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リサコラム
連載182回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第8回

俊春-白日夢


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

   
「俊春さま、お取り込み中、失礼いたします。

    氷をお持ちいたしましたが...」

  
 
      
  





俊春-白日夢





美しい部屋の外は星月夜でした。氷砂糖のような透明な顔をした白

い月は、東の窓から俊春のことをじっと見つめ返しておりました。潮

の満ち引きに支配されている海の水は月の偉大な力を知ってはいます

が、人間は多忙という習癖のために月の偉大な存在を忘れそうになる

ものです。




 「月下香か、ああ、月下香だ。月に魅せられた花か」月夜にその

香りを強くするという花、『月下香』は、まるで雑草のような鈍重な

茎に地味な白い小さな花をつける草花でございます。またの名を“チ

ュべ・ローズ”と申します。同じ“ローズ”という命名を得た花でも

わが身の美しさに賞賛を浴びるために生まれてきた花とは、まるで違

う容姿です。その香りを嗅がなければ通り過ぎるような、路傍の花の

姿かたちでございます。それゆえに、月の光を審判に美しさを競い合

ったのでしょうか。あるいは、誰からもほめられることのない容貌を

その気品ある香りで見事に裏切り、月の気をひこうとしたのでしょう

か?

 「姿かたちは凡庸でも、人にはみんな一つ何かに秀でたところが

あるというなぐさめなのか?」俊春は月に向かって問いを投げかけて

みました。「月に魅せられた花、そして、ツキに見放された男か、い

や、もしかすると、また僕にもツキが巡ってくるのかも知れない」俊

春はこの見知らぬ美しい部屋にミステリアなまなざしを送りました。

しかし、すぐに、「いやいや、もう、幸せと不幸の大どんでん返し

を繰り返すのは、こりごりだ!人生なんて、そうそう、幸運だけが舞

い降りてくることはありえないじゃないか。咲子さんが言っていたよ

うに、いいときと、悪いときが世の中にも人生にも順繰りに起きるよ

うにできているから、その自然な波に乗るしかないんだろうか
….

俊春は頼りないため息を漏らすと、傍らにリュックを置き、白いソフ

ァに腰掛けようとしました。が、すぐに躊躇しました。


 そんな薄汚い服で座るのが忍びなかったのでしょう。ある人は、人

さまのお宅で自分のかばんを置くとき、白いハンカチを敷くといいま

す。本来、地べたに置くものならやはり、靴と同じ扱いでなければな

らないというのでしょう。さしずめ、自分のズボンは靴と同じような

レベルのものだから
。俊春は端正にも敬遠を余儀なくされたひとり

がけのソファに敬意を払い、しずしずと後ずさりしました。そして、

ベッドを回り込むと、クローゼットと見える扉に好奇の手をかけまし

た。数種類の小瓶のウイスキーやリキュールなどが、さまざまな形の

グラスと供に棚の上にきれいに並んでおりました。「ああ、いい光景

だ」俊春の思いは、感嘆の言葉となり漏れ出しました。そしてまた扉

の内から、エキゾチックなよい香りが流れ込んできました。月下香の

香りに間違いありませんでした。


 いったいどこからこの香りは漂ってきているのだろう。部屋のどこ

かに秘密の空気口があってそこからひそかに流れ込んでいるのだろう

か。「ああ、いいにおいだ」月の光を浴びながらまっすぐに上に伸び

た草花を、悠久の日々をまたいだ思い出を思い浮かべました。「あれ

は、そうアマヌサだ。バリ島のアマヌサだった。ベッドルームの黒い

大きな花瓶いっぱいに月下香が活けられていたっけ。



「ああ、そのときの香りだ」俊春の瞳は幸せな色に輝いていました。

天蓋のベッドに吊るされていた白い綿のレースカーテンは夜にはすっ

かりベッドを覆いつくし、そのすぐそばで月下香のエキゾチックな香

りは俊春の夢の中まで、絶え間なく流れておりました。ピンと張り詰

めた白いベッド、シンメトリーに整った室内の細かな様子に至るまで

はっきりと思い出そうと、初めから順に手繰り寄せておりました。




                



 それはまず、ブーゲンビリアの坂道を登り、蓮池のエントランスホ

ールに到着するとこころから始まりました。太い石柱が立つ長い廊下

はまっすぐに、メインプールと交わり、生い茂る熱帯の緑に囲まれた

石垣のビラは距離を置いて点在しておりました。アマヌサの光景は、

こうしてだんだんと色鮮やかになってゆきました。



 南の島に咲く赤い花々は情熱ゆえに赤く染まるのか、アマヌサの広

大な四角いプールサイドには鮮やかな赤が水の色まで染めようかとし

ておりました。そこでは北の寒い国からやってきた旅行者も2日目に

は南の楽園の常連客の表情に変わり、すっかりリゾートになじんだ体

に作り変わるようでした。プールサイドにこぼれるように咲き誇る赤

い花をよけながら歩く姿もすっかり風景に溶け込んだ様子でした。プ

ールを囲んでまばらに陣取る人々は、デッキチェアに寝そべりながら

醒めた表情で、手元のペーパーバックに目を落としております。彼ら

は上に小さな傘が挿してあるきれいな飲み物を傍らに、ページをめく

るのみでした。


 果たして、寒い地元で読みかけたその物語の続きが読みたくてここ

まできているのか、それとも、このじっとりと湿ったスチームバスの

ような空気が吸いたくて、はるばる丸1日かけてこのプールサイドま

でやってきているのか、どちらとも判別がつきませんでした。時折、

暑さに耐えかねてポチャリと水に入る静かな音が唯一音のない世界に

人工的に聞こえる音のようでした。ブーゲンビリアの赤い花が、プー

ルにぽとりぽとりと花びらを散らせるたびに、そっと網ですくうスタ

ッフの動きも緩やかで、時の歩みと呼応しているように見えました。




        



 毎日が同じ繰り返しでした。騒ぐ人も急ぐ人も、ケイタイを手にす

る人もいませんでした。そして日が落ち、涼しい風が椰子をざわざわ

と揺らし始めると、熱帯の暑さを求めてやってきたリゾート人たちは

それでも、ほっと一息つく時間帯です。昼間はひとけのなかったバー

にも、ぱらぱらと人影が見受けられました。すっきりと汗を流し終え

た人々は、永遠に続くような晩餐の席に着く前に、沈みゆく夕日を構

図に集まり始めておりました。そんな過去の記憶はだんだんと正確に

俊春の目の前に現れてきました。いまではその日暮らしとなった俊春

にも優雅なリゾートと恋に落ちた日々がありました。


 静寂という目に見えない狡猾なあるものに都会人自らが歓喜してだ

まされに行く楽園でしょうか。並んでいる小さなバーカウンターの前

で、その情景が懐かしさを伴って蘇るのでした。眺めながら俊春は、

この世には落ちてしまうとなかなか這い上がれない場所があることを

知っていました。


 その名を“静寂の支配するリゾート”といいました。しかし静寂

を破ったのは水音ではなく、こんこんとドアをノックする音でした。

俊春は小さなバーカウンターの前にじっと立ったまま、白日夢を見て

おりました。




              








 俊春が白日夢をみるこの別荘の部屋は、主婦の友社PLUS1LIVING別冊

”BonChic第2号”2010年3月5日発売で、ご覧くださいますでしょうか。






 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズ、「俊春」は来週以降もしばらく続きます。

さあ、フィクションの限りない想像の旅へご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。




                                      木村里紗子










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