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リサコラム
連載620回
      本日のオードブル

わがままな部屋

第11話

「運は海からやってくる」


木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。





鬱蒼とした
防風林を
眺める
森のコテージ
海風を浴びて、
ベッドに横になると
天井で静かに回転する
扇風機は天然のエアコン
外の景色を楽しみながら
バスルームで泡ぶろを楽しみ

感じるのは、静かなひと時と
海風の乗ってやってくる
「あれ」です



 







        

第11話 「運は海からやってくる」




 「おい!」僕の頭の上あたりから、声が落ちて来た。それからまもなく、

僕は自分自身と遊離した。小5の夏だった。


            


 そして、2度目の「おい!」が僕の頭の上から落ちて来た時、僕はどこか知

らない場所で寝ていた。僕の体をふかふかした感触が包み込んでいる。


            


 「ここはどこ?僕はだれ?」そんなドラマじみた言葉を僕は初めて口にし

た。そのあと、人間にはこんなシチュエーションも訪れるものなのだと感動

しながら、僕は足を少し動かしてみた。今度は広げた手をパタパタと動かし

てみた。次に両手両足を同時に動かしてみた。どちらも、なめらかな感触を

感じた。僕は少なくとも、ドラマの中の捕らわれの身ではなさそうだというこ

とを確認すると、安心して目をはっきり開けた。


            


 今日の昼過ぎ、僕は海水浴場の砂浜の階段のあたりで倒れてから、このベッ

ドに寝かされていたらしい。砂浜で倒れてからこのベッドに寝かされるまでの

空白の時間は、僕の右肩の下あたりにあるミミズのような小さな傷だけが、

28年経った今でもその事実を証明している。


            


 それは、今のようにじりじり焦げ付くような小5の夏休みのある日だった。

僕は海辺の町に住む祖父母の家に3泊の予定で、一人、電車を乗り継いで遊び

に行った。青春なんとか切符という鈍行列車用の格安きっぷと路線図をポケッ

トに突っ込んで、リュックひとつで冒険の旅に出たつもりだった。冒険などと

言えば、『老人と海』のサンチャゴは笑うだろうが、ずっと檻の中に入れられ

ていたような僕にとっては、清々しい空中に向けて飛ぶバンジージャンプみた

いな爽快な冒険気分そのものだった。


            


 始発電車に乗り、延べ7時間の内、電車の待ち時間がおよそ、2時間くらい

あった。見知らぬ駅のホームに降りる度、聞きなれないイントネーションの言

葉が耳に入ってくる。財布には両親が持たせてくれた十分なお金が入っており、

それを母は3つのがまぐちに分けてくれた。まあ、今考えれば、子供のリュッ

クに大金が入っていると想像するスリもそういないだろうけれど。


            


 僕は、初めてひとりで駅弁を買った。駅弁売りの声が遠くから聞こえると、

僕は胸が高鳴り、言葉がつまった。ドキドキしながらお金を渡して、おつり

をもらう前に電車が動き出したらどうしよう、とか、そんな子供らしい心配を

したことを今では懐かしく思い出す。電車の運転士はそんなことのないようち

ゃんと確認しているらしいことをずいぶん後で知ったけれど。改札を出て少し

山の方に歩くと途中で見覚えのある老夫婦、つまり、祖父母が僕を出迎えにき

てくれた。幼稚園の頃に会っているらしかったが、かすかな面影しかなかっ

た。祖父母の家は、ふすまだけで構成された典型的な日本家屋で、その畳敷き

の部屋の周りを板張りの廊下がぐるっと取り囲み、真ん中には小さな中庭が

あった。そして、僕の部屋はやはり畳敷きで小さな四角な出窓が一つだけあ

った。そこからは海が見渡せた。マンション暮らしの僕は、教科書で読んだこ

とのある、夏目漱石のこころの先生が鎌倉の由比ヶ浜の窓から眺めた風景もこ

んな感じだったのかなとふと思った。


            


 それから僕はじっとしては居られなくなり、リュックから海水パンツを引っ

張り出して、Tシャツをかぶり、ゴム草履をつっかけて、玄関から海に向かっ

て走った。坂道をずんずん走り下りると、顔の横をひゅうひゅうという風が

抜けた。とても気持ちよかった。そしてじりじり暑かった。


            


 砂浜の砂はさらに熱かった。僕は焼け付く砂浜を素足で走り回り、海にドボ

ンと飛び込んだ。水はプールの水のように生ぬるくはなかった。かなり冷たい

感じがした。数時間も僕は海と浜を交互に行ったり来たりしながら、行き来し

ているうち、なんとなく変な感じがしてきた。そして、なんか変だなと思った

ら、次はもう別の場所にいたのだ。


            


 僕は日射病、今で言えば熱中症で倒れたのだった。その時、砂浜に作られた

石の階段から数段転げ落ちて、肩にけがをしたらしいのだ。しかし、田舎のこ

とだからか、不思議なことに身元はすぐに判明して、近所に通報が廻り、僕は

救急車に乗せられると、病院ではなく、近隣に住む僕の叔父、つまりは母の弟

の家に連れていかれたらしかったのだ。


            


 その叔父とはその2年前に父方の叔母の結婚式で会ったことがあった。今と

同じで、突き出たおなかを揺らしていたことを覚えていた。それ以外で知って

いることは、独身で開業医をやっていることだけだった。


            


 「おい!」そうだ、僕は2度目の図太い声で目が覚めたところだった。当時

は、熱中症だと言って大騒ぎすることもなく、冷たい水を飲ませ、頭を高くし

て、涼しい部屋で少し休ませておけば大丈夫というようなそんな民間療法的な

ことはみんなが心得ていた時代だったのだ。僕はほどなく回復した。僕は運が

よかったようだった。ベッドに寝せられて、すぐに意識が戻ったらしい。

そして夢とうつつを何度か行き来している内に、その2度目の「おい!」の声

の主が僕の叔父だと名乗った。


            


 叔父は僕が手足をバタバタさせているのを見て、ゲラゲラ笑っていた。

そして、僕の母親と父親の名前と住処を並べ上げ、誘拐ではないことの証明を

したつもりのようだった。それから赤い色のついた甘い水のグラスを持って

くると、僕に飲ませ、「気分はどうだ?」と聞いた。僕は「平気」だと答え、

ベッドから起きた。


            


 そこは、広々として、グリム童話に出てくるような森の中のコテージに見

えた。その不思議にすてきな光景に、僕は少しふらつきながらも、無意識のう

ちにバルコニーの手すりまで歩いてゆき、そこから外を眺めた。木の手すりか

らは鬱蒼とした木々がざわざわと音を立て、鳥がピーピー鳴いている。祖父母

の純日本家屋から比べると、とてもハイセンスな部屋に当時の僕には見えた。


            


 「どっちがいいか?」叔父は僕に聞いた。僕がぽかんとしていると、「どっ

ちでもいいぞ。じいちゃんの家に行くか?」と僕の頭をポンとたたいた。

「ここで、いいです」と僕が答えると、叔父は、「ここでいいのか、それとも

ここがいいのか?」と畳みかけた。「ああ、ここがいいです」僕はちょっとし

どろもどろに返事をすると、叔父はまたげらげら笑いながら、「学校の勉強は

できるほうか?」聞いた。僕は黙ったままで、あいまいに頭をこくんと下げた。


            


 叔父はそれから、壁の中の棚からグラスを取ると、お酒を注いで、またバル

コニーの手すりに戻って来た。「勉強は大事だが、それより大事なことがあ

る」と言ってから、さらに図太い声で、「運だ」といった。


            


 「運?」「そう、運を手に入れること。でも、運はお金で買える」

「運がお金で買える?」「ああ」叔父はそう一言だけ言った。「この家はその

買ってきた運で建てたからな」というと、また丸いおなかを突き出してゲラゲ

ラ笑った。僕は妙にこの叔父のことが好きになり、結局、祖父母の家には泊

まらず、3日の予定が1週間、さらに2日、3日と経ち、結局2週間近くも、

叔父の家に居ついてしまった。


            


 後ろ髪を引かれながらも、僕は母親に叱られる覚悟を決めて、電車を乗り継

ぎ、乗り継ぎ、家に帰った。


            


 母は僕を玄関で出迎えると、「あなたは、もう!」と言った後で、「運がよ

かったのよ。運が悪ければ、どうなっていたか、」と大きなため息をついた。

「本当に気をつけなさい。あなたの水着に名前と電話番号を書いていたらから

よかったようなものの、どんな危険があるのかわかりはしないんだから。運に

感謝するのよ。それだけはお金で買えないものだから」と言ったのだ。


            


 小5の僕の頭はこんがらがった。叔父の買った運と母の言う運は性質が違う

のだろうか?


 その後、僕は大学に入って、行動経済学と哲学の相関関係を追求したいと思

うようになったのも、運はお金で買えるものか、買えないものなのかで大きな

疑問符を抱えたあの、小5の夏に始まったのだ




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
  
   学習や仕事や、スポーツの成果が、
   環境の改善でUPし、自信もついて
   運気が上がったと感じた時、
   さて、その運は買ったのでしょうか?
   それとも、たまたまでしょうか?

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、
           
            


  p.s.2
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    英語版を出版いたしました。
    "Bedroom, My Resort"の英語版がようやく出版されました。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
             (木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
  1,944円にてお届けいたします。
 
 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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