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リサコラム
連載723回
      本日のオードブル

ある夏の日々

第4話

「M先生とサティ」

木村里紗子のプロフィール

マダム・ワトソンで400名以上の顧客を持つ販売員。
大小あわせて、延べ1,000件以上のインテリア販売実績を持つ。
著書「シンプル&ラグジュアリーに暮らす」(ダイヤモンド社
紙の本&電子書籍)(2006年6月)
「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
(電子書籍2014年8月)
道楽は、ベッドメイキング、掃除、アイロンがけなどの家事。
いろいろなインテリアを考えだすこと。
新リゾートホテルにいち早く泊まる夢を見ること。
外国語を学ぶこと。そして下手な翻訳も。

20年来のベジタリアン。ただし、チーズとシャンパンは好き。甘いものは苦手。
アマン系リゾートが好き。ただしお酒はぜんぜん強くない。
好きな作家はロビン・シャーマ、夏目漱石、遠藤周作、中谷彰宏、F・サガン、
マルセル・プルースト、クリス・岡崎、千田琢哉、他たくさん。



夜が明けきらない
薄暗い広場の中で
ベンチに腰かけて
街灯の灯りで
本を読む青年
地面には
リュック
向こうの
巨大な建造物は
ルーブル美術館
ここは50年前のパリのようです。




 







        

 第4話 「M先生とサティ」





 
レトロな雰囲気が漂うM先生の和風の応接室には楕円のテーブルとマホガ

ニーの椅子4脚以外には何もなかった。しかし、その象嵌のテーブルの真ん中

にはサイフォン式のコーヒーメーカーがぽこぽこと香ばしい音を立て、それを

M先生はじっと眺め、来客のS氏が長いスプーンで丸いガラスの中をゆっくり

かき回した。


            


 「先生、この度は受賞おめでとうございます」S氏はマホガニーの小ぶりな

ひじ掛け椅子から立ち上がると改めてお祝いの言葉を述べた。それから湯気を

立てる香ばしい香りの飲み物を小さな白いコーヒーカップに注いだ。


            


 M先生は「どうも」言うと、早速、コーヒーをひとくち口に含んだ。「うま

いですね。このコーヒーは!実にうまい!」「そうですか?それは恐縮です。

コーヒー通の先生に褒められるとは光栄です」「いや、いや、そんなことはあ

りませんよ。私なんてコーヒー通だなんて一度も言われたことはないからね。

だから、こんな風にアルコールランプまで持参していただき、私にコーヒーを

淹れてくださるなんて光栄ですよ」「そうでしょうか。このコーヒーは私ども

の自信作なものですから、ぜひ、先生に味わっていただきたくて…ですから、

こんなことはお安いことではあるのですが…」そう言いうと、体格のいいS氏

は額の玉の汗をハンカチでぬぐった。しかし、拭いても拭いてもその汗は限り

なく噴き出てくるようだった。


             


 「それに、先生はお酒を召し上がられないと伺いましたので。ああそれと、

先生はプルースト並にいろいろな決め事がおありだそうですね」「私はプルー

ストみたいに1日にクロワッサン1個か2個で済むようなことはないですよ。

ただ野菜の粗食を日に1回取るというだけですよ」S氏はにこやかな中にも、

多少緊張の見える表情で「そうなんですね?」と言うと後は黙ってコーヒーを

一口飲んだ。それから庭を見渡せる縁側の方を向いてまた汗をぬぐうと少しは

落ち着いた表情で、「それにしても、風光明媚なお住まいですね」と始めて感

想を述べた。


            


 「風光明媚?」M先生はくすくす笑った。「こんな雑木林で、風光明媚も何

もあったもんじゃないよ」「いえ、いえ。素敵なお住まいです。あの、それで

お伺いいたしますが、都心から離れた、こんなと言っては失礼ですが、山の雑

木林のなかにお住まいを移されたのはどんな理由がおありなんです?」S氏は

鬱蒼とした木々に覆われた庭とM先生の顔を交互に見ながら話題を変えようと

思ったが、まだ汗は止まりそうになかった。


             


 「学生の頃に決めたことでね。まあ、ずっと胸に抱いてきたんですよ。そう

鴨長明のような質素な庵に住んでみたいと思ってね」「ほう、学生時代、フラ

ンスに留学なさっておられた先生が鴨長明ですか?それはまたなぜですか?」


            


 「留学時代はお察しの通り、とても貧乏でね、見知らぬ親切な人に助けても

らわなければきっと飢え死にしていたでしょうよ。その頃は私も若かったし、

どんなことが起きても自分でなんとかなると思って、それでちょうどサティに

惹かれた時期でもあったから、あんな破天荒と言うか変人的な生活に妙に憧れ

て…」「ああ、先生、お話しを遮って恐縮ですが、これ、さっきから流れてい

る音楽はサティなんです?」「そうです。ここんとこ、私は好きなんでね~」

「なるほど、ちょっと変わった作風ですね。これもクラシックにはなるんでし

ょうね?」「150年も前の人だから、年代から言えばクラシックだよね。

サティの曲と言えば、『ジムノペディ』が有名だけど、他はおよそ理解できな

いような奇妙なタイトルが多いよね。でも曲自体には古さを感じないどころ

か、知らない人は現代音楽だと思うようだよ。その変人と言われたサティ先生

はお金がなくなって、パリの郊外の労働者の町に引っ越すんだけどね、アルク

イユって田舎町の狭いアパルトマンを借りて、そこからパリにほぼ毎日徒歩で

通ったそうだ。約10Kmくらいの道のりだよ」「ああ、だから先生の受賞作

の『ぶよぶよした家具』の妙なタイトルはもしかして、そのサティの影響なん

ですか?」「まあ、盗用したといえるかもしれないけど、」M先生はそう言う

と、しばらく黙ってまたコーヒーを堪能した。


             


 「彼の作品はどれも変わっているけど、中でも、『ヴァクサシオン』って恐

ろしくすごいピアノ曲があるんだよ。どうすごいかって言うと、一つの曲を

840回も繰り返さなくちゃならない。一体だれがそんな曲を休まずひとりで

弾けるだろうか?おそらく未だかつてだれもいないんじゃないかな?人間では

ね。数人で弾いても20時間くらいかかるんだよ。そんな曲を作る人間がどん

な人間なのかと私は想像力を掻き立てられてね、それに、サティ先生は最後ま

でアルクイユの狭いアパルトマンの部屋に誰一人入れることなく著名で貧乏な

生涯を終えたんだから、変人以外の何物でもないと言われても仕方ないよね。

それでも私は少しでもサティの気持ちを理解したくて留学中にサティが住んで

いたようなアルクイユの古い汚いアパートを借りて、パリのモンマルトルまで

サティが歩いたと言われる道をほぼ毎日徒歩で通いましたよ、2年間もね」

S氏は「ほう~」と感嘆の声を上げると、「だから、先生は…」と言ったが先

を言えなかったが、その代わりM先生は笑いながら、「変人なんだよ」と言

った。


            


 「でもね、若い頃のあの破天荒な日々がなければ、私はサラリーマンには向

かないから、かと言って自営業者の技量も才覚もないから、きっと今頃ホーム

レスになっていたのかもしれない。だって私がもっとも目指したくなかったの

が、貧乏暇なしだからね」「そんなことをおっしゃるなら、世間の約半分の人

がそうでしょう。今の世の中、貧乏暇なしばかりですよ。まあ、この私みたい

にですね」S氏はひじ掛け椅子のなかで窮屈に笑った。


             


 「それなら清貧になればいいじゃないですか?貧乏に変わりはないし、貧乏

で清らかで質素な生活なら送れるんじゃないのかな?」「つまりは、貧乏暇あ

りってことですか?それこそ、難しいことですよ」S氏は大きな声で笑いなが

ら、「なんか、ピカソの言葉にそんなのがありましたよね、なんでしたっ

け?」と言いながら先生にコーヒーを注ぎ足した。「ああ、裕福でありながら

貧乏のように暮らすってことだよね、あれとはちょっと違うよ。貧乏であるこ

とに変わりない。しかし、清らかなんだよ。清潔で、ものを少なく持ち、時間

がある、つまり、思索に忙しく、暇な貧乏人ってことだよね」S氏は腕組みを

したままで首を傾げた。「そんなの凡人には無理ですよ」M先生は反論しなか

ったが、その代わり、庭のししおどしが、カンと高い音を立てた。


            


 「私は貧乏学生の頃、そう決めたんだよ。夏の早朝、ルーブルの前の広大な

広場のベンチに腰かけてね。まだ観光客が起きてこない午前4時頃だけど、よ

くそこに来てじっと考えていたんですよ。貧乏でいることは苦しみではなく、

最高の喜びになるようにするにはどうしたらいいのかとね。哲学的ではなく、

現実に即した方法をじっと考えていた。そしてそれが私の研究テーマのひとつ

になったというわけです」★S氏は少し居心地が悪そうに、「まあ、ご覧の通

り、私は食べることが好きですから、先生の貧乏で清らかで、ものが少なく、

1日1食はちょっとすぐには難しいそうですが、ダイエットもかねて目指そう

かとも思います」と言うと、雑草庭をもう一度見てから、「先生、長居いたし

ました。そろそろ失礼いたします」というと、サイフォンの道具をかたづけ

始めた。


             


 「実はこちらにお邪魔する道すがら、先生のお宅に取材陣がなぜ押しかけな

いのか、実感しました。駅からこちら迄、雑木林の山道をまた延々と30分も

上り下りしなくちゃならないですからね」そう言うとS氏はちょっと照れた

ような表情で立ち上がると、サイフォンの道具をボストンバッグにしまい、つ

いでに隣りの椅子の上に置かれたままの高級食材店の手提げ袋も横に入れた。


            


 「それは?」M先生が目ざとく見つけた。「サーモンパイとキャビアの瓶詰

ですが、先生のご主義にもお口にも合わないでしょうから、後日、簡単に作れ

る挽きたてコーヒーをお送りいたします」と言った。M先生は、「もちろん、

ありがたいことですが、ここへは宅配便はやってこないから、つまり、車が入

れないからね。だから、月1回、私が駅留めの荷物を取りにゆくことになりま

すから、挽きたてコーヒーはすぐには堪能できないと思います。だからお心遣

いは結構ですよ。代わりと言ってはなんですが、その袋、置いて行ってくださ

い。荷物にもなるでしょうから…」そう言うとM先生は手提げ袋に向けて手を

出した。


           


 S氏はあっけに取られた表情でM先生を見た。しかし、M先生は何げない

表情で、「うちの猫のまるが大好物なものでね」と付け加えた




   



 上のイラストから、「リサコラムの部屋」に入れます。

  
 *リサコラムは2020年6月より毎週金曜日に連載いたします。

p.s.1
 
 M先生とは、架空の人物ですが、
猫のまるは、養老孟司氏先生の有名な猫の名前。
こんな変人先生もキャビアはお好き?

p.s. 2  インスタグラム、私の日常です。

  
 
 「もの、こと、ほん」は下の写真から、2020年8月号です。


           


p.s.3
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
    の英語版です。
    写真からアマゾンのサイトでご購入いただけます。


           


    タイトルは、"Bedroom, My Resort”
    Bedroom Designer’s Enchanting Resort Stories:
    Rezoko’s Guide for Fascinating Bedrooms


    趣味の英訳をしてたものを英語教師のTodd Sappington先生に
    チェックしていただき、Viv Studioの田村敦子さんに
    E-bookにしていただいたものです。
 
p.s.3
    下は日本語版です。
    E-Book「Bedroom, My Resort  リゾコのベッドルームガイド」
   どこでもドアをクリックして中身をちょっとご見学くださいますように。


                 



  バックナンバーの継続表示は終了いたしております。

  書籍化の予定のため、連載以外のページは見られなくなりました。

  どうかご了承くださいますように。







シンプル&ラグジュアリーに暮らす』
-ベッドルームから発想するスタイリッシュな部屋作り-
 
(木村里紗子著/ダイヤモンド社 )                      Amazon、書店で販売しています。 なお、電子書籍もございます。

マダムワトソンでは 
                                    
    木村里紗子の本に、自身が愛用する多重キルトのガーゼふきんを付けて
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 ご希望の方には、ラッピング、イラストをお入れいたします。     
                           
    
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