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リサコラム
連載174回
本日のオードブル
華麗なる贋作人生第12回


あれから


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに1990年より勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
  「上弦の月だねぇ」
 
           「今日は新月さ。願いごとが叶うらしい」
 
      
  





あれから




 “アンニュイ”とは、退屈で不安な感じとか憂鬱とか申しますよう

です。私には幸か不幸か、とんと縁のないことでございまして、しか

し先生はよく“アンニュイ”だと仰
(おっ)しゃるのです。なに、先生

と申しましても先生は学校の先生ではなく、ご職業も特にはなく30

歳の独身(おひとりさま)でございます。書斎の安楽椅子で庭を眺め

ながら、日がな一日読書をなさるか、お散歩をなさるか、芝居を観に

行かれるか、そんなような日常でございます。時にはシルクハットを

被って園遊会にお出かけになることもございます。まあ、それがお仕

事のようなものですな。それもお父上の財産のおかげで優雅な読書の

日々をお暮らしになられておられるといえばお分かりでしょうか。

先生のような学歴の高い遊び人のことを“高等遊民”などと言う方も

あるようですな。先生のお父上のお屋敷は、それは豪奢なものでござ

います。白い卓布(テーブルクロース)にて、肉刀(ナイフ)と肉匙

(フォーク)で西洋料理店のようにお食事をなさるのですから。アー

ル・ヌーボーというものでしょうか、ヨーロッパのハイカラな文化が

一気にやって参りました20世紀も始めでございます。つまり100

年以上も前のお話ですが、何とも優美で羨ましいご身分でございまし

ょう。ですから、私から見れば、毎日優雅に書物を読んでおられる先

生が、どうして憂鬱なのかわかないのでございます。




               



 おっと、自己紹介を忘れておりましたな。私の名前は門野と申しま

して、つまり私は書生といいますか、そう、書生なんて居候(いそう

ろう)はあなた様の21世紀には存在もしませんですな。私が先生と

呼んでおりますご主人さまはお名前を「代助」様といいます。左様、

かの漱石先生がお書きになった『それから』という恋愛物語の主人公

がご主人様なんでございます。小説はお読みになられない方でも、今

は亡き松田優作さんと藤谷美和子さんの映画をご覧になられた方は多

いのではないでしょうか。あれは良い映画でございましたな。藤谷美

和子さんのおっとりと湿り気を含んだ話し方なんぞ、美千代さんに生

き写しでございました。松田優作さんも体格は言うまでもなく、飄々

(ひょうひょう)としていながら堅物な感じがよく似ておいでした。




              



 先生は私のことを、要領を得ない愚か者のように思われておられま

すが、昔から愚か者ほど道理をわきまえた人間はいないと申します。

先生はあんまり頭がよろしいものですから、自ら好んで道理に外れた

(いばら)の回り道を選択なさるのでしょう。そもそも、先生は思い

を寄せた女の人を親友の平岡さんに譲り、自らお二人の結婚を周旋な

さったのがこの不幸の始まりと申しましょうか
。お相手の女の方は

先程申しました「美千代さん」と仰しゃる美しい方でございました。

或る時、先生は美千代さんからお金を貸して欲しいとお願いされたの

ですが、それもつまりは平岡さんが仕事で失敗してからやけになり、

遊蕩しては、高利貸しからお金を借りたのが直接の原因の元でござい

ます。先生といえども職業のある身ではなく、いつもいつもお父様や

お兄さまにお金の無心をする訳にも行かず、仕方なく嫂
(あによめ)

まを説得してお金を少しばかり工面してもらったようなことで、なの

に平岡さんは見栄を張ってか、ハイカラな服で宅にお越しになられて

も自ら礼を言うでもなし、体面を取り繕い、知らぬふりございます。

(あんま)りでございましょう。それでも夜遅く飲んで家に帰れば

暴言を吐く、そんな美千代さんを見かねられたのでございましょう。

とうとう美千代さんを奪い取ろうと決意なさったのでございます。

そもそも平岡さんなんかに譲らずに、美千代さんを先にお貰(もら)

いになられればよかったものに。先生はお父様に散々縁談をすすめら

れてもずっと30の歳迄お断りになられる位いならと、今にして思う

のでございます。



         



 美千代さんが、いつでしたか、お昼過ぎに一度、お金のお礼にと宅

へお越しになられたことがございました。その時、先生はお昼寝をな

さっておられて、美千代さんも『余(あんま)り能くお休みだから

起こさないで頂戴
(ちょうだい)』といわれまして、お買い物の後で寄

るからと一旦帰られました。その後、雨に降られまいと息を弾ませ、

再びお越しになられました。美千代さんはお子さんを亡くされた後、

お体を悪くなさっておいでだったものですから、青いお顔をして「お

水を」と言われましたが、生憎(あいにく)そこには先生のうがい用

の様盃(コップ)が洋卓(テーブル)の上に会ったぎりでした。先生

は慌てて台所から水を持ってこられると、美千代さんはそこにあった

鈴蘭(すずらん)が活けてある鉢から、先生の洋盃(コップ)を使っ

て水をすくって飲まれた後でした。美千代さんの膝の上の洋盃(コッ

プ)を見て、『どうしたんです』と先生が聞かれると、



       



『有難う。もう沢山。今あれ飲んだの。あんまり奇麗だったから』と

お答えになり、鈴蘭の大鉢を指し示されました。あのお方は、私がさ

っき水を移したばかりだと聞いて、そんなお水を飲まれたのです。な

んとも風流でございますな。そして『大丈夫だわ。好い香りね』と鈴

蘭をご覧になられて言われたものです。しかし、先生は『果たして、

詩の為に鉢の水を飲んだのか』とも思われたようでもございますが、

そんなことを考えずとも、天然自然な美しき所作が、美千代さんの特

質でございますな。



        



 美千代さんのことを美しいと一言で申しましても、姿形
(すがたか

たち
)ばかりではございませんな。後世の偉い研究者の方々は、モデ

ルがウイリアム・モリスの妻ジェインだとか言う説もありますようで

す。画家のロセッティとも関係があったことから、彼の絵の女性に似

ているというものでしょう。しかしながら、先生は友人の妻を奪い、

さらには裕福な実家からは勘当され、30の歳まで無職の男が、世間

からは冷たい視線を浴びながらも生きてゆく決意をなさったのも、美

千代さんの優しさとその美しき所作、美しくも、はかなげなお言葉遣

いに感動なさっておられたからに違いありません。




               



 先生の事件以降、あれから色々考えましたが、『それから』という

恋愛物語は、先の『三四郎』と後の『門』という小説で、漱石先生の

3部作になるものでざいますが、恋愛小説というより、21世紀的言

い方で申しますと“インテリアを耽読する”小説と申しますか、そん

な気がいたしますのです。“インテリアとは芸術”と言われる向きも

ございますが、私なんぞは、人間が存する『実際的の芸術』というも

のが、インテリアではないかと思うものでございます。人間が不在す

るインテリアは意味を成さないと思うものでございます。



           



 まあ、生意気、言いましたな。



                




 『華麗なる贋作人生』は、これで最終回です。

夏目漱石の偽3部作を楽しんでいただけましたでしょうか?

来週から新番組の予定です。どんなものになるか、私にもわかりません。

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子





            




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