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リサコラム
連載190回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策

第4回

イスとりゲーム

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      

  
「お次はイスとりゲームに勝った方に、

              リンダと2ショットですよ~」

 
      
  





イスとりゲーム




もうろうとした頭で私はリモコンの再生ボタンを押した。長く伸び

るハスキーな声が拍手と共に流れ込んできた。まさか、そんばかな。

私は唸った。性格や職業まで当てる“占い王子”だと?その王子さま

とやらが私のスパイ行為をどうして見抜けるというんだ!しかも私は

まだ何もやってやしない。責められる筋合いもない!私はみぞおちの

一番深いところから湧き出すような吐息を吐いた。しかし次の瞬間、

私はイスとりゲームのイスにありつけなかった間抜けなしりもち男の

ような衝撃をドキンと感じた。“まだ何も悪いことはしていないだ”

と。ああ、我ながらあきれたものだ。少なくとも、他人の秘密を探る

のが私に課せられた役目だというのに。なんとも間抜けなことを思い

ついたものだ。ジャッカルが聞いてあきれるぜ!この仕事は、のっけ

から王子さまに調子を狂わされてしまった。しかし、まあそんなもん

さ。ただのいい加減な占いが当たったまでさ。私はコートを脱ぎ捨て

るように割り切った。ハードボイルド風に。そのつもりだった。


 無性に極上のマティーニが飲みたくなった。ほほう、“エンジェル

ズ・アイズ”じゃあないか。そうだ、クリス・コナーだ。なんてセン

チメンタルなハスキーボイス!ハードボイルドの魂をわしづかみする

響きだ。私はタバコの煙が充満する60年代の夜更けのバーに放り込

まれて、思わず2度目のしりもちを付くところだった。慌ててそばの

巨大な赤いチーズ状のソファにしがみつくと、よじ登るような体勢で

チーズの中に落ち込んだ。この臨場感は一体どこで録音されたものだ

ろう?すごく、いい音だ。私はチーズの真ん中まで体を乗せると、沈

没しそうなくらいやわらかいクリームチーズの感触にのめりこんだ。

しばらくすると、今度はどろりと粘土の高い音が流れ出した。ローズ

マリー・クルーニーの“ブラック・コーヒー”だ。ああ、最高だ。カ

ップについたしずくが流れ落ちないくらいどろりと苦いブラックコー

ヒー。しかし小気味よい。艶と色気のある大人の女の歌声。私は巨大

チーズの上に仰向けに寝転がって、腕まくらをした。渋柿が熟したと

きの色のような、赤っぽいオレンジ色の大きな丸い照明器具が、天井

から私を見下ろしていた。その巨大な渋柿色の光を浴びていると、さ

らに畳み掛けるように円熟した歌声が響き渡った。お次はリンダ!そ

う、リンダ・ロンシュタット。こっそり他人の家に忍び込んだ真夜中

ふとこの声がドアから流れ出てきたとき、我を忘れそうになったこと

があった。高音域が外に向かって無限に伸びるかのような透明な声。

“When you wish upon a star~”私は

リンダの声に鼻歌で応戦した。“星に願いを”か。聴く者の心臓を

突き抜けるこんな透き通る声を出せる人間はそうそういるもんじゃな

い。巨大な渋柿は、大して細かではないプリーツが円を描き、それが

シェードになっている。レトロな演出というわけか。私は寝転んだま

ま、静かに聴き入るバーの客になった。ほの温かな空気がクリームチ

ーズの揺らぎと一緒に私の中に流れ込んできた。それはすうと通り抜

け、部屋の空気が私と一体になった感覚だった。


 静かにノックする音が聞こえた。1回、2回、ひとつ置いて2回。

私は無意識にノックの数を数えた。これも因果な職業のなせる業であ

ろう。ノックもモールス信号と同じ役割を担うことがある。すべての

通信手段を奪われたとしてもノックのリズムと回数で、敵、味方を判

別することもできる。「お待たせいたしました」すでに聞きなれた華

やかな低音だった。この落ち着きはらった声は私に期待と不安が入り

混じった困惑した気分にさせるものだ。「マーローさま、どうぞカク

テルを。少々粘土が高こうございますが」執事は初めてにやりと笑っ

た。「ああ、ありがとう。これがハードボイルド風のカクテルなんで

すか?ほほう、どんな味なんだろう?」「きっと60年代のジャズに

ぴったりだと存じますが」執事は私の前に紫色のロンググラスを置い

た。「この選曲はあなたの?」「ははは、バレましたね」「やっぱり

そうでしょう」「実はこのお部屋はゲスト専用というわけではないの

です。つい先ごろ、このお部屋の所有者が海外に移住なさることにな

り、今は次の所有者を探しておるところです。見つかるまではレジデ

ントのお知り合いなど、ゲストをお泊めするお部屋にして欲しいとの

ご意向なのです。それで僭越ながら、少し私好みにアレンジさせてい

ただいております。しかし、今日からしばらくはマーローさまのお部

屋でございます。それも最高に愉快なお部屋なのですよ」「そうです

か。それは幸運だったと思っていいですね」「もちろんですとも」執

事はにこやかに笑みをたたえ、曇りのない瞳を私に向けて輝かせてい

た。「ではマーローさま、こちらにご署名をお願いいたします」執事

は革張りのバインダーを開くと、私の方に向きを変え、シルバーの細

身のボールペンを添えた。私は誰に宛てた招待状かも判読不可能な文

字を書いたマルセル本人とは面識がない。私がやったことはマルセル

の交友関係を調べ上げ、昔の友人で今は海外に移住しているそれらし

き頭文字のひとりを選び出し、その人物になりすましてこの別荘ホテ

ルに入り込むことだった。もしや、執事がその友人と面識があればす

べておしまいだからである。このマルセルの招待状は偶然にもある私

の顧客の手に渡ったものだった。その顧客とは、少し前からこの別荘

ホテルの内情を知りたがっていた、別のホテルの幹部だった。私に依

頼された仕事は、ここの別荘ホテルを調べると同時に、怪しげなカル

ト集団だと告発し、ホテル業界から追放しようというたくらみからだ

った。


 しかしながら、マルセルの紋章がすかし柄に入っている古風で簡単

な便箋でやすやすと潜入することができるとは、彼の力は相当なもの

らしい。しかし、残された時間は少ない。マルセルが起き出してラウ

ンジに下りて来る夜中までの間、一瞬も無駄にすることはできない。

私は署名欄に何度も練習を重ねて習得したマルセルの友人のサインを

した。「ああ、ご本名でなくてもかまわないです。マーローさま」

「はっ?といいますと?」「“マーロー”さまという通称名のサイン

でも結構なのです。まあ、どちらでもお好きなようになさってくださ

って構いませんが」いったいこの執事はどういうつもりなんだろう?

「それは、どういう意味なんです?」執事は柔和な笑顔を見せてこう

答えた。「私共のこの中ではみな通称名で呼び合います。レジデント

もわたくし共スタッフもすべて。大げさに申しますと社会の仕組みか

らは治外法権を有するのようなところということですね。そのうちご

納得なさられることでしょう」執事は愉快そうに笑い、私は3度目の

しりもちをついた。










 p.s.今日のイラストは、サンペを真似てトライしてみました。





次週は5月14日金曜日です。それまで、どうかご機嫌よろしゅう。







                                      木村里紗子










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