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リサコラム
連載198回
本日のオードブル
華麗なるスパイの失策


第12回 最終回

香りの記憶”

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書”シンプル&ラグジュアリーに暮らす”(ダイヤモンド社)(06年6月)がある。
道楽は、ベッドメイキング、掃除、いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まること。
18年来のベジタリアン。ただしチーズとシャンパンは大好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒は強くない。
好きな作家は夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、マルセル・プルースト





 
「ホリー、あなたのお部屋はわたしがコーディネート
  したのよ。 どうお?気に入ったかしら?」

 

 
      
  





香りの記憶




優雅な別荘ホテルのレジデントは、著名人のニックネームを持ちな

がら、私と同じ凡人というわけか。立ったままの私に気づいた若いボ

ーイは微笑みかけると、私もニヒルに笑みを返しながらゆっくりと

腰を下ろした。


 実は私には、今朝からずっと気になっていることがあった。ダイニ

ングを出ると、地下のライブラリーを目指した。ガラスのドアをいく

つか開け、大またで1歩踏み込むと、深い濃紺のじゅうたんに右足を

取られ、もつれてそのまま前のめりに倒れてしまった。「大丈夫です

か?」だらしなく伸びた私の体を持ち上げようと、誰かが手を伸ばし

た。ネームプレートが私の鼻先であざけるように踊っている。『ミス

・マープル』。ああ、ミス・マープルだと?ハードボイルド探偵が、

おばあちゃん探偵に助け上げられるのか!「こんばんは、ミス・マー

プル、ここでは検索はできるのかな?」私はそれでも、すっと体を持

ち上げながら言った。「はい。もちろんです」「じゃあ、“死”を意

味するギリシャ語で、ホテルの名前になっている小説を探しているん

だが、検索してくれるかな?」「あぁ『タナトス・パレス・ホテル』

ですね」ミス・マープルは即座に答えた。「今はお貸し出し中でござ

います」「君、もしかしてその“検索”そのものだというのかね?」

「はい。マーローさま」「なるほど、お見通しだね」「いえ、ちょっ

とした推理の結果でございます」「それじゃ、君はここにある数千冊

の本をすべて暗記しているとでも言うのかね」「はい。僭越ながら、

そのつもりでございます。何なら、クイズでも?」「いや、結構」今

度は私が即座に答えた。「それじゃ、そのストーリーも知っているの

かね」ミス・マープルの銀縁のめがねがきらりと光った。「自殺願望

の銀行員の話ですね。株取引の失敗で大きな損害を会社に与えてしま

った、」「まさにその通りだ。それで?」「彼はあるエレガントなホ

テルから、招待状のようなもの受け取ります。そこは自殺をスムーズ

にさせるホテルなのです。別名“自殺ホテル”。埋葬費まで込みの多

額の前金も払った後、支配人から同じ目的で宿泊している、一人の美

しい女性を晩餐のパートナーにと勧められ、そこで意気投合してしま

うのです。つまり新たなる“生”の人生をその彼女と歩もうと決意す

るわけです。翌朝、彼は自分の意思を支配人に告げ、前金を返還して

もらう約束をしますが、実は、その女性はホテルに雇われた女性だっ

たのです。ゲストの不信感を取り除き、安心して熟睡させる。その間

に毒ガスで殺すというそんなストーリーですね」「そうか、ありがと

う。ミス・マープル。そう、そうだった」「あのぉ、この本は随分前

からホリーさまの書斎にございますが、ご予約なさいますか?」私は

すでに彼女に背中を向けていた。そうだったのか、私はホリーと執事

に気づかれ、逆に、命を狙われているのか!この愕然とする事実を私

は受け止めなければならなかった。部屋に戻ると書斎の裏口の鍵を確

かめてみた。二重扉はカードキーで簡単に開いた。ドアを開け放した

ままで、今度は“眠れないソファ”に座り、鼻と口にタオルを当てる

と一睡もせず明け方を待った。私は毒ガスからは逃れたようで、どう

やら生きていた。そして考えた末、正面玄関から堂々と出ることにし

た。かすかに、昨晩嗅いだ花の香りがしたような気がした。


 ひっそりとしたロビーラウンジに、レストランにいたボーイがひと

り、朝食の準備を始めていた。「おはようございます。お早いご出発

ですね」と彼は笑顔で言った。「ああ、急な仕事で早く帰らなければ

ならなくなってね、空港までタクシーをお願いできるかな?」「もち

ろんです。こちらでお待ちいただけますか?」と言うと彼は私に熱い

コーヒーを持ってきてくれた。「わたくし共のリムジンで空港までお

送りいたしましょう」「ありがとう。それとメープルシロップのパン

ケーキは実に絶品だね」「恐縮でございます」「それに、君はよく気

が利くね」彼は微笑むと、「これが天職だと思っております」「天職

ね。私もつい昨日まで、自分の天職を疑ったことはなかったけどね」

「昨日までですか?」「君の天職が羨ましいよ」「私はここのマルセ

ルさまに救われたのです。それとホリーさまにも」「マルセルとホリ

ーに?」「そうなんです。だから、ここに居させていただけるだける

なら、どんな仕事でも天職なんです」「そう?いわくがあるんだね」

彼はイヤホンからの指令を受けると私を正面玄関まで案内した。

玄関には、車がドアを開けて待っていた。「ああ、今朝はラッキー

すよ、マーローさま!それでは、どうかお気をつけて。またお目にか

かれますことを祈っております」そういうと、深々とお辞儀をした。

私はさっそく空港までの1時間半の道のりを睡眠時間に当てた。


 とても長い夢を見た。「まもなく到着いたします」と言う声で目が

覚めると、運転手は車を停め、「ご友人にお渡しいただければ」と振

り向いて私に封筒を渡した。中を開けると、すかし柄の入った便箋に

『紹介状』と書かれてあり、読みにくい字でサインがしてあった。そ

の下には、マルセルとブロック体で書かれていた。「あちらの別荘の

一部屋を持っている者です。実は、小説も書いています」というと、

ドアを開け、「ぜひ、またお越しくださいますように」と笑顔で私を

送り出した。彼が、あのマルセル?謎は単純なほどに解けた。そして

私は、もちろん走った。ゲートまで永遠に続くような道を。


 朝の光は、ホリーの寝室にきらきらした白い影を存分に投げかけて

いた。ノックの後、朝食を持ってきたボーイは、手早くテーブルを整

えると、ホリーに準備ができたことを伝えた。「ありがとう。昨晩の

私のパートナーのマーローさんだけど、ジャスミンの香りでよく眠れ

たかしらね?」「朝早いお目覚めだったようです。もう発たれました

から。きっとよくお休みだったのでしょう。摘みたてのジャスミンの

香りをたっぷりお部屋に流しておきましたから。しかし、すばらしい

アイデアですね。私も1年前を思い出しますよ。私のときは、アマン

リゾートで嗅いだ月下香の香りでした。きっとマーローさまも素晴ら

しい眠りを満喫してくだったことでしょう」「そう、だったわね。い

い香りの記憶はいい思い出とセットになっているから。でも、彼は私

が贈ったワインを飲まずに、ワインセラーのシャンパンを飲んだみた

いなのよ。せっかく新種の微炭酸のワインを開発したのにね」「そう

ですか」「でも、ちょっとまだ若いわね。繊細すぎて
癖もあるし」

「そうでしょうか?おいしゅうございましたよ」



 「ところで、ベッカム氏のあとの次の幸運なオーナーは決まったの

かしら?」「まだ、あの秘密の扉の鍵を見つけた方がいらっしゃらな

いのです」「そう、マーローさんもダメだったのね。鍵を見つけたゲ

ストにあのすばらしい部屋を言い値で譲るなんてね。そんな幸運な扉

の鍵は....」ホリーはため息をつくと、ボーイがゆっくりワインの栓

を抜くのをぼんやり見ていた。
一体どこにあるのかしらね?」








                           おわり


            





 「リサコラムの部屋」も毎週金曜日、少しづつ更新することにいたしました。

上の写真、ホリーの部屋からどうぞ。

          

 2010年4月16日より始まりました、

『華麗なるスパイの失策』はこれでおしまいです。

楽しんでいただけましたでしょうか?


次は7月9日金曜日。新たなドラマが始まります。

それまで、どうかご機嫌よろしゅう。







                                      木村里紗子















リサコラムに関するご意見、ご感想はこちらまで。                

mmm@madame-watson.com





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