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リサコラム
連載184回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第10回

俊春-あざなえる縄


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

   
「人生というものは、面白いものですね、俊春さん」

  
 
      
  





俊春-あざなえる縄





 およそこの世に存在するもので、善と悪、そして、運と不運、幸、

不幸と、このように分類されるものは、常にカードの裏表を成してい

るものでございましょうか。「禍(わざわい)転じて福となす」「禍

福(かふく)はあざなえる縄の如し」と申します。
自然の摂理の中で

は、禍と福という2本の紐(ひも)が交互に絡み合いながら1本の縄

となるがごとく、まあ、人生もおそらくそのようなものでございまし

ょう。



 俊春は、つい数時間前までの自分とはまったく違う自分に気づいて

おりました。体の中に沸き起こった小さな泡の粒はどんどん膨らみ、

数を増やし、心地よい希望に似た予感を感じておりました。バリ島の

アマヌサの天蓋ベッドの中で、夢の中にまで漂ってきた月下香の香気

を吸い込むと、ゆらゆらゆれながら歩き始めました。天蓋ベッドのあ

る寝室の向こうは、細長い廊下が続いているようでした。左手に折れ

ると、そこはガラスの壁に覆われた清潔な石鹸のかおりのする空間が

広がり、デッキチェアがひとつ置かれたバスルームの入り口に通じて

おりました。ガラスの奥には大きな白いバスタブが見え、不思議な形

をした大きなシャワーがぶら下がっております。「ああ、レインシャ

ワーだ!」しかも新型に違いないその形は、手で引くだけで好きな高

さに調整できるようになっておりました。このシャワーをホテルの部

屋で初めて浴びた時、子供のころの夕立の思い出と混じり合って、感

動したことを思い出しました。



 耐えがたいほど蒸し暑い夏の夕暮れ、エンマ大王のような汚れた雲

がもくもくと空から湧き出たかと思うと、地面にホコリくさいにおい

を撒き散らしながら大粒の水が空からいっせいに舞いおりてきます。

その雨に打たれたくて、外に飛び出し、濡れながら遊んだ夏休みの思

い出。運動場の砂場に落ちた雨粒は大きな足跡をつけ、しかし熱帯の

リゾートで見た雨粒はさらにもっと大きく、どさどさと音を立てて、

バスルームの外の大きな葉を揺らしておりました。そばには小さな虹

ができていました。その虹色の風景を眺めながら、大理石のバスルー

ムの床に立ち、ガラス越しにレインシャワーを浴びた昼下がり。けだ

るく、どろりと重い空気には無数の小さな泡の粒が漂っていました。

今の俊春が感じている、その粒と同じ泡の粒でした。もしもその粒に

名前をつけるとするならば、きっと「贅沢」という名がふさわしい

でしょう。


 以前散々味わった「贅沢」というその泡は、はじけずに、俊春の体

の中のどこかにまだ残っていたのでしょう。同じ泡でもサイダーとは

泡の価値が違うのか、シャンペンの泡はことのほか高貴な泡の顔をし

ていると人は思うものでございます。しかし、そのどちらも空気に触

れたととたん、はじけて小さな粒子となるはかない運命をもつもので

す。そして、あらゆる物事に裏と表があるように、贅沢という泡にも

善玉と悪玉があるようでございます。体の中に残った善玉と思ってい

た泡は、ある時を境に悪玉に転化することもありますようです。贅沢

病といわれるもののように。しかし、その泡が時にはまた善玉となり

いつか幸運をもたらすかもしれない、それは神のみぞ知るのでしょう

か。明日からの生きる術を教えたあの老人はいったい?謎は解けぬま

まに、「水のように生きよ」と言った老人の言葉をひとつのこらず思

い返しておりました。その人間の運命を決めるときにそんな泡はまた

活動を始めるのでしょうか。



 俊春はそろそろとバスルームの中に入りました。奥の左手には、ド

レッシングルームと思える小部屋がつながっておりました。すべてガ

ラスで仕切られたドアの横には、天井からびっしりとかまぼこ状にた

たまれたバスタオルの棚が壁の一角を埋めておりました。そのボリュ

ームのある白い固まりを見上げて「ひゅ~」と小さく感嘆の声を上げ

ました。しかし俊春を驚かせたのはそれだけではありませんでした。

俊春のサイズに合ったバスローブにナイトガウン、パジャマなどが一

列にずらりと並んでいたのです。その下には同じく洗い立てのスリッ

パや低いかかとのついた部屋履きが並んでおりました。部屋の中を見

渡しながら、俊春はまたアマヌサの光景を思い浮かべておりました。



 わたがしのようにぷっくりと膨らんだ白いバスローブ、ワッフルの

さっくりとした羽織りもの、さらにはつやつやと光を放つ美しいブル

ーのサテンのパジャマなどが、おとなしくハンガーにつるされており

ました。袖を通すのもはばかられるようなぴっちりした袖山にそっと

手を触れてみました。「ああ、懐かしい」と素直な言葉が口をついて

出ました。こんなここちよい、整った景色をじかに味わうのは何年振

りだろう、俊春はちょっと人を遠ざけるような折り目正しい風景の中

に佇み、懐かしい思いで胸が詰まりそうでした。もしかしたら、もし

かしたら、いろんな想像が膨らんで、急いで服を脱ぐと、レインシャ

ワーのレバーに手をかけました。天井からつるされた大きなレインシ

ャワーから降り注ぐ霧のような繊細な水の雫を浴びながら、黄色い大

きな塊をした海綿にたっぷりの液体せっけんを浸み込ませると、両手

でこれでもかというほど大量の泡を作り、頭から足先までくまなく白

い泡のかたまりを作りました。その泡もまたシャワーの水が跡形もな

く洗い落し、汚れた泡と一緒に排水溝に流れ去ってゆきました。「上

善如水、上善如水、」俊春は老人の話を思い返し、覚えたての漢語を

繰り返すのでした。水は器の形のままに従いながら、岩を砕くほどの

大きな力も持っている。しかし汚れたものを洗い流し、自らは低いと

ころに流れる。そんな人を癒す力さえも持っている。水というものは

実に偉大なものです。



 小1時間の半分は使ったでしょうか、俊春はさっぱりと清潔になっ

た肌に、ぷっくりとふくらんだ白い塊をハンガーから引き下ろすと、

それに袖を通しました。それからかまぼこ状にたたまれた壁一面のバ

スタオルの棚から1枚を抜き取ると、頭に載せほとんど自然にデッキ

チェアに腰をかけました。「至福」とは、「福に至る」と書きます。

しかし、福の基準は誰も決めることができません。そう感じれば、そ

れが福に至ったときなのでしょう。

        


         




 ほどなく、ドアのベルが鳴りました。今度は悠然と、そう、リゾー

トの景色になじんでゆくツーリストのような優雅な歩を数えて、ドア

を開けました。



 「お待たせいたしました、俊春さま。夕食をお持ちいたしました」

ゴローが涼やかな笑顔で盆を持って中に入って来ました。










 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズ、「俊春」は来週以降も続きます。

さあ、フィクションの限りない想像の旅へご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。



 



                                      木村里紗子










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