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リサコラム
連載599回
      本日のオードブル

愛おしいひとびと

第1話


「のんちゃん」



木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただし
お酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




マリンブルーの
海を背景に
白いテーブルクロスが
きらめくホテルの
ホールで今日もパーティの
準備が着々進んでいます。
ブルーのお皿、
ブルー&ホワイトの
椅子カバー
真ん中にはいちご畑を
イメージしたアレンジ。
どれも素敵。
働くひと
みんな愛おしい。

 







        

第1話 「のんちゃん」




 
「さっさとやろうぜ!」チーフの叫び声がホールに響き渡る。


「のんちゃん、あと1時間半ですよ」のんちゃんより5歳は若いマネージャー

はクールな瞳でのんちゃんにプレッシャーをかけた。「はい」のんちゃんは短

く返事をした。


            


 山より海、冬より夏、ホワイトカラーよりブルーカラー、そして、食事より

ケーキが大好きなのんちゃんがこの海辺のリゾートホテルに2度目の就職の場

所を選んだわけは、そんな単純な理由だった。

 のんちゃんの勤務するこのリゾートホテルは街中から離れた海辺の町に出来た

目新しいスポットで、エーゲ海に見立てた海を見下ろす小高い丘の上に白鳥が

羽を広げた形の真っ白な建物がセールスポイントだった。

 このリゾートホテルの主たる収入源はホテルウエディング。そして披露宴会

場兼、レストラン『エーゲ』は吹き抜けの天井から切られた窓からブルー一色

の世界が広がる、非日常のロケーションで、予約は1年先までいっぱいだった。


             


 大安の日曜、今日の披露宴のテーマは『海辺のいちご畑で遊ぶ』というちょ

っとユニークなものだった。しかし、それは最初から難航した。まずは、予定

人数が昨日、急に3人増えたことら始まった。しかし、指定されたブルーの椅

子が1脚足りないことが判明した。それをどうするか喧々諤々の議論が始ま

った。


 のんちゃんという名前はあだ名で、「仕事がのろい」ということでついた

名前だった。のんちゃんは教わった通りにやるだけも、苦戦する。

だから、テーブルに皿やシルバーやナプキンを並べるという花形ぽい仕事はの

んちゃんにはまだ回って来たことがなかった。のんちゃんの主な仕事は他のス

タッフがやりたがらない仕事で、その時々でキッチンだったりホールだったり、

お客様が使った後にすぐにやるトイレチェックや、主に後片付け中心の際限の

ない雑務だった。


             


 「あと、1時間15分」カウンター係のマネージャーの高い声がまたホール

の中に響いた。床のシミを取ろうと床にはいつくばっていたのんちゃんはいき

なり背中をつつかれた。「椅子カバーを掛けてもらえないか?」振り向くと、

チーフがのんちゃんを見下ろしていた。「はい。わかりました」のんちゃんは

素直に応じた。2客不足した椅子のために、40の椅子の内、20脚の椅子に

白地にドットの入った椅子カバーを掛けて、それを交互に置き、急場をしのぐ

ことに決まったようだった。のんちゃんは慣れない手つきでカバーを破りはし

ないかと恐る恐る掛け始めた。一緒に始めた若いスタッフはすでに、3脚の椅

子に椅子カバーを掛け終わっているのに、のんちゃんはまだ1脚をやっと終わ

ったところだった。のんちゃんはチーフにいつも仕事が遅いと注意を受ける。

わかってはいるが、どうしても早くできなかった。丁寧にやることは得意で

も、早くやることは最も不得意とするところだった。


 のんちゃんよりはるかに若いスタッフはのんちゃんの顔を見るとにやっ

と笑った。のんちゃんは申し訳なさそうに、にこっと笑った。若いスタッフ

20脚の内の自分の受け持ち分の10脚を早々と終わらせると、のんちゃん

を置いて他の仕事に回った。のんちゃんはノロノロと椅子にカバーを掛け続

けた。


            


 そこに、別のスタッフがやって来て、料理が遅れているから、テーブルセッ

トを替ってくれと言いに来た。のんちゃんは素直に「はい」と言うと、すで

にウエルカムプレートが並んでいるテーブルに始めてカトラリーを並べ始め

た。のんちゃんはわくわくした。


            


 やっと1人前を並べ終えたところで、チーフから太い怒りに満ちた怒鳴り声

が聞こえた。「のんちゃん、椅子カバーはまだか!」のんちゃんは「はい!」

と返事をすると、残りの椅子5脚にまた椅子カバーを掛け始めた。テーブルセ

ッティングは中断した。しかし、1脚掛け終わらないうちに、今度は、別のス

タッフがやって来て、のんちゃんをキッチンに引っ張って行った。のんちゃん

は引きずられるようにキッチンに入ると、野菜を洗った。さらに、それが終わ

らないうちに、デザートシェフがのんちゃんのところにやって来て、手が足り

ないから、絞り出し袋に生クリームを詰めてくれないかと言いに来た。のんち

ゃんは急いで後についてゆくと、生クリームをヘラで詰め始めた。


            


 作りおきをしないスタイルのこのホテルのポリシーでは、披露宴が進行して

いる間にケーキを完成させる。そのため、オープンキッチンとつながったホー

ルは披露宴の前は戦場に近い様相を呈している。そのことを知るゲストはい

ない。


            


 のんちゃんはそれでも、いろんな仕事を覚えられるのがとても楽しかった。

どれも新鮮な仕事で新鮮な手の動きがあり、新鮮な気分でやることができた。

たとえ怒鳴られようとも丁寧にこなすのんちゃんはそれでも少しづつ、他のス

タッフから重宝されるようになっていた。


            


 そしてずっと夢に見て来たデザートのブースで生クリームを扱うことができ

ると思うと、のんちゃんの心臓はどくどくと高鳴った。その内、いつか、白い

段々のケーキの階段にきゅっと先がとんがった白い生クリームの小山を点々と

絞り出すことができる日が来るだろうかと思うと、袋に生クリームを詰める作

業でさえ、夢心地だった。


            


 しかし、そんな幸せな気分を一転させたのは、マネージャーの甲高い声だ

った。「ストップ!みんなストップ!」スタッフは一斉に手を止めた。

「キャンセル、キャンセルだ!」さらにどよめきが起きた。「たった今、お客

様から連絡があった。花婿が急病で今日の披露宴はキャンセルということだ

」一斉に「わ~」という声があちらこちらで上がった。「どうすればいいん

だろう?」キッチンの中でスタッフたちが茫然となって立ったままだった。


            


 「それぞれに話し合って、後片付けを始めてくれ」「キャンセルチャージは

全額だよね」また別のスタッフが言った。「うん、きっとそうだろうけど」ス

タッフの中にはこのような事態を何度か経験している者もあって冷静に対応し

ていた。


 のんちゃんはすぐに椅子のカバーを外しにかかった。3脚しか掛けていなか

ったので、10脚掛けたスタッフよりも早く終わり、途中になったテーブルセ

ッティングもまだ開始したばかりでほとんど終わっておらず、片づけはすぐに

終わった。


            


 のんちゃんは、意気消沈した風でのろのろと後片付けをやっているスタッフ

と何をやっていいかわからないスタッフの手伝いに回った。これまで準備に掛

けた時間とほぼ同じ時間で、キッチンもホールも元の静寂な様子に戻った。


 スタッフがみんないなくなった後で、のんちゃんはデザートシェフに「こ

のケーキがどうするんですが?」と3段の小ぶりな白いケーキを指さして尋

ねた。「さあ、どうしようか。処分するしかないね」「えっ?処分?するん

ですか!もったいないですよ」のんちゃんの悲壮な声はシェフにはファンの回

る音ほどにしか聞こえなかった。「それなら、特別に君にあげるよ。いつもが

んばっているから。生クリームと一緒に持って帰っていいよ」シェフはそう言

うとキッチンを出た。


            


 のんちゃんはその晩、仕事を終えるとケーキと生クリームを大事に抱えて

2DKのアパートに戻った。そして、テーブルにケーキを置くと、きゅっと

とがった小さな白いクリームの小山をたくさんたくさん築いた




   




 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1
  のんちゃんは男性なのか女性なのか、わからないところが
 のんちゃんなのです。のんちゃんをN氏に変えて読むと
 文章はいきなり、剣吞になりますから不思議。



  「もの、こと、ほん」は下の写真から。

           
            


p.s.2
   
 E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
   
 英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。

    
E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド
  
 どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。






シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。                                
    
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