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マダム・ワトソン　My Style

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	連載６７１回　　　　　　さくらもも第５話「シルクのパジャマの僕」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル＆ラグジュアリーに暮らす」（ダイヤモンド社
紙の本＆電子書籍）（2006年6月）
「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
（電子書籍2014年8月）

道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

２０年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、Ｆ・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

ゲストルームは
ベージュ色の床に
ダブルベッド１台。
オレンジにブルーの
アクセントをつけた
ナイトテーブル２台
白いベッドリネンで
メイキングしたし、
ホテルのようだから
遊びに来ませんか？
間もなく
僕も
ここから
いなくなるけどね。

第５話　「シルクのパジャマの僕」

　　「僕はエルメス風のオレンジ色のナイトテーブルをじっと眺めていた。

それは僕のゲストルームのベッドの両サイドにあった。

　　　　　　　　　　　　

　「ちょっと横になってみようかな」僕は思った。まだ、朝の１０時前だけ

ど、休みの日で別に予定もなかったから。散歩と猫の奴で疲れたし、その前に

すきっ腹にビールがかなり効いていた。

　　　　　　　　　　　　　

　僕はこの小さな家に無理やりゲストルームを作った。はじめ、この家の設計

を担当した設計士にゲストルームを作りたいと言ったら、「この狭い家でゲス

トルームですか？それよりリビングルームを広くした方がいいでしょう。今は

家にゲストを泊めるからは少なくなりましたよ」と言った。僕は分かるけど、

僕は田舎育ちだから、家には親戚縁者など来客があると、泊めるのが当然だし

アメリカに行ったときもそうだったよと言った。すると彼は「ホテルに泊まら

せたらいいですよ」といった。僕がそれはどうも気が引けると言ったら、

「そりゃあ、あなたはいいかもしれませんけど、親やあなたのお友達の方だっ

て気を使うじゃないですか、あなたのパートナー、つまりは奥さまにね。だか

ら、ホテルの方が何かと便利で、気を使わなくてすむでしょ」と言った。僕は

「そうですね」と言いながらもしばらく躊躇していると、「ゲストルームを作

るなら、バスルームも二つ入りますよ。だって、ご両親が来られたら4人でし

ょ、お風呂が大変ですから」と言った。僕は風呂問題のことを忘れていたわけ

ではない。というのも、僕の田舎には実家の近くに銭湯があって、来客がある

と、子供たちは銭湯に連れて行かれていたから。しかも、あれは楽しかった。

　　　　　　　　　　　　

　歩いて２、３分くらいの場所にある銭湯は、昔ながらの番台というものがあ

って、のれんをくぐると風呂場の正面にはお決まりの富士山が描かれていた。

僕はその富士山を眺めるのが好きだった。実際に見たことはないその日本の象

徴的なその山を風呂屋で見られるのが楽しみだったからということと、広い風

呂で富士山を眺めているとすなおに気持ちがよかった。

　　　　　　　　　　　　

　そして僕が高校１年の時、読書感想文の課題に出されたひとつが、地元の大

作家太宰治の『富嶽百景』だった。教師は、太宰の作品の中から数点選び、そ

の中から好きなものを読んで感想文を書くようにと言ったが、僕はすでに

『人間失格』も『斜陽』も読んでいたし、そのどちらにも嫌悪感があった。

だから、まだ読んでいなかった『富嶽百景』か『女生徒』のどちらかにするし

かなかった。

　　　　　　　　　　　　

　僕はまず、『女生徒』を読んでみた。気味が悪いと思った。昔の女学生のみ

ずみずしい感性を理解している彼はすごいとも思えなかった。かわりに、よく

もこんなことが書けるなと思った。しかし、解説を読んでみたら、それは、太

宰のファンの書いた日記を太宰が盗作したものだとわかり、僕はなおさら好か

なかった。そんなわけで僕は『富嶽百景』を選んだ。

　　　　　　　　　　　　

　それも気に入らなかった。偉大な富士山を通して内省するのは卑怯だと思っ

た。しかも、だれが見ても感動するはずの富士山に、あえて「風呂屋のペンキ

絵だ」と見下す、斜に構えたスタイルも気に入らなかった。しかも、ペンキ絵

だと馬鹿にするということは、今ではとても貴重な存在になっているらしい風

呂屋の富士山を描く画家さえバカにしているということじゃないか。僕はその

斜に構えたニヒルな感情に注目しながら、多くの太宰の好評価に媚びることな

く、僕の正直な気持ちを感想文にぶつけた。

　　　　　　　　　　　　

　すると、あろうことか、僕は読後感のコンクールで優秀賞をもらったのだ。

しかし、僕はいい気分にはなれなかった。あの嫌いなニヒルな文章を書く太

宰から、僕は褒められたような気になって、それから余計に太宰が嫌になっ

た。しかしそんな変な反発心が化学反応を起こして、僕は富士山の絵のある風

呂屋が好きになった。

　　　　　　　　　　　　　

　「ゲストが来たら、僕が銭湯に行きますから」僕はそう設計士に言った。そ

してゲストルームができた。

　僕は自分の2階の寝室に上がることさえおっくうになるほど4本目のビール

でふらふらになっていたし、別にゲストが来る予定なんてなかったから、そこ

で朝寝をすることに決めて、クローゼットを開いた。

　　　　　　　　　　　　

　そこにはまだ袖を通したことのないシルクのパジャマが1枚だけかかってい

た。それは２年前の僕の誕生日に僕の元婚約者で今は他人の女性から贈られた

シルクのパジャマだった。行き場を失ったその真新しいままのパジャマを僕は

ゲストルームのクローゼットにとりあえず掛けた。当時も今も、僕にはパジャ

マを着て寝るといういい習慣が身についていなかったから、そんなシルクのパ

ジャマなんて、もったいないようで、気おくれして着ることがなかったのだ。

そしてそのうちに着るからといい、僕はそのプレゼントのパジャマをお蔵入り

にした。

　　　　　　　　　　　　

　それからしばらくして、一方的に彼女が婚約解消を申し出て来た。しかし、

その時、すでに家は契約をしていたから、僕はひとりでローンを払いながら住

まざるを得なくなってしまったという、今のこの悲しい現実に至ったのだ。

　　　　　　　　　　　　

　僕はクローゼットからそのうす水色のシルクのパジャマを出してみた。ハンガ

ーからズボンを外すとそれは僕の手をつるんとすべり落ちた。僕はベッドの上

に上着を置くと、シルクのズボンを床から拾い上げた。その時、ベッドの下か

ら「ニャー」という声が聞こえてきた。こんなところに隠れていたのか。

　　　　　　　　　　　　

　僕はぼやけた頭を整理した。僕が部屋に入った後、きっと開けっ放しのドア

からすっと音もなく滑り込んだということだな。「なかなか、やるな、」僕は

ベッドの下をちらっと見て、「にゃお～」とあいさつをしてからシルクのパジ

ャマに着替えた。そして真新しいシーツの間に滑り込んだ。

　　　　　　　　　　　　

　僕は奇妙な、女ぽい気分になった。あの太宰の小説の女生徒のような気分と

いうのか、なまめかしいような、初々しいような、しかし、猫のようにすばし

っこくて狡猾な、そんな気分でしだいに眠り落ちて行った。ああ、これがあの

感覚か、あの女生徒の言う、夢と現を行ったり来たりしながら、最後にぐいっ

と引っ張られて、ことんと深い眠りに落ちる、「それだから、わたしは、あと

は知らない、さようなら」っていう、あの感覚なんだな。

　　　　　　　　　　　　

　僕はそんな風に眠りの深い溝に落ちてゆく間、このシルクのパジャマを僕に

贈った彼女が僕から離れて行った理由を僕の肌がわかり始めていた。

　　　

　上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

p.s.１　
　　　　「パジャマを着られない男性は多いようですね。
　　　気持ちよいのに。もったいないです。
　　　眠りにつくときの幸せ感に触り感が違うのに。

p.s. 2　インスタグラム始めました。どこにも行く暇がなく、
　　　　私のの部屋ばかりで、つまらないかもしれませんが。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０１９年８月号です。
　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　

p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　

　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTood Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。

シンプル＆ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り- 　
（木村里紗子著/ダイヤモンド社　）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Amazon、書店で販売しています。なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
　　1,944円にてお届けいたします。
　
　ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　
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