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リサコラム
連載713回
      本日のオードブル

ある嵐の晩に

第4話

「ホテル・サン・スーシ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ブルー
グリーンの
海につながる
ホリゾンタルプール
流れ落ちる水の清らかさ
デッキチェアも
パラソルも
デイベッドも
アームチエアも
常に白砂のように
白く、白く。
ただ
ただ
そこに集う
ゲストが美しく
絵となるように
真にくつろげるように
取り計らわれるだけです
だって悩みのないリゾート
なのですから当然のことです


 







        

 第4話 「ホテル・サン・スーシ」




 
「昨日はごゆっくりお休みになられましたか?」


            


 ひゅ~ひゅ~、ぴ~ぴ~という鳥の鳴き声が時折、私の頭の上を横切る中、

プールサイドのラウンジで白いアームチエアに腰を下ろしていた私に投げかけ

られたその質問は、まるで空のひばりが突然私に声をかけて来たかのようにさ

え思えた。次に、真っ白いアオザイをまとったそのスタッフはなめらかな美し

いしぐさで水分を十分に含んだおしぼりを私に手渡した。ジャスミンの香りが

ぷんとした。


            


 私は、「昨日はごゆっくりお休みになられましたか?」という質問の答えに

窮しながら、私は口を半開きにして、すべなく海を眺めた。その質問が私には

甚だしく、荒唐無稽に思えたのだ。あるいはナンセンスとも言えると思った。

バカロレア試験の哲学の論文程の難問レベルでとても容易には答えられない。

そう思った。


            


 透き通ったブルーグリーンの海は昨晩の出来事などまるで知らないように平

静を保ってはいる。けれど、昨日の海は一晩中、大荒れに荒れていたはずだ。

しかし、見たところ、広いデッキにも、海に流れ落ちるように見えるホリゾン

タルプールにも、その先の海にも折れた枝の1本どころか、1枚の落ち葉さえ

ない。いったいこれはどういうことなのか?昨日の嵐はもしかしたら私の妄想

なのだろうか?まさか、そんなはずはない。荒れ狂う嵐に揺さぶられる木々、

そして窓ガラスをたたく小枝や、バルコニーに叩きつける激しい雨音は現代音

楽の演奏会を窓のすぐ外で聞いているように強烈なものだったのに。それは私

のリゾート第一夜の眠りを妨げるだけでなく、私のどんよりした不安を1時間

ごとに、いや、1分ごとに1㎝ずつ沈殿させていったのだから。


           


 夜中の1時過ぎ、私は白いリネンを跳ね上げて、まずはクローゼットから予

備のピローを引きずり出し、それからベッドに腰かけ、背もたれの枕からブレ

ックファストピロー、フットロールピローまですべてのピローをベッドの中心

に集めてピローの城壁を作った。そこまでしてから、コンシエルジュデスクに

電話をかけた。


            


 「この嵐はいつまで続くのかしら?」コンシエルジュは、私の震える声にま

るで無関心な風で、「ご安心ください。この時期はいつものことですから、そ

の内に止みますでしょう。」と言った。「その内って、朝までってこと?」

「さようでございます。何かご入用のものなどございますか?」私はその平然

とした態度にびっくりしながら、「いいえ、別に」と答えると、相手は「そう

ですか、マダム、それではごゆっくりお休みなさいませ」と飄々とした雰囲気

を全く壊さず、静かに電話を切った。


            


 「そのうちに止むなんて」私は白い城壁に囲まれた中で、不安な気分を

抱えたままで、ナイトテーブルの上の読みかけのミステリーを開いた。しかし

字面を追うだけで全くその世界に入り込めなかった。それもそのはずで、轟音

を立てる風切り音の方がよほど恐ろしく、さらに現実味を帯びて私に迫ってき

ていたのだから。


            


 仕方なく、私はベッドの上で座禅を組んだ。以前、禅寺で1日体験をしたこ

とがあることを思い出したのだ。


            


 このリゾートへやって来た理由は大きな仕事が一段落して、その長く苦しか

った苦難のトンネルをようやく抜け出せた自分へのご褒美のつもりだった。

しかし、修行の甲斐なく、頭の中には次々に雑念が浮かんではまた別の雑念が

覆いかぶさってきた。そもそも、こんな辺鄙な場所にわざわざやって来る意味

があったのだろうか?危険な目に遭いに来たようなものじゃなの?!しかもひ

とりぼっちで。私の解放感はすでに消え失せ、別の新たな心配のため、追い込

まれている自分に気づいた。それは、道中の疲れではなく、ずっと仕事漬けの

ため、私自身の雑事はすべて先送りしてしまっていたこと、忙しさのため、健

康的な生活とは程遠い生活をずっと送り続けてきていたことに気づいたため

だったろう。


            


 リゾートにさえ行けばすべての垢がスルッとなくなり、すっきりした気分で

また面倒な仕事に、家事に、雑事にと取り組めるような気がしていたのだが、

しかし、びゅうびゅうと強風が鳴る中で頭に浮かんでは消えるものは、そんな

やり残した細かな仕事のこと、散らかったままで出て来たアパートの部屋のこ

と。アイロンはちゃんと消したか?とか、ごみを捨て忘れたとか、返信してい

ないメールが数件あったけど、明日にでも返信すべきかどうかなどなど。さら

に返事を書いていない手紙、礼状、出産祝いに結婚祝いに、返礼などなど、そ

んな諸々のことが頭に浮かぶ度に気分はざわついて、何か嫌なものが蓄積して

行った。


            


 午前4時頃、やっと風も止んだようで、静かになった。すると、今度は鳥が

さえずりを始めた。ああ、やっと朝がくるとほっとすると同時に、泥のような

疲れに、私は枕の中に倒れ込むと眠りに落ちた。


 目が覚めた時はすでにお昼近い時間になっていた。私はシャワーを浴びると

バスローブを羽織ってバルコニーに出ると、鬱蒼と茂る木々の間からは晴れた

空が広がっていた。私はブランチでも取ろうと、地元の民族衣装、アオザイを

着て、プールを見渡すラウンジでくつろぐことにしたところだった。


            


 「昨日は心地よくお休みでしたでしょうか?」その美しい声の主は、なかな

か返事をしない私に同じリズミカルな調子でまた尋ねてきた。


            


 ああ、そういうことか!ここは、ホテル・サン・スーシという名のリゾート

だ。悩みのないホテルという意味なのだ。つまり、どんな時でも、マイナス言

葉を話さないという不文律があるのだろう。私はそう理解すると、まるで十年

来の常連のゲストのような風で、「ええ、もちろん、ぐっすり眠れたわ、あり

がとう」と言うと、彼女はにっこり微笑みを浮かべ、「素敵な1日を!」と言

ってくるりと向きを変えた。遅れて白い上着がふわりと彼女の後を追った。彼

女のお団子にまとめ上げた黒髪には緑の葉が一枚突き刺さるようにへばりつい

ていた。


            


 「美しき無視、美しき忘却すべてを忘れるのだ。何も考えない、何も悩

まない」そんなことを繰り返し自分に言い聞かせながら、私は明け方からス

タッフ総出で落ち葉や枝の後始末をして、デッキや廊下を掃き清めたに違いな

い美しいデッキとプール越しの海をただただ眺め続けた。


   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1  
  何事もなかったように、同じように生活する、整える、
 禅寺の修行僧のように。
 大げさにしない、騒がない、平常心でいること、
 コロナウイルスから学んだことの一つ。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年6月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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