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リサコラム
連載173回
本日のオードブル
華麗なる贋作人生第12回


不美人草


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
          
  「藤尾様、クレオパトラの紫のお部屋を作ってみました。
  天蓋は、うるしを使い、ベルベットの紫のベッドカヴァーに、
  絹の手織り絨毯でございます」
 
      
  





不美人草





 正月の元日の朝を元旦という。紅(くれない)を睦月(むつき)に包

む昼たけなわなるに、花紋様を写した絹の窓掛け
(カーテン)を左に見

て、静かなる寝室景色の中、普通の女は肘掛椅子に腰掛けている。大

輪の椿を中心にあしらわれた一枚の窓掛け
(フラットカーテン)は、艶

(
あで)やかなること、絹織り物のごとし。聞けば、その花文様を描き

し絵師はイギリス人なりと。静かなる昼を、静かに栞を抽
()いて

軽やかなる新書大の1巻を女は膝の上に読んでいる。置いた円柱クッ

ションを肘の休めに、その書は明治の文豪、夏目漱石の書であろう。



     



 朱色の布に漢文を染め抜いた装丁は漱石の自筆によるものらしい。

表題(タイトル)をして『虞美人草』(ぐびじんそう)と読める。




            



 かれこれ小1時間も経とうかというところ、帯の息苦しささえ、感

じさせぬ振りをして、女は次々に頁をめくる。常日頃、ナイロン製の

黒き外套に身を包み、薄化粧さえ見当たらぬ顔に、今日ばかりはフア

ンデーションに粉おしろいにと塗り重ねたる皮膚の表面に、やや濃き

眉を長々と実物よりも1.5倍の長きに描き足して、さらには目の周

りには黒き二(ふた)筋、三(み)筋の線も書き入れられた。よって

両の目は普段の2倍近くに拡大された。工夫を凝らした髪型は大晦日


(
おおみそか)の早朝より若き美容師が整髪(セット)したものである。

悪戯(いたずら)に長きまばらな髪は、束ね、ねじり上げられ、ヘア

ピンにて留め付けられ、持ち上げた後のうなじには、螺旋
(カール)

つけて子馬の尻尾(ポニーテール)に仕上げた。洋服にはやや大げさ

なるこの髪の形にて夜半までに仕事を片付けた後は、髪の乱れを嫌い

大晦日の一晩は眠るわけにはゆくまいと、肘掛椅子に腰掛けうつら

うつらとしながら元旦を迎えたその昼である。



                  



 女は時折、傍(かたわ)らの茶碗を抱えては珈琲をすする。手に軽

やかな重さを知らせる茶碗は、約100年前の有田の洋食器の復刻版

という。明治初期の有田では、ウイーン万国博覧会出展の要請を政府

より受け、特需に沸いていた。色絵草花文の麗(うるわ)しき洋食器

の一揃いは、現在佐賀の旧鍋島藩の下(もと)に所蔵されているとい

う。有田、伊万里の洋食器産業はウイーン万博での成功を機に短くも

(はかない)悲劇の隆盛を極めた時代であった。マイセンにも比す

るほどの優美な洋食器が、明治の日本からヨーロッパへ輸出されてい

たという、そんな時代考証のつもりであろうか、女はこの茶碗をこの

元日の午後に特別に選んだ。




      



 危うきを美に託された、猫舌
(ラング・ド・シャ)の、ごく薄き受皿

(
ソーサー)の片隅を抱え、普通の女は美しき“我の女”藤尾と彼女を

囲む五人の男女の物語を読む。藤尾とは漱石の『虞美人草』の主人公

である。明治の文明開化により、西洋文化をいち早く取り入れたアー

ル・ヌーヴォー風の調度品が並ぶ室内装飾
(インテリア)は、流麗な美

文調により、綴られ、その室内景色を明らかにする。洋行先で亡くな

ったという藤尾の父がヨーロッパから取り寄せたものである。天井か

ら切られたフランス窓から差し込む光は、金銀、黄、赤、緑と重厚な

背表紙を見せて並ぶ書棚と、繊細な細工が施された美麗なライティン

グビューローを照らし出す。アール・ヌーヴォー風でありながら、バ

ロック調の伝統的な美をも湛える知的書斎と自らの美を武器に、イン

テリのエリート小野さんを婚約者から奪い取り養子に迎えんともくろ

む藤尾と、その母を主題に物語は展開する。藤尾は高貴なるプライド

を色で表す紫の着物を着ている。藤尾の紫の長き袖が振るわれる時、

『ぷんとクレオパトラのにおいがした』。藤尾はまた、その独善の美

しさを称して別名“クレオパトラ”と呼ばれる女である。




            



 『我の女は顎(あご)で相図すれば、すぐ来るものを喜ぶ。小野さん

はすぐ来るのみならず、来る時は必ず詩歌の璧(たま)を懐
(ふとこ

)に抱いて来る。夢にだにわれを弄ぶの意思なくして、満腔(まんこ

)の誠を捧げてわが玩具となるを栄誉と思う。 唯々(いい)として

来るべきはずの小野さんが四、五日見えぬ。藤尾は薄き粧
(よそお)

を日ごとにし我の角を鏡の裡
(うち)に隠していた。-藤尾は俯向(うつ

)きながら下唇を噛んだ」。



                   



 正三角定規を2つ合わせると正方形になるごとく、三角関係を結ぶ

6人の男女のうち、2つの角である、藤尾と宗近君は、はじき出され

る運命を担う。芝居がかった結末は最後の数頁で一気に収束する。宗

近君はロンドンに赴き、藤尾は小野さんに小夜子という未来の妻を目

の前で紹介される。“クレオパトラ藤尾”の怒りは、紫色の炎を燃や

し尽くしてショック死を遂げる。




             



 美しき我の女の結末が面白いのではない。あるいはまた、我の女と

「真面目」な人間たちの勧善懲悪の推移(ストーリー)を面白がるも

のでもない。その時代意匠に工夫を凝らした室内装飾
(インテリア)

中で、バロック調の美文体を読むのが愉快なのだ。「漱石の文体はこ

んな部屋で読むのに限る」女はそう思った。





                




 『華麗なる贋作人生』は、次回まで続きます。では、また来週金曜日まで、

ご機嫌よろしゅう。



                                      木村里紗子

 


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