春はあけぼの

『春はあけぼの　やうやう白くなりゆく山際(やまぎは)　すこしあかりて

紫立ちたる雲の細くたなびきたる』う～ん、いいねぇ～。これまでいった

い何度この句を聞き、つぶやいてきたことだろうか。僕はこの有名すぎる

冒頭が好きなんだ。東の空に昇りつつある日が、うっすらと薄化粧をした

女性のように、遥かな山々の稜線に白いぼかしをつけて端正な姿を現す。

紫のシフォンレースのローブが、その間をすう～と長く尾を引いて、まと

わりながら流れる。目に浮かぶようだね。それを眺めてほれぼれとしてい

る、おそらく美人だっただろう清少納言の姿があるんだよね。

おっと自己紹介もせずに、いきなり僕の独白を聞かせてしまったね。そ

れでは改めて、「ようこそ、わがミッキーの部屋へ」。まだすべて明けや

らぬ早朝の僕の部屋、なかなかイカすだろう！さあ、もっとずっと中へ。

さあどうぞ！ソファにおかけください。そして耳を澄ませてご覧なさい。

何が聞こえるかな？朝日がだんだんとこの窓のあたりまで登ってくる短い

時間を僕はこうしてじっと耳を澄ませ待っているのが好きなんだ。



　　　　　　　　　　　



　僕の部屋は東に窓があって、そう、わざと東に寝室を作ったんだが、僕

はこの部屋の明け方が大好きなんだ。白いカーテンを越えて入るほの暗い

光が、だんだんと青白くなってきて、そう、紫立ちたるって感覚だよね。

それはバリのウヴドゥのリゾートに行ったとき、これの原風景を見たんだ

よ。熱帯の中の優雅なコテージで、まだ薄暗いうちに目が覚めると、朝の

ひんやりとした空気が窓ガラスを抜けてだんだんと白い光を運んできてい

た。しばらくすると部屋の中が薄青い白い光に満たされるんだ。僕は大理

石の床をぺたぺたと素足で歩いて広いバスルームに行き、アウトドアのシ

ャワーを浴びた。そこから見る景色はそれはまさに、『春はあけぼの』だ

った。幻想を見ているようだった。



　　　　　　



　深い静寂な渓谷には細い川が流れ、遠くにかすむ山々は白いベールをか

ぶったように幻想の世界を作りだしていた。静寂が支配していた。僕は、

静寂とは実に奥深いものだと感じているんだ。特に僕のような職業人たち

にはね。時には一切の音を排除して、自分の内面に向き合う時間が必要な

んだよ。そう、実はね、今日はあなたに僕の奥儀を特別にお教えすること

にしたんだよ。選ばれし賓客だからね。



　　　　　　　　　




　僕がこの枕草子の冒頭の句が大好きな理由がもうひとつある。それは、

この句を詠んでいると、レオナルド・ダ・ビンチのモナリザを思い出すん

だ。静まり返った山河と町の情景をバックにモナリザが微笑む。ダビンチ

が得意とした空気遠近法で描かれた名画。遠くの山々は青紫がかり、さら

に遠い山は白く描き出されている。最新の画像処理をすれば、表面の汚れ

をきれいに取り去った後のモナリザは、非常に美しい若い女性だったらし

い。ダビンチはこの絵を生涯手放さず、またずっと筆を入れ続けたという

から、よほど愛した女性だったんだろう。実に幻想的な名画だね。モナリ

ザがこの僕の部屋にやってきたら、ああ、どんなに幸せだろう！あなたも

そんな空想をしたことがあるに違いない。そのためには誰かがルーヴルか

ら盗んでくれなくちゃね。それを僕ら詐欺師がさらに拝借するとね…。



　　　　　　　　　



　ああ、あなたが気になっている僕の職業ね、そう、詐欺師だよ。簡潔に

いえば、人を騙して主に金品を取る職業。「なあんだ、詐欺師か！」とお

思いのあなた、高級な詐欺師には最高級ホテルのＣＥＯにも匹敵するよう

な綿密で美しい計画と知恵、頭脳が必要なんだよ。あなたが今思ったよう

な姑息な、“振り込め詐欺”なんかとは全く違う世界なんだ。詐欺師と一

言で言ってもレベルがあるのさ。僕らは“英国の華麗なるペテン師たち”

と呼ばれているのさ。そう、テレビで僕の顔は見たことがあるよね。僕ら

は通常５人のチームで仕事をするんだが、僕らには黄金のルールがある。

流儀とか掟と言いかえられる確固たるものなんだ。そのルールとはまず、

善良な人間を騙して金を取ることは一切しない。ターゲットは、非合法な

手段や人を騙して私腹を肥やしている人間たち。その金を拝借して、また

世間に戻す役目を担っているのさ。それと私生活を仕事に持ち込まない。

仕事はすべてそんなものだろうが、特に僕たち超一流の詐欺師は仕事が第

一義なのさ。当然、危険も伴う。絶対にミスは許されない。常にチータの

ような鋭敏な嗅覚と繊細な神経細胞、それを使った精神の集中を要求され

る。当然、逃げ足の速さも必要なんだ。相手は金持ちの詐欺師まがいの人

間たちだから、騙しの神経系が鋭敏なのさ。



　　　　　　



　それと手際の美しい仕事をやること。当然、僕らがターゲットを追って

チームで仕事をする時は、高級ホテルのスイートを取る。詐欺師の裏をか

くんだから、当然の必要経費だよね。大きな仕事を得るための第一ステッ

プだよ。偉大な仕事人となりたかったら、まずは大きな出費が要る。先行

投資と言うやつだね。そして、ぬかりない緻密な計画と十分な準備と常に

１００に近い危機管理。さらに相手を熟知するための勉強と情報管理も必

要だ。さらに超一流の詐欺師にはスピードと第六感が並はずれていないと

向かないね。極度の緊張の中でも集中力を持続させられる精神力。それが

なきゃ、こんなビジネスはやれないからね。つまり、そんな危険な職業の

僕らには、こころを解き放つ空間と静寂な時間が必要というわけさ。その

内なる世界で静寂と向き合っていると、もうおわかりだろう、そう、その

時、神が降りて来るのさ。



　　　　　　　　　　　　　　



　さあ、明るくなってきた。僕は新たなるターゲットを追って仕事に出か

けるから、ゆっくりこの部屋で静寂に身をゆだねるといいよ。ああ、美し

い花だって？そうこのデンファレは、あなたのために高級な花店から取り

寄せたものさ。そう、細やかな心遣い？そうだろうとも。

　でも高級な花屋というのはウソで、実は早朝の花屋はどこも開いていな

くて。お隣のコンビニでユカが買ってきたものさ。１本￥１６８だよ。そ

れを食器棚のガラスの器に挿しただけさ。偶然の神は時間との戦いにおい

て、常に人に味方してくれると思っている。少なくとも僕はそう信じてい

るんだ。そう、詐欺師の資質の最後の重要な要素だね。それは偶然の神を

味方に持っているかどうかということだね。そのためにも日々、持久力抜

群な集中力を精神に蓄えるということかな。静寂の内にこころを解放させ

ながら、五感を超えた第六感を呼び起こすのさ。そのうち、神が語りかけ

て来るんだ。

　　　　　　　　　



『ミッキー、あれだよ。そうあの神秘性にかけろ！』とね。僕はそこで、

はっと気づく。アイデアを頂く瞬間さ！静寂とは実に底知れぬ力を持って

いるものだね。



　　　　　　




　今週から『華麗なるペテン師の流儀』が始まりました。

　ミッキーとその仲間たちをご存知ない方は、ドラマ『華麗なるペテン師たち』を

ぜひともご覧あそばせたく、存じます。

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　木村里紗子










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