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リサコラム
連載189回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策


第3回

カクテルは固ゆでに

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

  
「お休みなさい。マーローさま、心ゆくまでぐっすりと。

        固いカクテルが効いたようですね」

 
      
  





カクテルは固ゆでに




ジャッカルならこんな時どう答えるか?「あなたって、スパイ?」

私はブロンドの王子が放った言葉を2秒間考えた。自己抑制機のよう

なジャッカル、彼なら、まつげ
1本動かさずに、底なし沼のように深

く青い瞳の奥に相手の顔をじっと映したままで、こう答えるだろう。

「いや、スパイのプロだ」と。つまり単なるスパイではないという真

意をこめて。ジャッカルは最高レベルのスパイであり、探偵であり、

そしてプロの殺し屋だった。ターゲットは常にハイレベルであり、非

常に高額な報酬を求めた。時のフランス大統領を暗殺するために雇わ

れた彼は、今の相場で、億を軽く超える額の報酬を要求した。そうし

て彼の完全無欠のプランは、たった一人で練り上げられ、たった一人

で秘密に実行された。そのプランには高密度の調査と準備、そして

その後の完璧な逃走経路とその後の人生設計まで含まれていたのさ!

私はいきなり王子さまのゲームの相手をさせられる役目に甘んじた。


 「そうだよ。スパイさ。それで君はどこの王子さま?」相手の矢

を自分の的に命中させるのも、スパイってものさ!王子さまは相変わ

らず長い足をひざで
2つ折りにして、にこにこしながらじっと見つめ

返していた。「まさかね、こんな間抜けそうなスパイなんて、いやし

ないもんね」王子さまは堂々と言い放つと、手に持ったマグカップか

ら、またちりっとぬるめのコーヒーをすすった。
“間抜け”だと?

そんな言葉に動揺するような私ではない。たとえ誘導尋問だとしても

プロの探偵はやすやすとひっかかるようなことはない。「間抜けなス

パイか、ピンクパンサーみたいな?」「あいつほど、ひどかぁ、ない

と思うけどね」そう言うと王子さまは大きなあくびをした。敵はなか

なかのつわものようだ。私は思い出したように、「そうだ、ひつじの

絵を描くんだったね」とニヒルな笑顔を作って、かばんの中に手を入

れた。「いいよ、どうせ色鉛筆もスケッチブックも持ってやしないで

しょ。ジョークだよ」王子さまはからからと笑いだした。その表情を

見て、私はまんまと反抗期の少年にだまされるところだったことに気

づいた。偶然思いついたような、他愛もないスパイごっこにだ!


 かつかつかつ、大理石の床を鳴らす音が近づいた。執事が上質な革

の紙バサミのようなものを手に抱えこちらに向かってきていた。「大

変お待たせいたしました」執事は会釈をしながら、私の横に腰をかが

めると「先ほどは大変失礼をいたしました。ご存知だとは思いますが

マルセルさまは日の高いうちはお休みのお時間帯なのです。それでま

だご報告もできませんでしたが、先ほどやっとお部屋のご準備が整い

ましたので。大変お待たせをいたしました」「いえ、はい、わかって

ますよ。マルセルは昼夜逆転生活者だからね。ちゃんと伝わったかど

うかちょっと心配はしてましたがね。いやね、彼の話しを聞いてたら

ここ以上の癒しの場所はないというじゃありませんか!だからどうし

ても来たくなったもので」「そうですか。こんなこじんまりした別荘

ホテルの噂は都会にも聞こえてきているわけでございますね」「もち

ろんです。アマンを超えるアマンなんてね」「さようですか、アマン

リゾートを超えるアマンですか。それは光栄でございます」いつの間

にか王子さまはどこかへ消えていた。「それではお部屋の方へ。チェ

クインはお部屋でいたしましょう」「どうも。ありがとう」私はひじ

掛け椅子からすっと立ち上がり、自分のカバンをつかもうと手を伸ば

すと、執事の白い手袋に先を越された。「お持ちいたしましょう」私

たちはまだギクシャクした感じでギアを入れた。「お名前をまだ頂戴

しておりませんでしたが」「あぁはい、フィリップ・マーローです」

私は笑いながら答えた。「さようですか、なるほどフィリップ・マー

ロー様。懐かしい響きでございますね。チャンドラーの探偵ですね。

ハードボイルド小説の。私も若い頃よく読んだものです。フィリップ

・マーロー、それにハンフリー・ボガードですね。真のハードボイル

ドです。昔、かっこだけ、よく真似したものです。ほんとに懐かしい

響きです。草食系男子の時代にはあまり流行りませがね」「生島治朗

に、大藪春彦、そうそう、あなたもその口だったんですか」「はい、

精悍なカッコイイ男に憧れましてね。冬にトレンチコートを着て、お

んぼろのオープンカーに乗ってね。それで、
4畳半ひと間の狭いアパ

ートに帰るんですよ。お恥ずかしい話ですが、青春ですよ。今はそれ

でも、人は私のような職業人をカッコイイと言うのですが」「十分カ

ッコイイご職業ですよ」「ありがとうございます」いつの間にか二人

の間のギアはトップに入っていた。


 私と執事は、ひとけのないラウンジを突っ切って、すこしひんやり

とした廊下を歩いた。「突き当たりがマーローさまのお部屋でござい

ますよ」執事がカードキーをかざす合間に私はあたりの様子に目を配

った。しかし、1枚の白いドアがあるだけで、ほかに変わった特徴ら

しきものもない。だが、この細長い廊下は私のこの部屋にだけ通じて

いるようで、他の部屋にはどのような経路で行くのだろうか?「さあ

どうぞ」部屋に入ると、執事は正面奥のドアを指した。「あちらのド

アは二重扉になっております。直接外とつながっておりますので、ご

滞在中は、ロビーやラウンジを通らずに、カードキーで出入りなさる

こともできます」「ほう、それはすごい!」ホワイエ(前室)のよう

な場所には、シンプルな黒いコンソールが置かれ、カサブランカの大

きな花がいっぱいに開いていた。その香りを嗅ぎながら左手を見ると

ガラスの壁で仕切られた小部屋が透けて見えた。大きなチーズの塊の

ような赤いソファが中央に居座っている。「こちらはいわば、書斎で

ございます」「はあ、書斎ですか」「黒い扉はコート用のクローゼッ

トに、奥が書棚でございます」「ほお、」私は数々の高級ホテルを経

験したが、こんな部屋は初めてだった。ただのスイートではなさそう

だ。執事は、壁際のニッチにカバンを置くと「すぐにお飲み物をお持

ちいたしましょう。何かご希望がございますか?」「それではハード

ボイルド風カクテルを。お任せで結構です」「かしこまりました。

ではすぐに」


 「あつ、ちょっと」執事の背中に向けて声をかけた。「あの、さっ

きまでラウンジにいた少年のような」「ああ、王子さまですね」「そ

うそう、王子。そうです」「ひつじの絵でしょう?」「ええ、不思議

な青年だなと思って。まるでサンテグ・ジュペリの星の王子さまのよ

うで」「はい、あのお方はあれでも人気作家なんですよ。お若く見え

ますがね」「作家なんだ」「はい」執事はちょっと笑いをこらえてい

た。「性格や職業まで当てる“占い王子”とも言われていますがね」

執事は思い出したように、オーディオのリモコンを私に手渡しながら

そう付け加えた。










 p.s.イラストは、マダム・ワトソンの新たなご相談ルームになる縮尺図です。

まだ、これからプランニングします。どんな書斎になるのかどうぞお楽しみに。



では、また来週金曜日まで、ご機嫌よろしゅう。







                                      木村里紗子







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