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リサコラム
連載167回
本日のオードブル
華麗なる贋作人生 第6回


シャーロック・ホームズの
冒険
1.


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
      
     「ワトソン君、僕らの出番がやっときたようだよ」                    
 
      
  






シャーロック・ホームズの冒険1.






それは2004年のクリスマスまであと2週間ほどという寒い金曜の晩だった。

私は不本意にも3回目の離婚をした後だった。その心の深い溝を癒すためか、

足は自然に、独身時代ホームズとシェアした彼と私の古巣へと向かうのだった。

ホームズの並外れた頭脳が難事件を解決してゆくスリルこそが、しばし、私の憂

鬱を忘れさせてくれるからだったに違いない。



 部屋の暖炉の中に薪を放り投げると、私は今日も昨日とさほど変わらない平凡

なニュースを読むべく新聞を広げていた。シャーロック・ホームズはといえば、こ

のところ、刺激的な事件がないようで、すでに2時間も前から一言もしゃべらず、

ブライヤーのパイプをくわえたまま寝椅子で瞑想にふけっている。その様子はま

るで余計な情報に天賦の才を浪費させないためのようである。しかし、時には口

の中でぶつぶつつぶやきながら、部屋の中を果てしなくうろうろと歩き回ることも

ある。また、早朝から部屋の中で奇怪な煙を放つ化学実験をすることもある。き

っと彼を知らない人が見たら、精神に異常をきたしているとしか、思えないであろ

う。




                



 「インフルエンザの相棒もそろそろ治りそうなのかい?」寝椅子の男は、背後の

わたしの方に振り向きもせず、唐突にこう質問した。「えっ、どうして相棒がインフ

ルエンザだとわかったんだ?」いつものことながらも私は驚きを隠せずにいると、「

種明かしをすれば、君はいつも、なあんだ、そんなことかというに決まっているさ」

と言いながらも、私の方にからだを向け直し、当惑した私に推理の道筋を話し

始めた。「まず、君のケイタイはめったに鳴らない。なぜなら、常に電池切れだか

らだ。さらにわたしの曽祖父の兄のマイクロフト(注1)と同じように、君の行動半

径は限られている。仕事を終えると、まっすぐに職場の隣りのビリヤード場に行く。

そこにはきっと相棒がいるはずだ。君はそいつといつも1時間勝負をする。その後

この部屋にやってくるという日課さ。なのに今週はずっと、いつもより30分も早くこ

こにやってきている。つまり相棒がいなくなって、ビリヤードもさほど面白くないとい

うことじゃないのかね。しかし、その相棒が引越したとか、もうビリヤード場に来なく

なったわけではないことは確かだ。さっき、君がケイタイに電源をつないだことが

それを示している。離婚したばかりの君の相手をしてくれそうなヤツは、今、君の

目の前にいる僕とビリヤードの相手を除いてあるまいからね。つまり、彼は流行の

インフルエンザにかかっていると考えるのが、妥当だろう」「そうか、実に単純明

快じゃないか!」私は“ほら、言わんことじゃない!”という大きな身振りをするだ

ろう男に向けて、思わず叫んだ。



 そう、目の前にいる男こそ、19世紀ロンドンで活躍した名探偵シャーロック・ホ

ームズを曽祖父にもつ男である。著作権が失効したため、彼は同じ名前を名乗

ることに決めたらしい。



            



 「この世は、今夜のどんよりと曇った空のように、たいくつ極まりないね。ニュー

スも新聞も精彩を欠いた事件を、さも大事件のように取り上げるばかりだし」。彼

は曽祖父のホームズのDNAを確実に受け継いでいる。精神は常に難事件を欲

しているのである。それも解読不可能な暗号や機密文書の漏洩怪事件、緻密

に練られた銀行強盗に美術品強盗など。彼が曽祖父ホームズと違っているの

は、コカインがもう簡単に手に入る時代ではなくなったので、細い腕に注射針を

押し当てることがなくなったことと、毎日洗いたてのスリッパを履くことだろうか。


 私はぼんやりと外を眺めた。クリスマスを告げるキャンドルの光は、離婚後のお

ひとりさまの私の心を癒す効果が確かにあるようだ。見れば、私たちの家の前で

大きめなボストンバッグを提げた男性がひとり、今まさにタクシーを降りようとして

いた。「ホームズ、依頼人がやってくるようだよ。かなり切羽詰まっているようだ」

「ああ、さっき、ハドソン婦人(注2)からメールが来たよ。しかし、彼女の曽祖母の

時代は、銀の盆に電報やメッセージを書いたメモを載せて持ってきたものなのに

今じゃ、2階に上がってくるのさえおっくうがって、ケイタイメールで連絡する始末

だぜ。気分も何もあったもんじゃないよ!」



           



 そのうち、階段を上る足音が聞こえたと思うと、丁重にドアをノックする音が聞こ

えた。「ああ、ワトソン君、そこにいてくれ給え」わたしが立ち去ろうとすると、ホー

ムズは私の腕を軽くつかんだ。「久しぶりに面白い話が聞けそうだよ」入って来た

男は年のころ30代前半。浅黒い肌にモスグリーンのタートルと上等なカジュアル

ジャケットを腕にかけている。手に持った大振りなボストンバッグとセカンドバッグ

を床におろすと、私たちを交互に見つめ「あなたがホームズ先生ですね、かの有

名な」と私に向かって言葉を発した。当のホームズは、ピーナツ村のチャーリー・

ブラウンがよくやるように「やれやれ」という身振りすると、客に椅子を勧めた。

 「いえ、いえ、ホームズはこちら。私は、はじめまして、ワトソンと申します」「ああ

これはとんだ失礼を致しました。Dr.ワトソン。そして、ホームズ先生。なにせ人

生、こんな羽目になるなんて、昨日までの私には考えもつかなったことなんです

から。失礼ながら、ホームズ先生の物語も読んではおりませんし、ただ、婚約者

の彼女が大のホームズファンでして、それでさっき、はたと思いついたという次第

なのです」「そりゃあ、さぞ、お疲れのことでしょう。熱帯の国からこんな寒い日に

帰ってこられたばかりで。それでその婚約者が見つからないんですね」。依頼人

の表情には驚きと安堵の表情が浮かんだ。「さすが、ホームズ先生!うわさには

聞いておりましたが、いったいどうして、そこまでお見通しなのですか?しかも私

が今朝、暑い国から帰国したばかりだと。私にはとんと見当もつきません
」「種

明かしをすれば単純なことで、きっとあなたは、なんだ、そんなことかと思われる

ことでしょうけど」男は、わくわくしながら、ホームズを見つめ、ホームズはといえば

曽祖父の身振りを忠実に継承して、両手を軽く指先だけ付き合せ、鋭い視線を

彼に注いだ。「その大きなボストンバッグには彼女へのお土産が詰まっていること

でしょう。きっとマーライオンチョコレートにマーライオンクッキーなんかがね」彼は

はっとして、ボストンバッグを開くと、中から、マーライオンの写真が印刷された菓

子折りを取りだし、さっとホームズの方に指し出した。「いえ、お気づかいはご不

要です。それより、相談料と成功報酬をお支払いいただければ、それで結構で

す」「もちろんですとも。帰り次第、すぐにネットバンキングで振り込ませていただき

ます。もちろん、成功報酬はその10倍以上をお支払いいたします」

 「結構です。それでは、あなたのそのボストンバッグですが、ラッフッルズクラス

(シンガポール航空のビジネスクラスの呼び名)のタグがついたままです。つまりあ

なたは今日、シンガポールから帰国されたばかりだと言っているようなものです。

さらに、かなり日焼けしたお顔は、赴任先がその地で、短期間の旅行者ではな

いことを示しています。あなたはこちらにいらっしゃるとき、婚約者の話をされまし

たが、なぜ帰国されたばかりで、婚約者の元を訪れずに、私の元に駆け込んで

おいでなのかちょっと勘を働かせれば、すぐに分かることです。ポアロ氏ならそれ

をあたかも高尚なことのごとく演説するでしょうがね。つまりあなたは、婚約者が

失踪したため方々尋ね回って、一日を費やしておられたということでしょう」

 「お見事です。ホームズ先生、それで安心しました。どうかよろしくお願い致し

ます」「もちろん。ご安心なさい。探し出してお見せしましょう、来週までにね」。 

                                         つづく
  



          



注1マイクロフト=マイクロフト・ホームズ

シャーロック・ホームズの実の兄で、7歳年上。政府のある省の重要な任務を仕

事としているらしいけれど、詳細は明らかにされていない。つねに、行動半径は

決まっていて、同じ場所を巡回するような日々を送っている。ホームズによれば

自分より観察力、推理力は優れていると思っている。時々、一緒に仕事をする

ことがある。


注2ハドソン夫人

ホームズの下宿の女主人。その当時は、掃除、洗濯、食事の世話、ホームズの

元にやって来る訪問者の受付のような役割も担っていて、ホームズは常に畏怖

の念を持っていた。また、彼女の作る料理にも満足していた。



P.S.
 
ケーブルテレビAXNミステリーチャンネルで、『シャーロック・ホームズの冒険』を

数多くやっています。Dr.ワトソンと私が勤務するショップ名マダム・ワトソンとは

残念ながら、無関係です。




              


つづきは、また来週のお楽しみに。

                                    Risaco











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