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リサコラム
連載197回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策


第11回

ナイトキャップは
ジャスミンで


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト

 
「あ、あの目印の花...もしかして、あなたが
            かのマーローさん?」


 
      
  





ナイトキャップはジャスミンで


 

白いブーケを手に取ると鼻に近づけた。この香りは、どこで嗅いだ

香りだったろう?その名前は分からなかったが、確かに嗅いだ覚えが

ある。数本を取り、ジャケットの胸に挿すと部屋を出た。廊下を出る

と長い回廊につながる。中庭の蓮池の庭の中には石積みの壁がそそり

立つ。その壁のいたるところから、ちょろちょろと水が流れ、下から

つたが伸び上がっている。突然、風がざわざわと静かな回廊に響き渡

ったかと思うと、空は熟れて落ちかけた赤黒いしぶ柿のような色に染

まった。日が落ちる寸前、リゾートの顔は、紳士淑女の顔へと変化す

るんだ。その空気の流れは、私の胸元の白い花から強い香りを立ち上

らせた。


 レストランの入り口で、なでつけた頭に折り紙のようなスーツを着

こなしたボーイに挨拶を受けた。名前を名乗ると、小さな丸いテーブ

ルのあるホワイエに通された。その先は軽いカナッペのようなオード

ブルが並ぶラウンジが続いている。だんだんと赤黒く染まる空を眺め

ながら、着物を粋に着こなした中年の男性が一人腰掛けて、何かを飲

んでいた。奥にはさらにクラシックな雰囲気の小部屋があり、アイボ

リーの麻のスーツを着た男性が窓辺に立ち、連れの女性がやって来る

のをワイン片手に待っている。静かなジャズのピアノの曲が流れてい

る。アイボリーの麻の男性は私と目が合うとにっこりと笑い、こんば

んは!とうれしそうな顔で話しかけてきた。普段は何かの勧誘員や、

選挙運動中の候補者か運動員以外は、めったなことでは他人に親しげ

な態度を見せて挨拶をしてくることはない。


 「ビル・ゲイツといいます」私はさして驚きはしなかった。ここで

はそうなのだ。ここではなりたい人物になりきることができる。「私

はフィリップ・マーローです」ビル・ゲイツはフィリップ・マーロー

と握手を交わしながら、「いい香りですね」と胸元の白い花を見つけ

ると即座に反応した。「ああ、これ?目印です。今日が初対面の女性

から贈られたものなんでね」「そうですか。リゾートに似つかわしい

目印ですね。アナログで結構なことだ。私なんか、これです」とポケ

ットから小さなフォトフレームを出した。「これを置いて遠くにいる

彼女と会話しながら一緒に食事をするんです」その画面を覗き込むと

『ただ今支度中』という表示が出ていた。「彼女の準備ができて食卓

に着くと、フォトフレームの中の彼女と一緒に食事を始めるんです。

現実に目の前にいるのとさほど変わりはありせんね。少々小さいだけ

で。こちらのメニューをあらかじめ彼女に伝えておいて、向こうでも

同じ食事をしてもらうんです。だから離れていても同じ食事を楽しむ

ことができるんです。そう驚くことでもありませんよ。お互いフォト

フレームの相手をテーブルの反対側の席において一緒に食事を楽しむ

ということです」「なるほど新しい遠距離恋愛の形ですね。さすが、

ビル・ゲイツさんだ!」「それはお褒めの言葉をありがとう
....

ああ、彼女が出てきました」スタイリッシュに決めた、ジエットセッ

ター風のビルは、「ハァイ、ハニー!」と声をかけると、風きり音を

残して3段飛びの選手のように私の元を去ってダイニングに行ってし

まった。


 残された私はホリーからどんな話を聞きだすかのシナリオをまとめ

ていた。しかし相手は私が最初想像していたよりは、はるかに頭の回

転が早そうである。しかも、何か秘密を知っているのは確実である。

でも私には自信があった。たとえ、ワインの栓抜きをシャンパンと一

緒に送られてもそれが秘密の扉を開ける鍵だなんてそんなことにさえ

気づけない人間だってもちろんいるだろうから。ハードボイルド探偵

としてのカードもたくさん持っている。私は胸の白い花を直しながら

腕時計をちらっと確認した。


 「マーローさんですか?」目を上げるとそこには、黒いドレスを着

て大きなリボンのついた白い帽子をかぶったホリー・ゴライトリーが

いた。「ああ、こんばんは、先ほどはどうもありがとう」「こちらこ

そ、目印がよくお似合いですね」「とてもいい香りですね。どこかの

リゾートを思い出しているところです」「それはよかったわ」彼女は

オードリー・ヘップバーンの映画の登場人物を見事なほどに、ごく自

然に演じていた。「マーローさんは初めてでしょ。ここのお料理はと

ても野菜とは思えないすばらしいものなのよ。この辺りの畑で採れた

新鮮な野菜をね、メトロポリタン美術館に飾れるくらいのすばらしい

ものに仕上げるんだから」彼女は席に案内される間も、それから本日

のメニューからオードブル、メイン、デザートと数種類から選ぶ間も

陽気に話をした。「ここのサラダ・ニソワーズと豆腐の白身魚風フリ

ットにお似合いのワインなら、地味めでチャーミングなこの彼女はど

うかしら?」「そうですね、結構だと存じます。では、白はモーゼル

で。かしこまりました」すぐにオードブルが運ばれてくると、ホリー

は一皿ごとにボーイに個性的な感想を寄せ、すばらしい!を連発して

いた。常に彼女のペースで話が進んだ。「マーローさん、ここの人た

ち、みんな変人でしょ」私は目の前にいる彼女もその部類に十分属し

ていると思いながらも相槌を打った。「あのフォトフレームと一緒に

しゃべっている奇妙な男性、彼はビル・ゲイツ氏よ。それから、あの

浴衣を着ている男女が夏目金之助ご夫妻よ。夏目漱石の本名らしいわ

ね。それに、あの金髪の若い彼は作家の“星の王子”さま、とおつれ

さまのバ、ラ!バラの女王!マリリン・モンローというバラなのよ」

私はああ、と小さく声を上げた。「それで、君が、『ティファニーで

朝食を』の主人公、ホリー・ゴライトリーというわけだ!」「そう。

でもね、ここの人たち、大富豪とか文豪とかのふりで別の人生を楽し

んでいるんだけど、その実、ごく普通のサラリーマンがほとんどらし

いわ。でも、最高!日常世界からは全く違う桃源郷だわ。すばらしい

設備に、しつけのいいスタッフに、完璧な執事。安全で芸術品みたい

なお料理でしょ。それに完璧なおもてなし!ここの部屋を買えたのは

ほんとにラッキーだったわ!」私はメトロポリタン美術館に飾られる

料理の味を堪能するまでの余裕がなかったが、彼女の話は興味深く、

面白かった。そしてこの別荘ホテルの人間たちは意外にまともなのか

と思えてきた。デザートを食べ終わるとすぐに彼女は「お先に失礼」

と言うと席を立った。私は慌てて立ち上がり、「この、いい香りの花

の名前は?」と聞いた。「ジャスミンよ。それではおやすみなさい」

と言うと颯爽と立ち去った。



 ホリーは部屋に帰ると、受話器を取りバトラーのボタンを押し、今

夜の晩餐がすばらしかったことのお礼を述べた。「そうね、繊細だけ

ど、ちょっと癖があるわね。
ああそう、ジャスミンがいいわ。やる

なら、今晩ね」彼女はそう言うと受話器を下ろした。






           
   






「リサコラムの部屋」も毎週金曜日、少しづつ更新することにいたしました。

上の写真、ホリーの部屋からどうぞ。






                                      木村里紗子










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