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マダム・ワトソン　My Style

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	連載７２０回　　　　　　ある夏の日々第１話「限りなく透明人間に近いブルー」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル＆ラグジュアリーに暮らす」（ダイヤモンド社
紙の本＆電子書籍）（2006年6月）
「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
（電子書籍2014年8月）

道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

２０年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、Ｆ・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。

ブルーと
ライトグレーの
太いストライプの絨毯、
グラデーションブルーレースの
天蓋カーテンが左右に垂れる
大きなベッドには
白い枕にもたれる女性。
海に向かって大きく広がった
窓の向こうは白いバスタブと
シフォンレースのブルーの
レースカーテン。
ベッドルームの手前には
丸いガラスの天板のテーブルに
ポリカーボネートの椅子が４脚
ガラスのシャンデリアまでブルー
あれ、何か飛んできたような
いや気のせいでしょうか？
癒しのリゾートの
完璧です。

　第１話　「限りなく透明人間に近いブルー」

　「１年ぶりの初夏の連休、私は一人海辺のリゾートに来ていた。とりあえ

ず、ここならまだ追跡の手が及ばないはずだった。リゾートと言っても貸し

別荘で、波しぶきが突端を洗う半島の高台にひっそりと佇む、まあ、いわば

私の隠れ家だが、すべて自費だから誰も文句は言えないはずだ。

　　　　　　　　　　　　

　事務所からは車で１時間半。高速道路をひた走りながら、次第に気分がオン

からオフに切り替わる。しかし、いざとなればすぐに戻れる距離感。これが今

の私にはちょうどいい。若い頃は海外のビーチリゾートフリークだったが、

この仕事を始めてからは遠路はるばる海外のリゾートに行く暇も、癒しのリゾ

―トから帰って疲れを感じる暇もなくなった。しかし、ここなら４８時間前ま

でに電話一本いれれば、部屋も食料もすべてを完璧に整えておいてくれる。さ

らにありがたいことには、数々の貸し別荘を持つここのオーナーは私の支持者

で、秘密は厳守してくれる上に、インテリアも私の好むように変えさせてくれた。

　　　　　　　　　　　　

　ブルーの壁、ブルーとグレーのストライプの絨毯。そこにガラスの天板のテ

ーブルと透明なポリカーボネートの椅子を４脚置いた。そしてグラデーション

ブルーのシルクサテンの天蓋カーテンがクイーンのベッドの両サイドに垂れ

る。そのシルクのカーテンに囲われるようにベッドに横になるとバルコニー越

しに美しい海が見渡せる。そうしていつもとは正反対のエレガントな面持ちで

ベッドに入り、恋愛小説などを読み始めると、ダークマター化した私の体から

私の分身が透明人間となって遊離する感覚になれるのだ。私がこのワザを会得

したきっかけは、小学生４年の国語の授業の時だった。

　　　　　　　　　　　　

　それは夏休みを前にした夏の暑い日で、今のように教室にエアコンなどつい

ていない時分だった。先生の質問に対して、私はいつものように手を挙げてい

た。一般に手を挙げれば挙げるほど、さされるチャンスは低くなるから私はほ

ぼ無意識にいつでも手を挙げていた。しかし、先生はその私の心根を見抜いた

かのように私を指した。しぶしぶ立ち上がると、質問さえよく聞いていなかっ

た私は何も答えられず真っ白になってしまった。外ではじーじーと同じメロデ

ィーを奏でるセミの合唱。そんな中、汗は流れるに任せ、真っ白な頭でぼんや

り壁を見ていたら、天井付近の壁にセミがとまっていた。

　　　　　　　　　　　　

　普段は何にでも首を突っ込む出しゃばりな私はクールな返答をすることで自

己認識をしていた。なのに、その時ばかりは言葉の欠片も出てこなかった。私

には異常事態だった。私はなすすべなくただ呆然と壁のセミを見つめていた。

できる事ならセミになってどこかへ飛んで行くか、そのままふっと透明人間に

なりたい気分になっていた。

　　　　　　　　　　　　

　先生は諦めて次の生徒を指した。それは優等生の温子だった。

彼女は「はい」と言って立ち上がったが、黙ったままでいた。すると普段は冷

静な先生はいきなり困惑の色を見せた。その内、また数名の生徒が手を挙げ

た。先生は３人目を指した。坊主頭のその生徒は純朴さを醸して出している

剣道少年のS君だった。彼は立ち上がると、「う～ん」と言ったままで短く刈

り込んだ頭に両手を置いて、口をぽかんと開けたままで黙っていた。それから

は誰も手を挙げなかった。そしてチャイムが鳴った。先生は、パタンと教科書

を閉じると、クラス委員はすぐに終礼を出した。先生は教室を出る前に

「放課後、その３人、職員室に来なさい」と言った。

　　　　　　　　　　　　

　そして放課後、私たち３人は横並びに並んで先生の前に立っていた。

「さっきの態度はどうゆうことですか？」先生は私たち３人に尋ねた。私は

「すみません。答えがわかりませんでした」と正直に答えた。優等生の温子は

黙っていた。しかしS君は「沈黙は金なりです」と言ったのだ。

　　　　　　　　　　　　

　「沈黙は金なり？」先生の眉間がぴくりと動いた。そして「わかりました。

それでは、『沈黙は金なり』というテーマで４００字の作文を書いてきなさ

い。明日朝までに」と言い渡した。私たち３人はまた黙って先生たちの机の間

を通って職員室を出た。先生のひとりがうちわでぱたぱた扇ぎながら、にたに

た笑っていた。

　　　　　　　　　　　　

　職員室を出るとS君は自分で言ったくせに、「なあ、『沈黙は金なり』の作

文って、どう書けばいいんや？』と私に聞いた。私は優等生の温子を指して

「あっちゃんに聞けば」と言ったが、あっちゃんは黙っていた。そして３人は

それぞれランドセルを背負って下足箱で黙って別れた。

　　　　　　　　　　　　

　いつもはでしゃばりの私が答えに窮したから、あっちゃんは私をかばおうと

したのだろうか。私はずっと温子の真意を確認することなく、夏休みに入り、

そして温子は２学期に来ることなく転校していった。それ以来、私はいろんな

ことにでしゃばることをやめた。そして、困った問題が発生したら、黙ってい

ることに決めた。するとすっと気持ちが軽くなり、そこから離れることができ

ることが分かった。私がそんな少女時代のほろ苦い夏の日をつらつらと思い出

していたら、アシスタントから電話がかかってきた。

　　　　　　　　　　　　

　「やっぱり、ノーコメントで行こうと思う」私がそう言うと、アシスタント

は２、３秒間を置いてから、「先生、そんなの世間が許さないでしょう。きち

んと釈明すべきですよ」と反駁した。私はそれから寝室の半分のスペースに置

いてあるガラスのテーブルとポリカーボネートの透ける椅子を眺めながらあの

夏の日の出来事を話し始めた。

　　　　　　　　　　　　

　そして最後に、「実は、昨日から、この別荘で自分自身を俯瞰してみようと

思ったの。そしたら、慣れているはずのこの透明な椅子に何度もぶつかって

ね、そこに椅子があることはわかっているんだけど、あまりに透明だから存在

感がうすいのよね。でもね、そんな椅子みたいに時にはでしゃばらずに透明人

間みたいでいるのもいいんじゃないかなと思って。存在していないようでも影

響は与えられるからね。それで出した結論がやっぱり今回はノーコメントで行

こうと思ったのよ。それが最善だと私は思う」アシスタントはしばらく黙って

聞いていた。

　　　　　　　　　　　　

　「わかりました。そう、先生がおっしゃるなら。ところで、その『沈黙は金

なり』の作文に、先生は何を書かれたのですか？もうお忘れですか？」私はさ

っきから、ブルーのガラスが４段つながった照明器具の周りを周回している

アブかハチのような虫が気になっていた。

　　　　　　　　　　　　

　「いや、覚えているわよ。実は、白紙で出したの。それが偶然にも３人と

もね。でも、それから先生も他の生徒も、温子、S君、私に対する態度が変わ

ったように思えたわ。まあ、そんな昔のことはさて置き、攻撃を真正面から受

け止めてたら体がもたないから、今回はちょっとよけるのよ。そして時々、

透明人間になって回りを見渡すのも悪くないわよ。その後はまたその時考えま

しょう」私は電話を切ると海の色に染まったようなブルーのレースカーテン

が、ふわふわと風になびく様子をじっと眺めながら、ブルーな部屋でまた透明

人間になりかけていた

　　　

　上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

　　　＊リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.１
　
　　新しい物語を始めました。やっと夏が始まるようですね。
　夏の思い出はたくさんありますね。冬よりも。なぜでしょう？

p.s. 2　　インスタグラム、私の日常です。

　　
　　「もの、こと、ほん」は下の写真から、２０２０年７月号です。

　　　　　　　　　　　

p.s.3
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　　の英語版です。
　　　　写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。

　　　　　　　　　　　

　　　　タイトルは、"Bedroom, My Resort”
　　　　Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
　　　Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms

　　　　趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
　　　　チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
　　　　E-bookにしていただいたものです。
　
p.s.３
　　　　下は日本語版です。
　　　　E-Book「Bedroom, My Resort　リゾコのベッドルームガイド」
　　　どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

　　書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

　　どうかご了承くださいますように。

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（木村里紗子著/ダイヤモンド社　）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Amazon、書店で販売しています。なお、電子書籍もございます。

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