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リサコラム
連載185回
本日のオードブル
華麗なるペテン師の流儀

第11回

俊春ー
絶えて桜のなかりせば


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つカリスマ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

   
「リゾートとかけて桜と解く。心は、
         思い描くときがいちばん美しい」
 
      
  





俊春-絶えて桜のなかりせば



 

 まるで俊春の行動を外で見張っているようでした。体の汚れも悪運

もすっかり洗い落とした気分になって、デッキチェアでくつろいでい

た俊春は、リゾートの住人気分になっておりました。「すみません。

ほんとに、何から何まで
」ゴローは夕食の盆を丸いテーブルの上に

置くと、無言のまま俊春に温かな笑みを返しました。「お風呂はいか

がでしたでしょうか?お気に召しましたか?」「もちろんです!すば

らしいです。こんなに広々として気持ちよくて、最高でした。感動し

ました。それに、わたしのサイズにぴったりのパジャマまで、ほんと

わたしなんかにこんなにしていただいて
」ゴローはただ無言で微笑

むだけでした。「ほんとに、ほんとに、ありがとうございます。とて

も幸せなひと時でした。心から感謝いたします。ゴローさんにも咲子

さんにも」



         



 「さあ、冷えないうちにどうぞ」「あ、あの、もしかして」俊春は

勇気を奮い起こしました。ここに白髪で白い髭の男性の方が住んでお

いででしょう?」「白い髭の男性ですか?」「いえ、今日はまだこの

建物の中には、私と咲子さんと若い料理人とスタッフが数人いるだけ

で、ゲストは俊春さまだけですし、レジデントの方もおいでではあり

ません」「えっ、そう、なんですか?ほんとに、ああそう、なんです

ね、いえ、きっとわたしの思い違いでしょう、すみません」俊春はそ

れ以上聞くのをやめました。今日の昼過ぎに山の中で出会い、そして

また、この別荘で出会ったあった老人のことを、たとえ幻覚であった

しても今より前には戻りたくはなかったのでございましょう。“こん

な山の中で、きつねか、何かにつままれているのなら、それなら、そ

れでよし。だまされて何の不都合もありはしない。”不都合”そんな

言葉すら、今の俊春には無意味なことに思えました。「こちらはまだ

オープン前のホテル形式の別荘ですから、今日は俊春さまだけしか

お客さまはおいではございません」「ああ、ホテル形式の別荘なので

すね、それは今準備中ということですか?」「さようでございます。

しかし、もう間もなく、お客さまをお迎えする季節です。春になれば

それはもう、一面桜色に染まるほど美しい光景が広がるんですよ。そ

のような環境で心から癒されていただきたい、その思いでこの別荘は

作られました」「そうですか、桜の季節は美しいことでしょうね。以

前は散りかけている桜が好きだと思っていたのですが、今は、無残に

雨に降られて花びらを落としている様子を見るとつらくなります」

「ほんとうにそうですね。『世の中に絶えて桜のなかりせば春の心は

のどけからまし』在原業平の歌、そのとおりです。桜が散るときに人

生を重ね合わせますね。華やかに咲き誇り、はらはらと散って、そし

て一気に春を終える。私たちの祖先からずっと今まで人生や物事を桜

の花に重ね合わせてきたのですね。桜がこの世になかったら、もっと

のんきに春を楽しんでいられたのでしょうにね」しばらくの間、沈黙

はずしりと音をたてて二人の間に居座りました。「桜と人生、その通

りです」やっと一言、チューブから最後の歯磨きクリームをしぼり出

すように、言葉は俊春から離れました。


 「わたしなど、これほどの歓待にふさわしい人間ではないのです。

咲子さんにお聞きになられたかも知れませんが、実は私は2度も仕事

で失敗し、今はその日暮らしを続けている難民です。しかし、以前は

ベンチャービジネスを始めたころは、ほんとにこの世の春を味わいま

した。たくさんの人脈もつくり、それこそ優雅な生活をしていたので

す。旅行が好きだったわたしは忙しい合間を縫って、リゾート暮らし

の悦楽も知りました。しかしある日、信用していた友人に裏切られて

あっという間に破産してしまいました。それでもまた一から出直した

のです。そして以前と同じようにまたその事業もうまく行きました。

なのに、またもや人に裏切られて、それ以来その日暮らしの生活を続

けております。もう、私のことを信用してくれる人間はひとりもいは

しません。友人も人脈も、それはいいときだけで、悪くなれば潮が引

くようにす~といなくなるものです。ほんとうにそれは見事なくらい


」深く長いため息をひとつつくと、顔をあげました。しかし、その

顔は晴れやかでした。


 「俊春さんのお話を聞いていると中国の故事で『塞翁が馬』という

話を思い出します。ご存じですか?」「『さいおう』ですか?いえ、

分かりません」「そうですか。それならかいつまんでお教えいたしま

しょう。『塞翁が馬』そう、有名な故事ですが、中国の北部の国境に

住む、塞翁という老人の話です。お隣は胡
()という異民族が住んで

いました。その胡に塞翁の大事な馬が逃げ込んでしまい、周りの友人

たちは嘆きましたが、塞翁は反対に『禍(わざわ)いは幸せだ』と申

します。やがて塞翁の馬は大変いい馬を伴って戻ってきたのです。ま

た周りの友人たちはうらやましがりましたが、塞翁は今度は『幸せは

禍いだ』と申します。その通り、老人の息子がその馬に乗って落馬し

て、片足が不自由になってしまいます。なんとまた塞翁は慰めに来た

友人たちに向かって『禍は幸せだ』と申します。その後、隣国、胡と

の激しい争が始まり、村の青年たちはほとんど戦争に行き戦死してし

まいましたが、塞翁の息子だけは片足が不自由だったために戦争に行

かずに済みました。そのようなたとえを『禍福はあざなえる縄のごと

し』と申します。塞翁はそれを達観していたのですね」「いいお話で

すね。『禍福はあざなえる縄』ですか。逆境は次の幸運が訪れる前兆

ということでしょうか」「そう、神は人の世をそのように作っている

のでしょうね」俊春は今こそ、そう今こそ、自分の本心をゴローに伝

えたいと思いましたが、その切なる思いをごくりと大きな音を立てて

飲み込んでしまいました。余りにわがままだと思ったからでしょう。


 「さあ、では、どうかごゆっくりおくつろぎください」ゴローはま

た明るい微笑を浮かべるとドアのほうに1歩、歩み寄りました。「こ

こでの食事は野菜、きのこなど、山の幸だけの野菜料理ですが、すべ

てうちの農園か近所の農家で取れたものです。野菜は無農薬で大事に

育てております。旬の野菜の味を味わっていただけたら幸いです。お

口に合えば、もっとお持ちいたます」「いえ、いえ、ほんとに十分で

す。こんなご厚意をいただいて、胸がいっぱいで、そう食べられそう

にもありませんから」「それでは、ごゆっくり」


         



 ゴローが背中を向けようとすると俊春は老人の言葉を思い出しまし

た。「自我を捨てなさい。自分をさらけ出し、水の心でどんな境遇に

も従いなさい」そう心でつぶやきました。「あの、ゴローさん」やっ

との思いでした。「こんなわたしですが、どんな仕事でもどんなとこ

ろでも、置いていただければ懸命に働きます。屋根裏部屋でも」「そ

れでは、馬小屋でもですか?」ゴローは笑い出しました。晴れやかな

笑いでした。






      










 「華麗なるペテン師の流儀」シリーズ、「俊春」は来週最終回を迎えます。

さあ、フィクションの限りない想像の旅へご一緒に参りましょう!

では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。



 



                                      木村里紗子










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