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リサコラム
連載179回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第5回

俊春
トンネルを抜けたら


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンに勤務し、400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

  
「真っ暗闇だ。何にも見えない。
  この先はどうなっているんだろう?」

  「ここは、闇への入り口よ。さあ、覚悟なさい!」

  
 
      
  





俊春-トンネルを抜けたら




 静かでした。今は風も止んで小雨にしめりけをもらった落ち葉はか

さっとも音を立てません。俊春は咲子が車から降りるのをじっと待っ

ておりました。今は、待つことが唯一、俊春にできることのようでし

た。あたりの庭に咲く梅の花は見知らぬよそ者に好奇の目を向けるよ

うに、そっとそのありさまを伺っているように見えました。俊春は犬

が鼻を鳴らすように、梅の花の香りを吸い込んでみようかなど、風流

を考える余裕さえでてきました。「さあ、行きましょう!」咲子は車

から降りるなり遊歩道を走り始めました。不意を突かれた俊春は、遅

れを取りながら駆けだしましたが、咲子は慣れた勢いでぴょんぴょん

とリズムを取りながら、丸太の階段を駆け下りますものですから、俊

春との差はぐんぐん開いてゆくばかりでした。




            



 気負いの春は名ばかり。夕暮れのほほにあたる空気はまるで雪女の

手のように冷酷です。俊春のリュックは右へ左へとざっくざっくと背

中でゆれておりました。息を弾ませながら駆け降りると、咲子は一足

先に遊歩道が突き当たったトンネルの入り口で待っておりました。

「ここから不気味なトンネルをくぐるんです。でもご安心を。ちゃん

と電気がついていますから」俊春は不安と冒険心を掻き立てられ、ゆ

るやかに下り降りながら、細長いトンネルに入りました。



      



 「モヘンジョダロって、知ってるかしら?」息を整える間もなく、

咲子がこう聞きました。「モヘンジョ?」ですか?「そう、モヘンジ

ョダロ。古代インドの遺跡、紀元前2500年も前のね」ようやくす

こし、息も楽になったところで、俊春は「ああ、遺跡、紀元前の、」

と咲子の言葉を繰り返しました。遊歩道を駆け降りたかと思えば、い

きなり古代遺跡の話になるものですから、どう返事をしていいものか

あるいはすべきなのかまごついたのです。それがまた咲子と何か関係

があるのかわからないまま、冷たく凍った空気の中、早足に咲子の後

ろについて歩き始めました。

 「わからないらしいです。どうして、モヘンジョダロみたいな高度

に発達した文明が短期間で滅んだのか」咲子の声はトンネルがスピー

カーの役割を果たして、わ~んと響き渡りました。天井から照らされ

たトンネルの中は、ほの明るく気味の悪さを払拭するようでした。時

折湿気を含んだ壁には雨水が滴り落ちて来ます。「はあ、教科書に、

そういえば、出てきましたね。でも一瞬にして、滅びたなんて、どう

してなんですか?」「そうでしょ。想像しただけで、わくわくするで

しょ。しかも大した道具があったわけでもないのに、住宅には上下水

道も完備されていたのよ。ダストシュートまであったらしいの。もち

ろん商店街もあり、プールみたいな公衆浴場に、しかも下水道の溝ま

で、すべてレンガでできていたのよ!今から4500年も前に。とう

てい信じられないでしょ。なのに武器は見つかっていないのよ。そん

な平和で衛生的な都市だったのに、なぜ、短期間の間に滅んだのか、

未だに解明されていないのよ。疫病でも、戦争でも、侵略でも、巨大

隕石の落下とか、地震とかの天変地異でもなくてよ。不思議でしょ。

とにかくわからないことだらけの古代都市なのよ」空腹の俊春には、

モヘンジョダロの遺跡よりも晩御飯のほうがよほど興味をそそられる

ものでしたが、知り合ってまだ1時間しか経たないのに、だんだんと

友達言葉になる咲子という人間のほうがよほど不思議な感じがしたも

のでした。見れば、咲子の目からは好奇心という熱波が出ておりまし

た。



          



 咲子は大股でどんどん先を歩きます。「定かじゃないけど。核爆発

によるものだっていう研究者もいるみたいなの」「俊春さんはどう思

う?」いきなりふられたものの、答えられる言葉を持っているわけで

もなく、しかし、この場においては相手を落胆させるわけにもゆきま

せん。うろたえながらも「僕にはわかりませんが、驚きですね。おも

しろい話ですね。そんな古代に核爆弾があったなんて、まるで想像も

つきませんが」「でも、そう考える人もいるらしいわ」「文明なんて

もろいものよね。だれかの不注意ですべてが終わることもあるってこ

とでしょう。おそろしいわ。所詮、人間が予定したようにはいかない

こともあるのよね」「そうですね。人間ですから」「わたしこう思う

のよ。繁栄はね、順繰りに回ってくるんじゃないかって。紀元前のエ

ジプト、メソポタミア、古代インドに、古代中国、古代ギリシャ、ロ

ーマ、それから、ヨーロッパ、そして、アメリカ、今度はまた中国か

インドかな、なんてね。古代遺跡のあるところを1周したら、繁栄は

また1周を始めるみたいにね。だから人間もおんなじかな、なんて思

うのよ」咲子は今日会ったばかりの人間を相手に話していることをま

るで忘れているかのように、完全に打ち解けて、すいすいと思ったこ

とを言葉にする様子でした。「つまりね、今、繁栄している国も人は

その前や前世ではひどい苦しさを味わったんじゃないかってね。勝手

にそう思っているのよ。そう、繁栄と衰退は、運、不運みたいにすべ

ての人も国家にも順繰りに起きてくるんじゃないのかなって。だから

今がうまく行ってなくても、それは神が決めた順送りであって、その

うち運が巡ってくるんじゃないかって。そうして物事も人間も収支が

合ってるんじゃないのかな、なんてね、そう思うのよ」物事は好きか

嫌いかで決まっていて、それに運、不運が順繰りに巡ってくると咲子

が車の中で言った言葉を思い出しながら、俊春は自分のこれまでの人

生をまた振り返っておりました。裕福に暮らしていた時代から、仕事

を失い、明日はどうなるのか、わからない日々を暮らしてきたこの数

年を。「文明は人間が作ったものなら、もろいものに違いないんでし

ょうね」「でもね、そんな時でも、やっぱり人の思いみたいなものは

残るのよね。文明が消えても、思想とか考えとかはね。イエス・キリ

ストの処刑から2000年が経っても、思想は信仰だけでなく、いろ

いろな思想の元になっているんだもんね」「咲子さんて、いつもそん

なことを考えているんですか?」咲子はううんと、笑いながら首を横

に振っただけでした。



      


 トンネルは出口に近づき、薄暗い中に幸せなあかりが点々と見えて

きました。「さあ、お待たせ!」こうして遠回りして歩いて帰って来

るとね、いろんなことを考えるようになるのよ。ここは騒音のない世

界だから。人間って便利な生活に慣れすぎると幸せがどんなものだっ

たか忘れてしまうでしょ。子供のころ、走って家に帰った気持ちにな

れるのよ。家に帰るのが楽しくて仕方ないって、あの感覚が取り戻せ

るのよ。山の宵は早々に引き上げたらしく、すでに夜という名の門番

が交代で山の別荘を見守っておりました。






                 








 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズは先々週から”俊春”が始まりました。

来週以降もしばらく続きます。さあ、フィクションの限りない想像の旅へ

ご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子










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mmm@madame-watson.com






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