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リサコラム
連載194回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策


第8回

ホリー&マーロー

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト
      
   
「マーローさま、お届けものでございます」


      「きみ、1週間早すぎるんじゃないかね?」
 
      
  





ホリー&マーロー




 午前11時を回っただろうか。蜂蜜色のインテリアも、漂う空気も

初夏のプロヴァンス地方のあのホテル“クリオン・ル・ブラーヴ”に

そっくりだった。気持ちよいくらいの冷たさを残す風は、コーヒーを

運んできたボーイの長いシャツの裾をさらさらと揺らしていた。私は

皿の上のメープルシロップのしずくをフォークの先ですくった。「あ

あ、絶品のメープルシロップだね」「お気に召しましたか。それはう

れしゅうございます」ボーイは、お辞儀と一緒に私の前にお代わりの

コーヒーを置いた。


 「それで、さつきのドレスコードだけどね。紳士淑女の
」私は皿

の上に残ったメープルシロップをゆっくりとパンケーキの最後のひと

かけらで吸い取った。「はい、仮装なさる方もおいででございます」

「仮装舞踏会みたいにかね?」私は驚きを口の片隅に残したまま、な

るべく自然に笑った。そう、ハードボイルド風にさ!「そうですね。

みなさまとても楽しくて愉快な、しかし礼儀正しい方々ばかりでござ

います」「そう、きっとそうだろうね。それではテニスコートもプー

ルも社交場なのかな?」「はい、マーローさま。そうとも申せます」

「ふ~ん、なんとなく
」私は自己中心の詮索癖をもつ探偵かぶれみ

たいに、「ここは、ミステリーの匂いがするね」と、チープな趣味人

のうんざりするせりふを吐いた。「マーローさまは、もしかしたら、

あのフィリップ・マーローの、マーローさまなのでしょうか?」「あ

っそう!知ってるかね?」若い人間にしてはなかなか偉いもんだと

私は内心、自尊心をくすぐられた。「もちろんですとも。レイモンド

・チャンドラーの探偵ですね。探偵小説を書かれておられるのでしょ

うか?」「ああ、いや、私は、単に趣味でね」「さようですか。つま

り、ハードボイルドがお好きなのでしょうね」「そう、そのとおり。

だけど、今はハードボイルドなんてほんとに少数派だからね。今じゃ

流行らない、その昔のダンディズムだろうって斬って捨てられたとし

ても、決してそんな人間たちのポリシーが揺らぐことはないんだよ。

それがハードボイルドのハードボイルドたるところさ」私はいきなり

マーローになりきっていた。しかしマーローはこんなせりふを言った

だろうか?「マーローさまはタキシードなどお似合いのようですね」

「さあ、どうかな?めったに着ることはないから、それは困ったな」

「いえ、いえ、どうぞ、お気楽に。こちらのみなさまは、ちょっと変

わった紳士淑女ですから、古いハリウッド映画に出てくるような衣装

で晩餐にご登場なさる方もいらっしっしゃいます」「ほう、たとえば

どんな?」「『ティファニーで朝食を』の、ホリー・ゴライトリー役

のセクシーな黒いドレス姿なんかでですね」「それはいいねぇ~。晩

餐の席に黒いサングラスに、長いきせるを持ってかね」「はい。その

方は、もちろんですが、ホリーさまとおっしゃいます」「なるほど、

オードリー・ヘップバーンになりきるわけか」「はい、こちらではみ

なさまその役になりきっておいでですので、ちっとも恥ずかしがられ

ることはございません。ですから、マーローさまもピンクのシャツに

パウダーブルーのジャケットなどで、どうぞお越しくださいますよう

に」「ははは、それじゃ、リゾート地で犯人を追っている、探偵の役

で登場するとしようか」私は自分でも驚くほど陽気に笑った。さっき

までの、自殺ホテルの小説のことなどすっかり忘れたかのごとくに。

そして、2杯目のコーヒーは1杯目よりさらにうまい。


 「ところでマーローさまはどなたのゲストさまでございますか?」

ほら、やっときたぞ!私は笑顔を浮かべた。「マルセルだよ。古い友

人なんだ」私はラング・ド・シャのような舌で軽やかに答えた。「あ

あ、はい、マルセルさまの」「そう。でも、彼は覚えているかな?招

待状を寄こしたことも」私はマルセルという人物の交友関係の広いこ

とはもちろん承知の上だ。「マルセルさまは、晩餐のときにしか降り

てこられませんので、まだまだお時間がございますね」ボーイはさぞ

残念そうな表情を見せた。「彼の昼夜逆転の習慣は知ってるが、マル

セルの話では、すばらしい別荘ホテルだというものだから、実際そう

だけどね。ひとりでも楽しんでみたかったんだよ」「それでは晩餐の

お席のパートナーさまは、マルセルさまということでよろしいのでし

ょうか?」私はパートナーという言葉にちょっと笑いを感じながら、

「そうだね。久しぶりだから、楽しみだよ」と笑みを返した。ボーイ

に2杯目のカップを返すと、私はダイニングの奥のラウンジに移動し

すると、そこはすでに午後のお茶の準備もされていた。座り心地も

よさそうなひとりがけのソファに陣取ると、マルセルに会わずに急遽

帰るために用意してきた口実3パターンの中から、一番妥当なものは

どれかを考がえ始めていた。


 ボーイが3杯目のコーヒーを持ってきたとき、私は快い風に吹かれ

ながら、今までに得た情報を頭の中でまとめようとした。プールにテ

ニスコート。オールデイダイニングに、クラブラウンジ。そして、ラ

イブラリー。ここまではちょっとしたリゾートホテルなら、どこでも

同じようなものだ。しかし、それに加えて専用の書斎が部屋とは別の

場所に用意されており、さらにレジデントが持ち寄った完璧なドレッ

シングルームまである。しかも、男性は4サイズ。女性は3サイズ!

それを無料でレンタルでき、食事もオールインクルーシブ!ゲストは

レジデントの紹介状を取り付けるという難関を突破すれば堂々とペン

ネームやニックネームで過ごすことができる。しかも、優秀なバトラ

ーつきで。さらに、おかしなことには、晩餐にはドレスコードを超え

た衣装を身に着け、まるで、仮装パーティのように着飾り、見知らぬ

同士が食卓を囲むと!私は彼らの顔を想像してみた。どんな人間たち

なのだろうか?


 しばらくすると、胃の中のうまいパンケーキのせいか、急にソファ

でうとうとし始めた。執事の説明はもっともらしいが、何かわけがあ

りそうな気もする。急速な眠気が私の頭を占領し始めていた。誰かが

脳みそをぐいと後ろのほうに引きずり、意識を遠のかせる。それを又

私の理性があわてて引き戻すのだが、満腹の胃袋と南フランス風のラ

ウンジ、かすかなささやきのような初夏の風が団結して大波小波の睡

魔をよこしてくる。辺りの景色がかすんできたと思うと、みるみる

すべてが美しい蜜の味に変わった。まさかヤクを盛られたんじゃある

まい?私の手も足もいうことをきかなかった。ハードボイルド探偵も

時々、敵の術中にはまることもあるのだが。しかし、まさか、あのメ

ープルシロップに?あの、小説のホテルの名は、う~んなんていった

だろうか?私は引きずられるような強力な引力のようなものについに

屈した。ギリシャ語で“死”を意味していたことだけをうっすらと思

い出しながら。







        





p.s.「リサコラムの部屋」も毎週金曜日、少しづつ更新することにいたしました。

これも習慣の奴隷といたします。



 2010年4月16日より、『華麗なるスパイの失策』が始まりました。

さて、次はどんな展開が待っているのでしょうか、実は私にもわかりません。



 次週は6月11日金曜日です。それまで、どうかご機嫌よろしゅう。







                                      木村里紗子










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