興味深いことですね。そう考えると、キャッチして

も真意を解読できずに、ずっと暗号のまま“コトバ”として残っている記号がたくさ

んあるような気がしますね。そういう意味で言えば、わたしは長年気になってい

るコトバが一つあるのです。


 高校1年生の夏休みに、太宰の作品を1つ選んでその感想文を書くという宿

題がありました。すぐに『晩年』、『人間失格』、『斜陽』を思い浮かべました。今も

そうですが、青春時代に必ずと言っていいほど読まれる太宰は、当然好き嫌い

が大きく分かれるらしく、わたしはもちろん、好きなほうでした。家の書棚にあった

太宰の作品の主だったものはすでに読んでいたので、一気に気分は高揚しまし

た。しかし太宰の作品の解説書にはおなじみの難しい漢語やイデオロギーがたく

さん並びます。マルキシズム、虚無主義、自己破壊、デカダン、道化。それが嫌

なら、『お伽草紙』、『ヴィヨンの妻』、『富岳百景』、『女生徒』なんかも面白いよ

と先生は言いました。悩んだ末、デカダンとか、自己破壊とかのおどろおどろしい

コトバを並べて『斜陽』の感想文を書いたことを覚えています。そこで今日はわた

し自身の反省も含めて新たに読み直した太宰治の作品をからめて、手紙文をし

たためることにします。今は太宰のことを 若者向けには“ダザイ”というそうです。



                



 『ダザイさん、わたしは高校時代からあなたの作品のほとんどを1回以上は読

みましたが、もちろん、その世界を真に理解するには至っていません。しかし、あ

なたの文章は生きざまとともにすべてがカッコイイです。6月19日のあなたの誕

生日であり命日の桜桃忌には、今でも墓前にあなたの愛好者がたくさん集いま

す。ダザイさんのことを語るとき、自殺未遂、心中事件と合わせてあなたの特異

な生い立ちを抜きには語れません。青森の大地主の10番目に生まれたあなた

は、乳母始め、たくさんの使用人たちに囲まれて王子様のような幼児、青年期

を過ごされましたね。紋章の入った、きっとうるし塗りでしょうか、黒塗りの馬車で

学校へ送り迎えもされたというのには驚きです。さらに東京で大半のときを過ごさ

れた地元の名士のお父上は代議士ですが、その少年時代にお父上を亡くされ

ていますね。だから実の両親から受けた愛情は薄かったと思われます。今の

時代には、その背景がよく理解できない部分もありますが、『斜陽』の中に登場

するあなたの分身でもある、直治は“貴族として”自殺を遂げました。またあなた

は、『美男子と煙草』の中で、地下道の浮浪者と一緒に写真を撮らされましたが

その写真を見たあなたの奥さんは、あなたと浮浪者を見間違えたそうですね。

最後の貴族の家に生まれたあなたは、そうは書かれていないものの、その実、

大変ショックだったろうと思っています。あなたはその身分に対する疑問から非

合法政治運動に傾倒し、挫折し、麻薬、酒びたりになりながらも作品を書き続け

そして自己破壊の究極の形として自殺未遂、最期は心中で命を絶ちました。 



             



 ダザイさんは、『私の人生の大半は、やけ酒の歴史』だといわれました。そんな

あなたの半生を語るとき、“デカダン”という言葉が使われます。解説には、“退

廃的、虚無的、刹那的な感情に身を任せて生活すること”、とあります。そこに

は不衛生な匂いも漂ってきます。でも今は、そんな状況などあまり苦労なく見つ

けることができます。街には浮浪者も、お酒に酔ったわけでもなく道に座り込んだ

やる気のなさそうな若者も、ネットカフェ難民もたくさんいます。麻薬さえも、やる

せないかな、低年齢化の一途をたどっているそうです。

それをデカダンというのでしょうか?あなたの時代はデカダンにはあなたの嫌

った“思想的な定義”も加味されていたような気がしますが、今は、そこに思想

は見当たりません。わたしは到底わかるはずのない “デカダン”という記号のよう

な魅惑的な”コトバ”が長い間、気になっていました。戦争中、家を焼かれて2

度も罹災、さらに転々とし勘当同然の津軽の実家に身を寄せざるを得なかった

ダザイさんのそんな時代とはあまりに今は違い過ぎます。が、その激動の時代に

書かれた多くの作品を読むとさまざまな顔を持つ複雑な人生パズルが見えてき

ます。そしてその中にはデカダンというパズルの数片が、がっちり組み込まれてい

るんですね。でも、その思想を帯びた“デカダン”は、ダザイさんやその時代の知

識人たちだけのものなのでしょうか?今のこの幸せな時代の、お酒にも弱いわた

しにはその甘美な世界は味わえないものでしょうか?さらにダザイさんがもしお

酒もタバコも受け付けない体質だったら、デカダンはどうなっていたでしょうか?



                



 そのヒントをわたしはダザイさんの文章の中に見つけているのです。あなたは

『秩序ある生活とアルコールやニコチンを抜いた清潔なからだを純白のシーツに

横たえる事をいつも念願にしていながら薄汚い泥酔者として場末の露地をうろつ

きまわっていた』と『十五年間』に一行、さらっと書かれています。わたしはそれ

をずっと考えていました。ダザイさんも、清潔なからだを純白のシーツに横たえる

夢を見ていたのですね。“不衛生な退廃的快楽”の対極として“純白のシーツに

身を横たえる快楽”を捕らえるならば、プラス、マイナスの対極にあるという意味

で後者もデカダンではないかな?と思うのです。アルコールやニコチンを抜いた

清潔なからだを、時にはメンズエステで磨き、毎日高級ホテルみたいな部屋の

純白なシーツを求めて徘徊するなんて、美男子のダザイさんには、お似合いだ

と思うのですが。だからわたしたち小市民にもそんなデカダンがあったらだめでし

ょうか?デカダンという記号にそんな清潔な快楽のイメージと実像を加えてもい

いとしたら、わたしはそんな“端正なデカダン
がとても好きです」




            




 P.S. 休みの日に『斜陽』と、『グッド・バイ』、『晩年』を読みました。
    
    下は、『晩年』の有名な出だしです。


  『死のうと思った。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉として

である。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこまれていた。

これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った』



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