MadameWatson
マダム・ワトソン My Style Bed room Wear Interior Others Risacolumn News
HOME | 美しいテーブルウェア | 上質なベッドリネン&羽毛ふとん | インテリア、施工例 | スタイリッシュバス  | Y's for living
リサコラム
連載196回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策


第10回

ホリーという女

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト


    
「マーローさんのお部屋のことはよく知ってるわ
       甘く見てたら、痛い目に合うかもよ」

 
      
  





ホリーという女





小瓶のシャンパンにブーケか。私はほぉ~と長いため息をつくと、

頭を左右に振った。女の子たちが喜びそうなこんなキュートなプレゼ

ントをもらったのは実に久ぶりだった。それをこのマーローさまに送

って寄こすとは!きっと少女趣味をまだ残す年齢不詳の女性に違いな

いだろう。私は差し入れのかごをサイドテーブルに投げるように置く

と、また元のソファに腰を下ろした。かごから白い花束が重たい頭を

下にして、ぽとりと床に転げ落ちた。私はそれをぼんやり眺めながら

これからの数時間をどのように過ごすべきかを考えた。幸いなことに

今晩、マルセルはダイニングに降りてこない。神は一番の邪魔者を私

から遠ざけてくれたのだ。つまり幸運にも自由にスパイ行為をする

チャンスを与えられたいうことだ。次に神は私にホリーという女性を

よこしたといのうか。それならば、少女趣味のお相手も成り行きに

任せてみようではないか。ハードボイルドを自認する男というものは

繊細で傷つきやすいくせに、決して自分の弱みは見せない。うまい話

があっても、自分のポリシーに合わないことはやらないし、そのため

に人にだまされることはあっても、自分自身をごまかすことだけはや

らない。そして近づく女の意図を読むことに関しては超一流と自認し

ているところもある。


 私は床の上に転がった花束をじっと眺めながら、長い時間考え続け

ていた。それから、ガラスのドアを押してワインセラーにはいり、彼

女が贈ってきたものと同じシャンパンの小瓶を出してきた。シャンパ

ンなんて、この部屋のワインセラーにどっさり冷えている。ここのオ

ーナーはすばらしい眺望の部屋を確保して、さらに自分だけのゴージ

ャスなワインセラーまで作ったようだ。ホリーは、この部屋のことを

知らないのか、それとも単純に間抜けなのかのどちらかだろう。

どちらにしても大差はない。まあ、いいさ!私は冷蔵庫から冷えたグ

ラスを出してきて、栓を抜くと麗しい液体を注ぎ、睡魔のソファの上

で一気に飲み干した。シャンパンの泡は静かな音を立てて、私の胃の

中で転げまわっていた。それからホリーのバスケットから、シャンパ

ンのビンを抜き取るとワインセラーに戻し、飲み干した空ビンをバス

ケットに入れるとホリー宛てのメモを添えた。『すでに食前酒は済み

ましたから、メインディシュからでも私は結構。それではディナが楽

しみです』そこまでやった後に、バスローブのまま部屋を出た。


 私に与えれた部屋は、ドアを出るとすぐに通路があり、その先がド

レッシングルームにつながっていた。私は自分好みの服をそこで選ぶ

つもりだった。ドレッシングルームの先には私専用の書斎がある。

つまりは、私の部屋を挟んでここに宿泊している数人が使うドレッシ

ングルームがあることになる。どうやらこの部屋のオーナーは、ドレ

ッシングルームに一番近い部屋を獲得しているようだ。私は少々不思

議に思いながらも、今晩のジャケットとパンツ、シャツにネクタイ、

カフスボタンを選んで、肩にかけ、部屋に戻った。バスルームの隣は

奥行き2m幅3mほどの居心地のよいクロークになっていて、やわら

かな白いじゅうたんが敷いてある。中央にドレッサーを兼ねた鏡つき

のシンプルなテーブル、その左右にシンメトリーにハンガーパイプが

並び、その下にはプレーンな作り付けのチェストがある。ハンガーパ

イプには2枚のバスローブだけがかかっていた。ドレッシングルーム

で仕入れてきた服をここに吊るすらしい。私は“公共”のその場所か

ら借りてきた衣装をハンガーパイプにひっかけると、その中のシルバ

ーグレーのジャケットを当ててみた。光に当てるとほのかにすみれ色

を帯びている。なかなかいい色だ。それから淡いラベンダーとグリー

ンの細いピンストライプのシャツに、ココア色にシルバーの紋章のよ

うなワンポイントの刺繍のあるネクタイを当ててみた。カフスボタン

にはラベンダーとグリーンの石が十字架状に並んだものを選んだ。な

かなかセンスのいいものが揃っている。はたしてホリーさまは気に入

ってくれるだろうか?そして私は鏡に写った自分に苦笑した。


 借りてきた服をハンガーに戻すと、小部屋の中央に置かれたドレッ

サーテーブルの前に腰掛け、初対面の女性に何をどう聞き出せるかと

思案していた。これまでのハードボイルド人生に照らし合わせてみて

この手の女性は初対面の人間に簡単に何でもしゃべるに違いないから

適当にお茶を濁していれば、自分のことを話さずにすむはずだ。私は

そう作戦を練りながら、じっと鏡に映る部屋の景色を眺めていたら、

どうも廊下の布張りの壁に1箇所に切れ目があるようだ。しかもよく

見ると小さな丸い穴が開いている。もしや秘密のドアに通じているの

かも?押してみたが、動く気配はなかった。また引き出しという引き

出しをすべて開けてみたが、007もどきの仕掛けらしきボタンもな

い。もちろん、どんなリモコンにも何の反応もない。2時間の無駄な

努力を積みかさねて、私は深いため息を付くと、あきらめて服を着る

ことにした。


 ホリーのカードと小さな白いブーケを拾い上げてかごに戻すとき

カードの裏面の緑の部分に『栓抜きをお使いください。そしてこの花

を胸に挿して来ていただけますか?』と書かれているではないか!グ

レイシャスなワインセラーのある部屋に、小瓶のシャンパンと不必要

な栓抜きを贈る女
私はどこの馬鹿な男より間抜けだった。急いで、

栓抜きを壁の切れ目の小さな穴に差し込み、くるくると回すと、カチ

ッとバネが外れて、見事栓抜きは秘密のドアを開放してくれたのだ!

そこはがらんとした広い寝室で白い天蓋ベッドと白いナイトテーブル

だけが左右に置かれている。すばらしい眺めだった。海と空はつなが

って、地平線と水平線のあいだに熟れたざくろの実のような色をした

グラマラスな太陽がカーテンのない部屋の中に入ってきた。この未完

成の秘密の寝室は、この部屋の酔狂なオーナーの趣味だろう。ワイン

スクリューがカギ穴のカギになっているとは私の記憶では初めての経

験だった。時間はすでに午後の6時半を回っていた。


 すぐに電話の受話器を取ると、バトラーのボタンを押し、バスロー

ブを脱ぎ捨てた。4分きっかりで、鏡の中にダンディな男が出来上が

っていた。私はやってきた若いバトラーに、かごをホリーに届けてく

れるようにといいつけ、先ほど書いたメモを破り捨て、新たなメモに

一番上等な走り書きでこう書いた。「今晩は素敵なディナーになりそ

うです。ご指示どおり、胸にこの小さな花をつけてゆきますので、そ

れを目印に」私は歯の浮くようなせりふを書いて、空き瓶と一緒にか

ごをバトラーの胸に押し付けた。“ホリーさん、あなたは私の好みか

も知れない”私は心の中で負けを認めて少々赤くなった。






p.s.

 イラストはサンダーソンでコーディネートしたつもりのホリーの部屋です。

どんな女性なんだと思いますか?



「リサコラムの部屋」も毎週金曜日、少しづつ更新することにいたしました。



 次週は6月18日金曜日です。それまで、どうかご機嫌よろしゅう。







                                      木村里紗子




リサコラムに関するご意見、ご感想はこちらまで。                

mmm@madame-watson.com




* PAGE TOP *
Shop Information Privacy Policy Contact Us Copyright 2006 Madame MATSON All Rights Reserved.