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リサコラム
連載702回
      本日のオードブル

ホテル・センチメンタル
part.2

第8話

「夕暮れのカフェ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




カフェは
ちょっとした
坂道の途中にあり
バルコニーからの
夕暮れも眺められる
ようにと西向きです。
しかしひとり席のふたりは
バルコニーに背を向けて、
本の世界に没頭のご様子です。
あれ?なんだか今日は雲行きが
怪しくなりそう~。ちょっと楽しみ。



 







        

 第8話 「夕暮れのカフェ」




 私は早番の日の任務を終えて、カフェのバルコニーを散歩しながら、

夕暮れ時のメランコリックな気分を楽しんでいた。街はオレンジジュース色に

染まっている。そう、私が大好きなオレンジジュースの色だ。それもしぼりた

てのジュースの色。見ているだけで唾液が出てくる色だ。ときどき、レストラ

ンの朝食の残りでいただくことがあるが、舌を優しく刺激するあのオレンジの

ぷちぷちした繊維がこたえられないんだ。


            


 しかし、私がこの夕暮れの時間が好きな理由は大好物のオレンジジュースの

色だからではない。あるいは、恋人たちが愛を語り合う時間だからというセン

チメンタルな思いからでもない。それは、ライバル心旺盛な二人組がやってく

る時間帯だからなのだ。


            


 私がバルコニーでじっとカフェのドアが開くのを待っていると、このカフェ

を待ち合わせ場所に選んだ二人の男女が一体どんな行き違いがあったのか、そ

の場でいさかいを始めた。そのうち、激しい口論を始めたから、なかなか中に

入る様子もない。仕方なく、私は次の客がやって来て、こっそり忍び込める機

会をうかがっていた。


            


 しばらくすると、あの“れんじゅう”のうちのひとり、丸い顔の方がやって来

たのだ。あの“れんじゅう”とは、同年代のおやじのことで、ふたりとも数年前

に仕事をやめた今はフリーターのおやじ連中なのだ。


            


 木曜日の5時30分にやって来るの方はひげを生やし、まん丸い顔に丸い銀

縁の眼鏡をかけている。この時間は客足が途切れるいわば空白の時間帯で、そ

の時間帯を狙いすましてひとり席の一番端に陣取るのだ。


             


 その彼のいでたちは常に変わらない。黒いタートルネックにウールのスラッ

クスを履いている。私はそのスラックスはスーツ用のだと思う。きっと以前は

サラリーマンではなかったかと予想しているのだが、もっぱらのうわさは著名

な建築家だという。確かに彼はアーキテクトと言わんばかりに分厚いほんを抱

え、そしてドンとテーブルに置くと、「いつものを」とギャルソンに屈託のな

い作り笑顔を見せながら、赤ワインを飲み始めるのだ。ペースはかなり早い。

ちびりちびりではなく、ごくごくと飲み干す感じで持って来た専門書を読み続

けるのだ。


            


 そして、もう一人はその丸い顔のおやじに遅れること10分ほどでやはり隣

のひとり席に着く。四角な顔にはウエーブのかかった髪の毛がふさふさと無造

作にたっぷりと乗っている。様子は校長先生という感じが一番当たっていると

私は思う。元パイロットとの噂もあるが、どちらかと言えば、私には気のいい

用務員のおじさん風に見える。彼は注文にものすごく時間をかけ、もう暗記し

ているだろうメニューを最初の1行から最終行まで見て、ため息をつく。ため

息にどんな意味があるのか私にはわからないが、想像するに、少ないお小遣い

の中からどうやって今日のアペロ代をねん出するかという悩ましい問題のため

に、いつもため息をつくのだろうと思う。


            


かく言う私だって、そんな気持ちはよくわかる。私も食べ物に困ったことも

一度や2度と言わずあった。そんな時はほんとうによくため息をついた。しか

し、ため息をついたからと言って私の鼻先においしいものがやって来たことは

ない。たいていは徒労に終わるのだ。そのうち、ため息をつく代わりに、おい

しいものを食べさせてくれそうな人の後ろをついて歩くことにした。すると不

思議なことに食いっぱぐれなくなった。不満をもらしたところで幸運が落ちて

くることはないのだから、体を動かして幸運のある場所に移動する、これが最

も有効な手段だと私は体験から学んだ。


            


 やっと四角な顔のおやじも決断がついたようだ。おっ、今日はなんと、ボト

ルで赤ワインを注文している。しかもヴィンテージのようだ。オードブルも3

品。これは特別な何かがあったに違いない。私はこの丸い顔と四角な顔のふた

りのおやじを交互に見比べて見た。


            


 同じような時間帯にやっては来る同年代と思しき二人。しかし、会話を交わ

すどころか、視線を合わせたこともない。つまりお互いがとても気になってい

るということなのだ。これは逆説だが、逆説は時に真なりなのだ。


            


 まずは、丸い顔のおやじは髪の毛が薄い。それが気になっていないことはな

いはずだ。まばらな髪の毛はくしで均一におでこの上に張り付いているのだか

ら。この技はかなり難しいと思うが、彼は数本たがわず、いつも同じ位置にま

るでペンで描いたように貼り付けている。


            



 一方の四角な顔のおやじの頭にはふさふさの髪の毛が乗っている。年齢も同

じくらいだから、丸顔のおやじが四角な顔のおやじに対してコンプレックスを

抱かないわけはない。ならば、四角なおやじが丸のおやじにコンプレックスを

持たないかと言えばそうでもない。いやおおありなのだ。その証拠にかの分厚

い本を時々盗み見しながら、秘かにその余裕ある風情にやきもちを焼いている

からだ。そんな風に二人の間には透明な高い壁がそびえ立ち、1年が経過して

もその透明な壁越しに会話がなされたことはない。


            


 しかし、今日は何か雰囲気が異なっていた。四角な顔のおやじは、ワインが

やってくるともじもじと落ち着かない様子をし始めた。そして、冷菜を食べ終

わると、「いつも難しい本をお読みですね」と丸い顔のおやじに声をかけたの

だ。これは前代未聞の出来事だった。丸い顔のおやじは突然の声掛けに驚いた

顔で2、3秒口がきけなかった。


            


 「ああ、いえ。そちらこそ、精神分析学ですか?」と丸いおやじはちらっと

隣のテーブルの上の本のタイトルを見てから聞いた。 “なあんだ二人とも、普

通に会話もできるじゃないか!” 私は思った。すると四角な顔のおやじは、

「いえ、暇でしてね。暇になったものだから、本でも読もうと思いましてね。

でも、現役時代に読んでおけばよかったって今、思ってますよ。だってほら、

今から人間関係のどうのこうのなんて、勉強したって、もうあんまり意味ない

じゃないですか。だからって、終活ですか?今流行りの、あれ、そんなのはや

りたくないですしね~」


            


 「ほう、なるほど」タートルの襟をちょっと引き上げながら、丸い顔のおや

じは応戦した。その口ぶりは、まだ、ベルリンの壁崩壊には至っていないよと

言いたげな返事だった。しかし、四角い顔のおやじは今日ばかりは何か決心を

してきたらしかった。


            


 「ヴィンテージですが、一杯いかがですか?」と丸い顔のおやじにボトルを

見せた。「ほう、そうですか」と丸い方は言うと「それなら一杯だけご相伴に

あずかりましょう」とちょっと古風ないい方で礼を言った。


 四角なおやじは、「恥ずかしながら、今日は誕生日でね、私の。それで、別

にこの年で誕生日がうれしいわけじゃあもちろんないんですが、よかったら、

手伝ってもらえないかなと。あんまり飲めないたちでして….」「ああ、そう

ですか、私はけっこういけるたちで」というが早いか、丸い顔の方にグラスを

向けた。


            


 「それじゃ、ハッピーバースデー!」丸いおやじはそんなセリフを言い、

四角な方は「どうも、どうも」と今さら照れながら、ナプキンで額をごしこ

しこすった。


             


 その時大きな笑い声がわたしの後ろから聞こえて来た。振りむくと、先ほど

まで大喧嘩していたカップルが盛り上がっていた。私は馬鹿らしくなって、

夕暮れのオレンジジュースの夕焼けを堪能しに開け放されたドアから外に出た。


            


 “おやじって、何てこんなに不器用なんだろうか?女性なら、ものの数分で

仲良くなれるのに、彼らは1年がかりだぜ





   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
  素直になるのは、年をとるほど大変になるから
 若いうちに素直になっていた方がよさそうですね。

    次回は3月25日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年3月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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