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リサコラム
連載181回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第7回

俊春-月下香


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

   
「俊春、きみはA型だね。だって私に似ているから」

  
 
      
  






俊春-月下香




「コ、チュウノ、テン、ああ、そうだ、そうだった、壷中の天だ」

こんな言葉が俊春の胸に去来したのも不思議な感覚でした。あれは何

で知ったんだろう



 壺中の天とは中国の後漢の書に書かれている故事のことでしょう。

それはある薬売りの老人の不思議な話です。その老人は毎晩店を閉め

ると、こっそり店の入り口に置いてある壷の中に入っておりました。

それを見ていた役人の男が不思議に思い、好奇心から頼み込んで、

一緒に壷の中に入ることになりました。その壺の中にはなんと桃源郷

のような幸せな世界が広がっておったのです。老人はその世界で立派

なお城を持ち、そこで二人は美酒に酔い、贅沢な料理を楽しみ、大変

ゆたかな時を楽しんだという話でございます。薬売りの老人は毎晩そ

の壺の中の世界で暮らしていたのです。転じて、自分だけの幸せな世

界を持つことの大切さを説いた教えなのでしょう。



 俊春は手に持った紅茶碗にキャンドルのゆらめきを映しながら、そ

んな故事が自分の記憶の中に潜んでいたことに、そして、それが今現

実に起きそうな予感に震えるような思いでした。ホールには、軽やか

な咲子の声と執事の気品のある声が静かに交差しておりましたが、そ

れさえ今の俊春の耳には届かないようでした。あたりにはエキゾチッ

クな花の香りが漂っておりました。ときおり、渦を巻くようになんと

も甘美な香りのかたまりがわっと俊春の鼻腔に押し寄せてきます。南

の島に咲くあの花でした。白い可憐な花を付ける植物、ああ、なんと

いったか、あの花の香りだと俊春は思いました。



 しかしなぜ、そんな中国の故事を思い出したのだろう?記憶の隠し

扉の奥の奥の、さらに奥の隠しホルダーから突如網にかかってきた感

覚でした。もしも、もしも記憶に地層のようなものがあるとすると、

あるとき、大きな地殻変動が起き、断層の中から歴史的に貴重なる掘

り出し物が地表に現れてくるような、そんな感覚を俊春は感じていま

した。「壷中の天か」俊春はどろりと濃厚な眠気に飲み込まれそうに

感じながらも、もう一度、胸の中でつぶやきました。「これがまさに

そうなのか
..」夢を見ているのか現実なのか、あやふやな感覚に、え

えい、どっちでもかまうものかと運を天にゆだねました。



 「お口に合いました?」「ええ、ああ、もちろんです。とても、お

いしくて、すみません。ちょっと
ぼぅ~となってしまって、いえ、

ちょっとこう、夢のようで
」咲子はその先を待っていましたが、俊

春の頭の中の検索エンジンは、虚しく空回りするばかり、どうしても

洒落た言葉で表現することができなかったのです。咲子は口元だけで

笑いました。「それじゃ、ゴローさん、そろそろお部屋にご案内して

ください」ゴローと呼ばれた執事の梅田吾郎は「では、俊春さま、よ

ろしいですか?」俊春は無言でコクリと頭を垂れると、「では、参り

ましょう」と階段のほうを指し示し、同時に俊春のリュックを持とう

と軽く手を伸ばしました。「ああ、これは結構です」俊春はあわてて

左手に持ち替えると、ちょっとほおに赤みを差しました。「では、咲

子さん、ご案内して参ります」「はい、よろしく。お食事は後ほどゴ

ローさんがお部屋にお持ちするから、俊春さん、安心なさってね」

「すみません。なんか、ほんとに申し訳なくて」先を行くゴローの後

を歩きながら、俊春は何を話してよいものか思いつきません。黙って

階段を上りきると、すぐに左に折れ、ガラス張りの廊下に出ました。

ここでも、あの白い花の香りどこからともなく漂っていました。左手

に吹き抜けのロビーを見下ろす窓の方に寄ろうとすると、どうぞこち

らへとゴローは俊春を右側へと手招きしました。「お客様は常に右側

で案内するのが私たちの習性なものですから」俊春は素直にゴローの

右に回ると、リュックを右手に持ち替えました。「左刀と申します」

「ええっ?」ゴローはちょっと脅かしたかなという表情でくすりと笑

うと、「私たち執事は常にお客さまを右でご案内いたしますものです

から。左は刀を挿す場所ですから」「刀、ですか?」「もちろん、刀

などは持っておりません。でも常に刀を左に挿している気持ちで、お

客様をお守りするというスタンスなのです。お客さまが左側では、敵

の前で刀を抜く前に切りつけてしまいますからね」「ああ、なるほど

そんな意味があるのですね」「まあ、ここではそんな心配はありませ

んがね」



 「咲子さんは不思議な方ですね」俊春は心臓の鼓動を感じながら言

葉に出しました。「ああ、そう思えるでしょうね。でも咲子さんはい

い方ですし、面白い方です」「ほんとそうですね。わたしなんかにこ

んなに親切にしてくださって」「咲子さんは直感が鋭いのです。困っ

ている人を見ると、そうせざるを得ないようです。それが彼女のよさ

ですね」「そうですか、なんとお礼を言ったらよいのか」ゴローはそ

れには答えずに、「さあ、こちらでございます。突き当たりのお部屋

です」別荘はどうやら、1階のロビーの周りをぐるりと取り巻くよう

に、2階には部屋が並んでいるようでした。




                



 「さあ、どうぞ俊春さま」ゴローは俊春を先に行かせると、ドアを

押さえて待っておりました。「ああ、どうも」突然、俊春の目には今

まで見たことのないような美しい部屋の様子が映りました。「さあ、

どうぞ中へ。左の奥がバスルームに通じるドアです。必要なものは揃

っておりますが、もしも何かご入用のものがございましたら」「いえ

別になにも
」「そうですか、それでは後ほど、お夕食をお持ちいた

します。それと何かお嫌いな食材はございませんか?」「ああ、いえ

何でも食べられます。ほんとに、ほんとにすみません」「ご遠慮はご

不要です」「はい、でもこんなゴージャスな部屋を見たことがなくっ

て、高級なリゾートホテルに来たみたいで、びっくりして」「さよう

でございますか。それはようございました」「お礼の言葉もありませ

ん。ほんとに、ほんとに、ありがとうございます」「汗を流されれば

お心持ちもすっきりなさることでしょう。心も体も環境次第で変わる

ものでございますから。では、後ほど参ります。今夜はどうかごゆっ

くりなさってくださいますように」




                



 月を映すその部屋には清潔な香りが流れておりました。そしてまた

あの花の香りでした。この上なく整ったモノたちだけが奏でる安らぎ

という名の音のない音楽は、俊春の疲れた心を温めるのに十分すぎる

ほどでした。月夜の晩に香りを強くするというその白い花は、ああ、

なんとエキゾチックでいい香りなのでしょう。桃源郷に咲くその花の

名は『月下香』という名前だと窓の月を見上げながら俊春はようやく

思い出しておりました。






              






 俊春が見た咲子のこの別荘の部屋は、主婦の友社PLUS1LIVING別冊

”BonChic第2号”2010年3月5日発売で、ご覧くださいますように。

しばし、壺中の天に浸れるかもしれません。





 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズ、「俊春」は来週以降もしばらく続きます。

さあ、フィクションの限りない想像の旅へご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子










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mmm@madame-watson.com






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