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リサコラム
連載168回
本日のオードブル
華麗なる贋作人生 第7回


シャーロック・ホームズの
冒険
2.


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
          
 「ホームズ先生!これは、この、みどり色の生き物は一体!
   これが来週の予告なんですか?」                    
 
      
  







シャーロック・ホームズの冒険2.






 「たばこの煙は嫌いではありませんね?」ホームズは肘掛椅子に腰を下ろすと

依頼人のA氏にからだを向け、その返事を聞く前に細長い柄のついたパイプを

ふかし始めた。「ええ、もちろんですとも」「よろしい。では、詳しく聞かせてもらい

ましょう」「ホームズ先生、婚約者の彼女が事件に巻き込まれているなんて考え

られるでしょうか?」A氏は不安を押さえきれない様子で切り出した。この部屋を

訪れる依頼人はほとんどすべて、感情の高ぶりにわが身を抑えきれず、時には

興奮の余り、気を失うものもいる。100年前、ビクトリア朝の曽祖父の時代には、

上等なブランディを気付け薬の代わりに飲ませ、暖炉のそばの長椅子に寝かせ

るのが常だった。今はそんな優雅な経費はかけなくなった。すぐに救急車を呼

ぶ。「まま、落ち着いて、もっと順に話してください」。ホームズは依頼人の方に

射るような鋭い視線を投げると、身を乗り出した。「もう、一体、何がどうなったの

か、何の連絡もなしに、いったい彼女はどこに行ったのやら、まったく見当もつき

ません!よっぽど警察に届けようかとも思ったんですが、先ほどもお話しましたよ

うに、彼女がよく、あなたの曽祖父のシャーロック・ホームズ氏の話をしていたも

のですから、これは、あなたに思い切ってご相談するしかないと思ったわけです」




             




 「それで?先を続けてください」。ホームズは両手の指先の先端だけ突き合わ

せると、夢想するような目になった。「彼女とはすでに5年余りの付き合いです。

2年前私がシンガポールに赴任することに決まった時、正式に婚約をしました。

2年後帰国したら結婚することにしたのです。その任期も今年で終わりです。で

すから、来年は晴れて式も挙げられるように準備万端進行していたわけなので

す。ところが急遽、先週のことですが、2週間早く帰ることができるようになりまし

た。つまり、クリスマスを彼女と一緒に過ごせることになったのです。私には願っ

てもないことで当然すぐに彼女に連絡を取り、もちろん彼女も一緒に喜びました。

しかし今朝、空港に到着してすぐに彼女の職場に電話すると、おとといから休み

を取っているというのです。不思議に思って、もちろんすぐに彼女のケイタイにか

けましたが、それが今まで、まったく通じないのです」。彼は絶望した人間がする

ように、顔を両手でおおうと、言葉をつまらせた。顔色はさらに青ざめてきた。「さ

あ、落ち着いて先を続けて」「つい、2日前まで連絡を取り合っていたんですよ。

今日戻ってくる時間も、もちろん承知のはずです」「彼女にどこか変わったところ

は感じられなかったのですか?」「いえ、そんな、まったくです!何にも、おかしな

ところなど私には感じられませんでした」「ふ~ん、それであなたはどうしました

?」「急いで彼女のマンションに行ってみました。管理人の中年の女性はうさん

臭い顔で私を見るなり、彼女がどこにいったかは聞いていないし、わたし宛の伝

言ももちろんないと、つっけんどんに言いました。だから許可なく部屋に通すこと

もできないと。まあ、当然予想はしていました。しかし、彼女の郵便箱は2、3日

前からとは思えないくらいたくさんのチラシやDMなんかが貯まったままだったの

です。私はとても不思議に思いました。さらに管理人は、彼女の部屋にはここ2

週間前からいろんな人が出入りするから、不審に思っていたのだと、そんなこと

を言うのです。ぜんぜんそんな話なんて、彼女とのあいだでは出もしませんした

から、私には、全部がわけのわからないことだらけです。もちろん、今朝からずっ

とかけ続けていますが、ケイタイはつながらないし、もしかしたら、どこかに監禁さ

れているのかもと。そんなよからぬことまで想像してしまいます。おとといまでは楽

しげに話しもしましたし、最後に受け取ったメールもここに、」A氏は、プリントアウ

トした紙をホームズに手渡した。ホームズは差し出された紙にすばやく目を通す

と、無言でA氏に返した。「わたしの今まで扱った事件で失踪事件は数多くあり

ます。花嫁失踪事件、花婿失踪事件などなど。しかしどれも、始まりはごく些細

なことで、しかしふたを開けてみれば、大事件につながっていたこともしばしばで

す。まあ、ここ数日が見極め時でしょう。とにかく慎重に行動してください。変わっ

たことがあれば、すぐに連絡をください」。ホームズは、青ざめたA氏に向かって、

立ち上がると、くるりと背を向け、「さあ、もうお引取りを。きっと明後日には何らか

のご報告ができるでしょう」とA氏に後ろ手でドアの方を指し示した。「えっ、何か

手掛かりがつかめたのでしたら、今すぐ、教えていただけませんか?」「今はなん

とも申し上げられません。とりあえず、今夜はお引取りを。そしてゆっくりお休みな

さい」。ホームズは私にA氏をドアまで送れと、目配せをした。A氏はわけがわか

らないといった動作をすると、大きくひとつため息つき、私に背中を押されると、と

ぼとぼとドアの外へ出た。





               




 「ホームズ、ちょっと冷たすぎるんじゃないか?」「彼女にはきっとわけがあるに

違いない。まだ断言はできないが、事件に巻き込まれているというより、自ら身を

隠しているように僕には思える」「そんなことが、あのメールに書かれていたわけ

じゃなかろう、ホームズ?」「いや、いたって簡潔なものさ」『どうか気をつけて帰

国してください。わたしの方は大丈夫です。それでは、会える日を心待ちにして

おります。取り急ぎ B子』「それだけかい?」「ああ、そうとも」「ホームズ、君はそ

れで手掛かりがつかめたというのか!」「まだ推理の域を出ないがね。ワトソン、

それじゃ明後日、夕食の席に彼を呼んで真相を語ろうじゃないか!」「それまで

わたしはどうしたらいいか?」「いや、君は今のところ、何もすることはないだろう。

本業の仕事に専念してくれまえ。クリスマスも近いし、プレゼントも買いにゆかなく

ちゃならないだろう。今夜は冷え込んでいるようだよ。年末最初の雪になるかも

知れないね」。



 私はホームズの習性をよく知り尽くしているつもりだが、今日の今日はまったく

何を考えているのやら、見当もつかなかった。まるで霧の中をさまよい歩いて

いるようだった。100年前、私の曽祖父がよく引用していた、ガス灯に煙るロンド

ンの石畳の道にどろりと覆いつくしていた黄色い霧の中を歩くように。先が見えな

い展開に、A氏には申し訳ないが、明るい夜道を運転しながらも、ミステリアス

な興味に駆られ、私は久しぶりに、心躍る気分だった。





                




 翌々日の午後7時、インフルエンザから復帰した相棒と私は小1時間ビリヤード

に憂さを忘れ、それからまっすぐにホームズの下宿に向かった。一気に階段を

駆け上がり、ドアを開けると、ホームズは新たな事件をかかえているようで、私の

足音にも気づかずに、一心にパソコンに向かって資料を探し出しているようだっ

た。「ビリヤードの相棒君は、離婚の傷を癒すに有効と見えるね」ホームズがやっ

と口を開いた。「ああ、今日は1週間ぶりに楽しかったよ」「それでどうだ、ホーム

ズ、事件は解決したのかい?」「まあね。8割がたというところかな。さて、途方に

くれている婚約者もそろそろやってくるだろう。おそらく約束の時間より30分も早く

ね」。A氏がやってくる足音が聞こえたのはそれから数分の後だった。「人はその

足音でその心情を推し量ることができる」「人生に希望を見いだせない人間の足

音と不安を抱える人間の足音は区別がつくものさ。さて、さて、面白くなってきた

ぞ」。ホームズはドアの前で手をこすり合わせた。





               





では、また来週、ホームズの冒険は続きます。お楽しみに。




                                    Risaco















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