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リサコラム
連載703回
      本日のオードブル

ホテル・センチメンタル
part.2

第9話

「大荒れの
チーズケーキ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




白い
ベッド

赤い
アーム
チェア
窓辺には
テーブルと
椅子が2脚
曇りそらの
パリの空は
今日は特に
どんより曇っています。
エッフェル塔はすっかり
隠れてしまったようですね。



 







        

 第9話 「大荒れのチーズケーキ」




  週末は大荒れのお天気になるという予報だった。コンシエルジュのジョル

ジュはデスクのパソコンで気象情報を確認すると、私の方を見ながら、まるで

文学者か哲学者のような顔つきで
「大風が吹くとチーズケーキが売れるとい

う、ことわざを知ってるかい?」と聞いた。


             


 私はあくびと共に脱力感を全身ににじませながら「ニャオ~」と唸った。

「おいおい、一体何を言い出すんだい?」という気持ちを込めてだけど。


             


 なのに、ジョルジュはますます得意げに、「理由を知りたいかい?まあ、

いいだろう。教えてやろう。」と言うと、フロントロビーの左右を見渡してか

らゲストもいないことを確認すると、首と肩をぐるっと回してから教えを垂れ

ようとでも言いたげにしゃべり始めた。


               


 “あのなあ、人間の年齢に換算すると、私の方が遥かに年長者なんだぜ。

そんないいぐさがあるかい?”と私は思ったが、薄目を開けて黙ってその演説

に耳を傾けた。


               


 「つまり、大風が吹くと家の屋根瓦が飛ばされてしまう。すると、みんな屋

根の修理を依頼する。だから、大工さんが忙しくなる。大工さんは建築中の家

を作るのをストップして、他の家の屋根の修理を始める。すると、新築を依頼

した施主の奥さんが怒り始める。奥さんが怒ると、夕食をだんなさんがつくる

ようになり、そして夫婦円満になって、奥さんは女友だちとカフェに行く時間

ができて、ホテルのパティスリーでだんなさんにチーズケーキのお土産を買っ

て帰るようになる。そんな言い伝えがあるんだよ」


             


 私は“ほんとかい?とジョルジュに嚙みついてみたい気分だったが、無駄な

時間を費やすのはやめておこうと思った。だって、自信満々の人間をけなすこ

とほど、嫌味なやり方はないからね。それにジョルジュはいい人間だし、私に

時々こっそりポケットからチョコレートでコーティングしたハート型のクッキ

ーをくれる友人のひとりだから。しかし、彼は私の感想も返事を待たずして、

早速、パティスリーに電話をかけると、「今週末は大荒れの天気らしいから、

チーズケーキをいつもの
2倍用意してもらえないか?」と電話をかけた。私は

じっと聞き耳を立てて聞いていた。


             


 「そう、そう、そうなんだ。週末は大雨と大風が吹き荒れるそうだからね」

きっと電話に出た若いスタッフは電話の向こうで困惑しているはずだが、「わ

かりました。シェフにそう伝えます」と答えたようだった。私は次の展開に妙

な関心を抱いた。それは、パティスリーのシェフが、「それは一体どうゆうこ

とだ?」と怒鳴り込んで電話がくるはずだからだ。


             


 しかし、シェフからかかって来た電話は「わかった」の一言だったようだ。

私は大いに当惑した。大荒れのお天気だとチーズケーキが売れるというジョル

ジュの論理の正当性をこの私以外のホテルの従業員はみんな知っているという

のか?あんな論拠のないような話を?私はそれでも自分の負けを認めたくはな

かった。


             


 そして、その翌々日の木曜日に「今週末、303号室は空いているか?」と

M教授から電話が入った時に、ジョルジュの自己満足は頂点に達したようだっ

た。彼はしてやったりというような顔をした。そして、私に向かってウインク

をした。


             


 「ほら、僕が言った通りだろう?チーズケーキを先に準備しておいてよかっ

たのさ」と言わんばかりに。しかし、大風が吹くと、屋根瓦が飛ばされて、そ

の修理のために大工さんが駆り出されて、家の建築に遅れが生じて、そのため

に新築を依頼した施主の奥さんが怒り出し、だんなさんが夕食の準備をするよ

うになって
….そして夫婦円満になって、奥さんがカフェでお茶して、お土産に

奥さんがチーズケーキを買いに来るって?そんなことが順々に起きるとしたら

それまで半年はかかるんじゃないか?それと303号室の部屋とどう関係があ

るのか?”私はゲストが行き交うフロントロビーでじっと持ち場についていた。


             


 その303号室に私は一度だけ入ってことがある。それはハウスキーピング

のニーナが私を案内してくれた時だ。唯一、中庭にも、大通りにも面していな

い、わりにこじんまりしたセミスイートの部屋で、その窓からは狭い通りの先

にうっすらとエッフェル塔が見える。


             


 彼女は私に、「あのゴージャスなカーテンには閉口するのよ」と言った。

脚立に上って、刷毛で丁寧にドレープの間を掃除しなくちゃならないからだ。

ニーナはこうも言った。「あなた、跳躍力がすばらしいんでしょ?ぴょんと上

って、私の代わりにこの刷毛で掃除してきてくれないかしら?この部屋に

明日、常連のゲストが来るから。その人、大学の教授らしくてね、いろいろと

細かくて困るのよ。カーテンのドレープにホコリがたまっているとかなんとか

言ってね。だから、掃除が大変なの、その方が来られる時は特にね」ニーナは

うんざりした顔で私を見た。「でも、まあ、仕方ないの。変わっている方だけ

ど、いい方でね。今日みたいな雨の日のこの部屋から見える風景がいいんだっ

て。ニーナは私を抱き上げると、雨で濡れた通りを窓から見させてくれた。

「ほら、塔なんて曇って見えないのによ。でも、それがいいんだって。変わっ

てるでしょ。そんなアンニュイな気分の中で筆が走る方らしいから。学者さん

ってみんなそれぞれ変わったとこ、あるから、それでもって好物がうちのパテ

ィスリーのチーズケーキなのよ。だから、帰りにはわんさとお土産で買って行

ってくれるの」ニーナは私を床に降ろすと、「さあ、あなたは自分の持ち場

につきなさい。私は続きがあるからね」と言って私をドアの外に追い出した。

私はそんな話を思い出しながら今回のジョルジュの話と結び付けてあ然とし

ていた。


            


 そして週末の土曜日、それとなく、コンシエルジュデスクのジョルジュの顔

を横目で見ながら心の中でつぶやいた。「人間なんてそんな単純なものさ。

別に、そんなにまどろっこしく考えなくてもね。それに、私をちゃかそうなん

て、身の程知らずだよ。猫は猫でも、学者肌の猫なんだからね」


            


 私は、303号室のデスク代わりのテーブルでエッフェル塔もすっぽり霧に

隠れた通りを眺めながら、カタカタとパソコンに文字を打ち込んでいる
M

授という人の風貌を想像しながら、彼がやって来るのをじっと待ち続けた





   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。


p.s.1  
  荒唐無稽な仮定と思いきや、いろんなことが起きている
 現実。大風が吹けば桶屋が儲かる的なことは
 今や日常になりましたね。

    次回は4月1日(水)です。


p.s. 2  インスタグラム始めました。私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年3月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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