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リサコラム
連載719回
      本日のオードブル

ある嵐の晩に

第10話

「嵐の後の静けさ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。




ここはホテル
センチメンタルと
いうリゾートホテルの
ガーデンレストラン
どこかで見たよう
景色ですね。
紫色の旗が
はためいています。
ミステリー好きなあなたも
ちょっと推理してみませんか?
後ろのテーブルの会話に耳を澄ませて。







 







        

 第10話 「嵐の後の静けさ」





 
「何をお読みですか?」

 Remiが顔を上げるとレストランのボーイはにこやかな笑顔を浮かべて立っ

ていた。「ああ、ちょっとミステリーを」「そうですか、先ほどから熱心にお

読みなので、声をかけるのをためらっておりました」「ああ、ごめんなさい」

「いえいえ、いつもありがとうございます。それで昨晩は大嵐でしたが、お休

みになられましたでしょうか?」「ええ。ありがとう。たくさん持参したミス

テリーのおかげで、退屈もせず、一日過ごせました。それに、ここのベッドが

最高なので、もちろん、ぐっすりと」Remiは最高の笑顔を作ってから言った。


            


 「それはよかったです。ところで、ミステリーがお好きなのですね」Remi

は笑いながら、「ええ、特に殺人ものが」と答えた。「そうですか、お見かけ

によらず、ですね」ボーイはRemiの広げた本を逆さから眺めた。「ああ、

これ?今読んでるのは、夫の浮気を知った妻が、酔ってソファでうたた寝して

いる夫を鈍器で殴って殺すストリートなの」「へえ、それは穏やかではありま

せんね」「彼女は物取りに見せかけたのだけど、刑事が不振がって、家の中に

そんな凶器になるものがないか探しに来るの。でもそんな重くて大きなものは

何も見つからないのよ。とうとう、夜も更けて来たから、帰る前に彼女は刑事

さんたちに遅い晩ご飯を出すのよ。話はそこで終わり。結局彼女は無罪放免に

なるのだけど、果たして華奢な彼女がどうやって体格のいい夫を殴り殺せたの

か、わかります?…」


            


 「ボーイさん、お願いします」Remiの斜め後ろの女性が手を挙げた。

「ああ、つい、ごめんなさい。私は、まずは、スパークリングワインを」

Remiは慌てて言うと、ボーイは「かしこまりました。それでは、そのトリ

ック、考えさせてください」と言って、後ろのテーブルに注文を取りに行

った。


            


 「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」しかし、二人は呼び

止めたボーイを無視して言い争いを始めていた。


            


 「先生がおっしゃってるんだから、ダメなものはダメなのよ」女性は子供に

言い聞かせるように夫に言った「もちろん、わかっているよ。でも、今朝もジ

ョギングしたしね」「まだ初日でしょ?」「この3日間嵐に大雨なんだから、

外を走るのは無理だよ。昨日なんてすごい嵐だったんだから」「残念でした。

ダメなものはダメなのよ。とにかくお野菜だけにして」「はあ?」男性は巨体

にかかわらず、高い声を出した。「サラダ?冗談じゃない!せっかくホテルま

で来て、サラダかぁ?」「もう、恥ずかしいから、いい加減にしてよ。こんな

ところで!」妻は夫を制すると、二人ともメニュブックに顔をうずめるように

して黙り込んでしまった。


            


 昨日までの大雨のためかゲストもまばらなガーデンレストランには、湿気を

帯びたひんやりした空気が漂っている。


            


 「あの、お決まりでしょうか?」ボーイがしばらくたってから恐る恐る尋ね

た。「ええ、もちろん」女性が言うと、「いや、まだだ!」と男性は怒りのこ

もった声をあげた。男性の声はブルブルと震動している。


「私は決まったわよ」「まだだ!」男性はしつこく拒絶した。「それでは、も

うしばらくしてからお伺いいたします」ボーイは恐縮した声で静かに言うと立

ち去った。二人はまた無言になったが、男性がバタンとメニュブックをテーブ

ルの上に叩きつけた音がした。女性はそれでも黙っていた。Remiはスパーク

リングワインを一口含むとまた読みかけの小説に戻った。


            


 5分ほど経ったころ、妻の方のスマホがメロディーを奏でた。「あら、こん

にちは。お元気ぃ?こっち?ホテルでランチよ。でも昨日はあの大嵐でしょ。

昨日はずっと部屋に閉じこもったままだったのよ。だから今日は早々とブラン

チすることにしたのよ…今日のランチのメニュ?ええ、素敵よ。ええと、新鮮

な海の幸のパエリア、おいしそうでしょ!ドライトマトとモッツアレラのピッ

ツァ、パスタもいろいろ選べるのよ。クラムチャウダー仕立てのバーミセリ、

なすとトマトのカッペリーニ、パルミジャーノチーズ山盛り。それでメインは

ええと、白身魚のソテー小エビとマッシュルームのオーロラソースがけ、ああ

でもヒラメのシャンパンソースもよさそうよ。それにここのおすすめは牛のも

も肉の骨付きステーキ、何?よだれでてきた?ふふふ…」


            


 Remiは女性の横で男性がカタカタと小刻みに指を鳴らし始めたのに気付い

た。それがデザートに移ったとたん、指だけでは足りなくなったのか、足も動

員された。カタカタ、ガタガタとその震動は、Remiのテーブルにさえ伝わる

ように思えた。そして女性の話がデザートのマロンパフェから、マロンとオレ

ンジのチーズケーキに移った時男性は耐えきれず「うるさい!」と叫んだ。

Remi
はぐっと息をのんだ。そして、故意に本を下に落とすと、拾うふりをし

てちらっと後ろを見た。体格のいい中年を過ぎた男性はじっとり濡れた額の汗

をぬぐっている。そのいらだった表情はすでに限界に達しているように見え

た。そしてしっかり握りしめた両手はドンとテーブルに置かれていた。女性は

ちょっとして電話を切ると、ボーイに手を挙げた。


            


 「おきまりでしょうか?」女性は、「前菜は、タコと夏野菜のマリネにヒラ

メのシャンパンソース、お肉は骨付き牛のもも肉のステーキ、マッシュポテト

添えで。デザートは、う~ん。今日はいいわ、ダイエット中だから」と言うと

メニュブックをパタンと閉じてボーイに手渡した。男性はしばらく無言でいた

が、やっと、「野菜サラダと水!」とだけ言うと、ボーイの耳元で何かささや

いた。そして、奥のテーブルに座っている男の子の食べているデザートを指さ

して、「同じものを」と言った。そして、女性に向かって、「マダム、今日だ

けはお願いだから、そのもも肉のステーキ、ちょっとだけでいいから味見させ

てもらえないかな?」としおらしい声を上げた。「まあ、いいでしょう。特別

に今日だけは許しましょう。その代わり、家では、お肉は禁止。先生に固く約

束したんだから。守らなくちゃ。そうそう、冷凍の骨付きお肉はさっきのお友

達に差し上げましょう。でないとあなたが食べてしまうから。それと、さっき

あなたがこっそり注文したマロンパフェ、半分私が頂きますからね」という

と、ほっとした表情でにこっと笑った。「わかりました。女王様!」男性は眉

毛をぴくりと上げると無言になった。


            


 Remi2杯目のスパークリングワインと前菜を注文しようとボーイを呼ん

だ。ボーイがにこにこ笑いながらやって来ると、すぐに、「わかりました。

さっきのトリックですが、もしかしたら、カチカチに冷凍してあった骨付き牛

のもも肉で殴ったとか?そして、それをオーブンで焼いて、刑事にふるまった

とかではないですか?」Remiはびっくりして小さく叫んだ。「すごい。ご

明察!よくわかりましたね!」「ええ、まあ、勘ですが。だから、証拠はもう

ないと!刑事が食べてしまったのですからね」ボーイはしてやったりとした笑

みを浮かべた。


            


 そしてまたガーデンレストランに嵐の後の静けさが戻って来た。




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 ブラックユーモアの推理作家、私の好きなロアルド・ダールの
短編からトリックを拝借しました。珍しくお肉料理を出しました。
ベジタリアンの私ですから、お肉料理は知らないのです。


p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年7月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
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